一番近くの遠い存在(マーキュリウスとロニー)
風に靡く髪を弄りながら、マーキュリウスは溜め息をついた。どうしましたかと振り返るロニーを見て、何でもないと首を振る。付き合いの長い侍女は、すっと歩み寄ってきた。
「……何?」
「顔が物凄く不機嫌ですよ、サフォー様。」
「…………そうか?」
「えぇ。とても。」
「……退屈なんだよ。」
ぼそりと呟かれた言葉に、ロニーは笑った。違うでしょうと微笑む侍女を見て、マーキュリウスは視線を外した。この侍女は、いつも容赦がない。笑顔で痛いところとか、突っ込まれたくないところとかを、ついてくる。まぁ、それでも、好きな類には入るのだが。
「仕方ありませんわよ。赤の王国は建国祭ですから。次期国王であるガーナ様がお忙しいのは当然ですわ。」
「だからって、俺の事蔑ろにするなんてさー。」
「来るなと仰られたわけではありませんでしょう?」
「俺が相手にできなくても良いなら、居座っとけと言われた。」
「サフォー様はそれが嫌だったのでしょう?」
「………………ヤだ。」
だって暇じゃないか。そう付け加える第2王子を見て、ロニーは苦笑した。自由奔放なマーキュリウスは、時折ひどく我が儘な子供のようになる。けれど彼は、ただ直向きなだけだ。自分を見て欲しいと、願っているだけで。
幼い頃から親友だったサラマンドラは、彼よりずっと窮屈な生活をしている。それでも、逢うたびに口では色々言いながら、マーキュリウスを受け入れる。それができないのは余程の時だと、彼も知っているのだ。ただ、自国にいるのが苦手だから、こうして愚痴を言うだけで。
「遠いよな、隣の国って言っても。」
「そうですね。」
「いっそさぁ、転移魔法とかあったら良いんだよ。」
「そういったモノがありましても、結局使えるのは王族の方だけですわよ?私共は普通に馬を使うしかないではありませんの。それでは不公平です。」
「俺が一っ飛びで行きたいから、それで良いんだよ。」
「まぁ、サフォー様ったら……。」
それでは幼い子供のようですわよと、ロニーが言う。放っておけと、マーキュリウスがぼやく。そんな便利なモノがあれば、嫌な勉強でもきっと頑張るだろう。何かあった時に、すぐに親友の元へといけるなら。
いっそあちらに引っ越そうか。誰かが聞いたら思わず引き留めるような事を、考える。それが無理だと解っているから、口に出したりはしないが。それでも、そうできればどれだけ良いかと、思う。
「あいつ、さっさと用事終わらせろよな。」
「あまり我が儘を仰ってはいけませんわよ。」
「煩い。」
今すぐ逢いたいのは、心が一番近くて、住まいが遠い只一人だけの親友。




