忘れよう(サラマンドラとマーキュリウス)
忘れよう。嫌な事も、哀しい事も。覚えているのは、楽しい事だけにしておこう。そうすれば、きっと笑っていられるから。
そうしないときっと、何処かで壊れてしまうから。
「おら、起きろ。」
「……んにゃ?」
「んにゃじゃーねよ、マーク。いい加減、ヒトのベッド占拠するの止めろ。」
「おはよー、サラムー☆っていうか、サフォーって呼べや♪」
「お前もガーナと呼べ。ついでに、意味不明な語尾は止めろ。」
「えー?めんどい。」
ケロリと答えたマーキュリウス・サファイアルを見て、サラマンドラ・ルビワームはピシリとこめかみを引きつらせた。いまだに寝そべったままの親友に飛びかかり、そのままポイッとベッドの下へと落としてしまう。派手な音がして、マーキュリウスはマトモに打ち付けた頭を抱えた。
「お前横暴ー……。」
「何が横暴だ、何が。ヒトのベッドを占拠して、俺をソファで寝させたお前が何ぬかす。」
「別室で寝ればいいじゃんか。」
「俺の部屋で俺が寝て何が悪いんだっ?!」
「さぁ?」
のほほんとした台詞を返すマーキュリウス。相手にしてはいけないという事を、サラマンドラは思いだした。こいつは、朝は天然ねぼっけーなのである。相手にするだけ無駄なのだと、一生懸命自分に言い聞かせた。
ガシガシと髪をかくサラマンドラを横目に見て、マーキュリウスはシーツを引っ張り降ろす。グルグルとそれを身体に巻き付けて、床の上で寝っ転がる。頭上から降ってくる呆れの視線を、彼は綺麗さっぱり無視した。
「…………お前、何かあったのか?」
「何がー?」
「何がって、何か。微妙に不機嫌でグロッキーだろう?」
「…………違うもーん♪」
へろっと笑うマーキュリウスを見て、サラマンドラは眉間に皺を寄せた。弱音を吐けない性格をしているのを、知っている。変なところで意地っ張りな親友に、彼は呆れてしまった。自分の前でぐらい、本音をさらけ出したところで良いと思うのだが。
寝っ転がっているマーキュリウスの身体を、軽く蹴った。気勢を上げて転がるマーキュリウスを見て、彼は無表情を作った。何するんだと上がる抗議の声を無視して、もう一度蹴る。起き上がって叫こうとしたマーキュリウスを真っ直ぐ見て、冷ややかに告げる。
「阿呆。」
「……な、なにぃっ?!」
「わざわざ逃げてきてるくせに、意地張って自分の中に抱え込むんじゃねーよ。」
「……お見通し?」
「解らないと思ってるなら、燃やすぞ?」
「ごめん。燃やされるのはヤダ。」
ゆっくりと起き上がって、ポリポリと顔をかくマーキュリウス。ごめんなと呟く声を聞いて、サラマンドラは再び阿呆と答えた。水臭い事をするなと、言葉にせずに伝える。隣に腰掛けた親友の頭を、ぽんぽんと撫でる。
「解ってるんだけどさぁ……。それでもやっぱ、俺が何も感じてない阿呆だと思われるのは、ヤダし。」
「お前がお前なりに考えてる事ぐらい、俺は知ってるぞ?」
「ん。でもさ、皆が言うんだよなー……。俺がふらふらしてるから、王族としての自覚にかけた出来損ないだって。」
「………………。」
マーキュリウスがそうやってどちらかといえば他国に身を置こうとするのには、意味がある。彼の力は、あまりにも強すぎた。水神の名をもじった名前を与えられる程に。だから彼は、いずれ王位を継ぐ兄を脅かさぬように、放浪する。それでも居場所が欲しくて、こうやってサラマンドラのもとを訪れる。
「とりあえず、鬱憤ばらしに遠乗りでもするか?」
「…………そだな。」
「飯くったら、行くか。」
「弁当持っていこうぜ。で、昼寝する。」
「へいへい。」
立ち上がったサラマンドラに向けて、マーキュリウスは笑った。その笑顔は、既にいつもの彼のモノだった。屈託なく笑う、幼い子供のような。
嫌な事は全て忘れて、ずっと笑顔で生きていこう。




