鏡に映る私は(サラマンドラ)
ぱしゃり。水鏡の中央が揺らぐ。中心から端にかけて波紋が広がり、まるで意志を持つかのように揺らぎ続ける。その様を、朱色の髪の青年が見つめていた。
彼の名はサラマンドラ・ルビワーム。赤の王国の第1王子は父王から炎の精霊の名を授かった。それ故に、彼は物心つく前から本名やそれにちなんだ愛称で呼ばれる事はなかった。ガーネットと同じ色の瞳であったが故に、ガーナと呼ばれて育ったのだ。
水鏡に映る彼はあくまでも只の人間だ。それなのに周囲は精霊の化身として扱ってくる。こんな名をつけた父王を恨みたくなっても仕方がないだろう。個人として見て貰えない彼の悩みは根深い。
「あのバカしかいないというのも限りなく寂しいな……。」
サラマンドラの言うあのバカとは、彼の唯一の友人の事だ。青の王国の第2王子、マーキュリウス・サファイアルである。似たような境遇にあるせいか、二人は大層仲の良い友人だ。口に出しては絶対に言わないが。
鏡に映った自分のように、似ていながら異なる彼等。けれど、だからこそ彼等は友として生きている。そっくり同じ存在など、いらないのだ。これもまた、口にする事のない思いだが。どちらも、あまりにも意地っぱりなのだ。
窓から吹き付ける風が青年の髪を揺らした。水鏡の表面が、それにつられるように揺れた。それをおかしそうに眺めながら、サラマンドラは小さく笑った。何故か、自然と笑みがこぼれた。
どうして?そんな問いかけをするのは、もう随分と前に止めたのだ。どうせ、誰にも答えなど解るまい。なまじ強い力を抱いて生まれてきたばっかりに、彼はこうなってしまった。いっそマーキュリウスのように開き直れればいいのだが。
「……仕方ない。あいつでも尋ねてくるか。」
そうすれば、この気分も晴れるだろう。彼はそれを知っていた。不思議と、マーキュリウスと共に過ごせば、鬱屈した気分が晴れる。逆に、怒りと脱力を味わうかも知れないが。それでも、それが嫌だとは思わなかった。
水鏡を、そっとしまう。この表面に映る自分の顔が、嫌だった。国中の誰もが知っている、炎の精霊の姿と良く似ているからこそ。成長するに従って、人型をした精霊に似てくる。只の空似だと言うには、彼の血筋が赦さなかった。彼は、王子として生まれてしまったのだから。
だから、鏡は嫌いだった。それでも、何故か。あの友人が笑いながら告げた言葉には、救われた。多分相手は、そんなことを微塵も理解し手などいないだろうが。
——お前と俺が並んで映ると、まるで一対みたいで綺麗だろう?
あの無邪気な言葉を、信じてみようかと思った。友として、傍にいたいと願った。互いが王子だから、それはいつまでもつか解らないけれど。それでも、そうあって欲しいと、願った。
癒されて、癒して、そうやって、共に生きていく。




