限られた選択肢(サラマンドラとジェームズとオージェ)
選べる未来は僅かだけ…………。
はぁ、とサラマンドラは溜め息をついた。嫌でものし掛かる重圧が、彼にはあるのだ。精霊の名を持つ赤の王国の第1王子。必然的に未来の国王として扱われ、自由など殆ど存在しない。やりたいようにやっているように見えて。
窓の外を見やれば、隣国まで続く山脈が見える。その山の向こうには水使いの王国があり、炎使いの王国と長きにわたる友好を続けてきていた。親友の、海よりも空よりも鮮やかな蒼の瞳を思い出す。悪童めいた笑みを浮かべる事の多い、自由奔放な親友だ。
「あいつには悩みなど無いだろうな。」
やれやれと肩を竦めてサラマンドラは呟く。第2王子という立場の親友は、彼に比べれば随分と自由だ。それを羨んだ事がないと言えば嘘になる。けれど、だからといって変わりたいとは思わない。
何かをする時に、サラマンドラに自由は少ない。いっそ全てを縛り付けられた方がマシに思えるような、あまりにも少なすぎる選択肢。彼が自分の存在を訝しがっても仕方ないだろう。生き神と同じ扱いなど青年は望んでいなかった。ただ、ごく普通の青年でいたかっただけなのだ。
けれど、その些細な願いさえ叶わない。
ことり、と机の上にカップを置く音が聞こえた。振り返ると、優しい微笑みを浮かべたジェームズがいる。如何ですかと問いかけられて、サラマンドラは苦笑しながらカップに手を伸ばした。目付役の心配が、彼には心地良くもあり、呆れる対象にもなった。
子供じゃないから心配ない。そう口にしたところで否定されるのは解っていた。自分を幼い頃から見てきた青年達は、揃いも揃って過保護なのだと彼は知っていた。その暖かさに笑みを浮かべたくなるほどに。
「オージェはどうした?」
「オージェでしたら……。」
「俺ならここにいますよ、ガーナ王子。」
ひょいっと姿を現した護衛役は、何かありましたかと呑気に問いかけてくる。特に何もなかったのでサラマンドラが首を左右に振ると、ぽんと手を打ってニッコリと笑った。子供っぽい仕草で笑いながら、オージェはサラマンドラの額を指で軽く弾いた。
「俺に会いたかったなら素直にそういって下されば宜しいんですよ?」
「寝言は寝てから言え。護衛が傍にいるのか確認するのは普通だ。」
「そんなに照れな…………。」
まだ何かを言おうとしたオージェに、頭上から冷めた紅茶が注がれる。髪から滴をぽたぽた垂らす彼は、確かに水も滴るいい男だった。慌てず騒がずマントで髪を拭い、暴挙に出た相棒を振り返る。途端に始まる口論に、サラマンドラは視線を窓の外に向けた。
籠の中の生活は、けれど存外悪くない。




