些細な賭け(マーキュリウスとロニーとサラマンドラ)
ある日の昼下がり。青の王国第2王子・マーキュリウス・サファイアルは、ぼんやりと窓の外を眺めていた。珍しく彼が国内にいる理由は、ただ単に謹慎処分を受けた結果である。あまりにも無断での諸国放浪がすぎたからであった。
「なぁ、ロニー。賭けをしないか?」
「賭け、でございますか?サフォー様、あの……。」
「賭けるのはおやつのケーキ一切れ。内容は、今日俺を訪ねてくる奴がいるかどうか、だ。ちなみに俺は、来る方に賭けるからな。」
「それでは、私は来ない方に。」
ロニー・ベルという名の侍女は、そういって笑った。謹慎中の王子を尋ねることができる者はいない。兵士の山を蹴散らしでもしない限り無理だろう。だからこそ、ロニーは笑うのだ。
けれど、マーキュリウスは知っていた。彼は、来る。今日という日ならば、たとえ一万の兵を敵に回してでもやってくるだろう。そう思うのは、マーキュリウスが彼の立場でもそうするからだ。もっとも彼は、マーキュリウスのように謹慎処分など受けないだろうが。
ロニーがお茶を入れている。手持ちぶさたに水を生み出しては消しているマーキュリウスは、まるで退屈している幼い子供のようだ。それだけ、彼は待っていたのだ。今日という日だからこそ。
誰にも解らない、二人だけの記念日だった。何があっても、一目会って言葉を交わさなければならない、記念日なのだ。
「なぁ、ロニー。」
「はい?」
「友人ってイイモノだと思わないか?バカで口が悪くて意地っ張りだが。」
「…………サフォー様……。」
それが誰を示すのか、彼女には解った。解ったが、あまりといえばあまりな言い草である。仮にも隣国の第1王子に対する表現では有り得ない。まぁ、マーキュリウスらしいのだが。
その次の瞬間、窓から人間が入ってきた。小さな飛竜の脚に掴まっていた青年は、その手を離して部屋の中に入ってきたのである。ロニーは目を見張ったが、マーキュリウスは笑って彼を迎えた。
「よ、久々だな、サラム。」
「俺をその名で呼ぶな、マーク。」
「ははは、お互い様だろうが。」
「……ちっ。」
サラマンドラ・ルビワームが舌打ちをする。見事な朱色の髪が、風に撫でられて揺れていた。整った顔立ちを歪めて怒る友人に、マーキュリウスは笑っている。そして彼は、その笑顔のままでロニーを振り返った。
「賭けは俺の勝ちのようだな、ロニー?」
「そのようでございますね。」
「こら待て、このボケ。貴様ヒトで賭けをしてやがったのか?」
「ヒトって言うか、俺を訪ねてくる奴がいるかどうかだ。」
「おーのーれーはー。」
ぎりぎりとマーキュリウスの首を絞めるサラマンドラと、何故かニコニコと笑ったままのマーキュリウス。そんなそんな二人を残して、ロニーは外へ出た。国王に、王子訪問を知らせる為である。
「でも、やっぱり来たんだな。」
「年に一回、今日だけだろうが。……呼べるのも、呼ばれるのも。」
「まーな。」
肩を竦めて二人は笑った。本名を呼ぶのは束縛となるというのが、魔法を使うモノの常識だ。だからこそ二人は、友情の証として今日という日を設けた。
互いの顔を見て、悪戯を思いついた子供のように笑いながら、彼等は平然とその名を口にした。本来ならば赦されない名を。
「サラマンドラ。」
「マーキュリウス。」
呼んだ瞬間に、ざわりと二人の全身を力が駆け抜けた。それが、互いが持つ相反する魔力の所為だと知っている。ぐらついたマーキュリウスの身体をサラマンドラが支え、落ちてきたサラマンドラの頭をマーキュリウスが肩で受け止める。それも又、いつものことだった。
「……多分、バカなんだろうな。」
「良いんだよ。だって、つまらないだろう?」
「……確かにな。」
くすりと笑うサラマンドラ。つられたようにマーキュリウスも笑った。まるで、何もなかったかのように。
互いが唯一の友人だと、彼等は何より知っている。




