いつもの朝(サラマンドラとマーキュリウス)
穏やかな日差しに包まれて、青年はとても幸せな眠りについていた。真っ白なシーツが豊かに靡く広い寝台の上に、彼はただ一人で眠っていた。短く切り上げられた朱色の髪も、起きている時は天を向くようにセットされているが、今は無造作に放置されたままである。精悍な顔立ちの青年である。
軽く身動ぎし、意味をなさない言葉を小さく口に乗せる程度には熟睡しているらしい。そんな彼の姿を目にして、楽しそうににやりと笑った青年がいた。眠る青年とは対照的に、ゆったりと背に流した水色の髪に、澄み切った深みのある青の瞳をしている。細身に見えながらそれとなく鍛えられていると解る身体付きの、どこか悪童めいた印象の拭えない青年である。
にこやかな笑顔を浮かべながら、水色の髪の青年は掌を持ち上げた。その掌に、ゆっくりと水滴が集まってくる。いや、水滴などとはいえない。それは紛れもなく水の固まりである。綺麗な球体を描く水の固まりを、彼は愛おしむようにそっと逆の手でなでた。
そしてそのまま、その水の固まりである球体を、眠る青年の顔面に向けて投げつける。かなり容赦のない勢いで。紛れもなく直撃すると、思われた。
だが、しかし…………。
「己は俺の安眠を妨害する事以外にやる事ぁないんか、あぁっ?!」
「おっはよー。よく眠れたかー?」
「昨夜も遅くまで人の事を枕代わりにしてやがったくせに、何ぬかしやがる!俺がお前の身体を押しのけて部屋に戻ったのは、空が白み始めた頃だぞ?!」
「じゃあ、3時間ほどは眠れたんだろ?十分じゃないか。」
「阿呆ぬかせーーーっ!!!!!」
罵声を浴びせかける寝起きとは思えないほど元気な友人をみて、青年は笑った。彼がぶつけたはずの水の球体は、青年に触れるよりも先に蒸発した。目の前の相手が炎を操り水を蒸発させた事は明白である。むろん、彼はその程度の事で驚いたりはしない。
「…………マーク。」
地を這うような声である。その声を聞いて、というか正確にはその呼び名を聞いて、水色の髪の青年は眉間に皺を刻んだ。彼は、その呼び方をされるのが大嫌いだった。だからこそ、相手への意趣返しも込めて、常々嫌がらせがてら呼んでいる名前で呼んでやる。ご丁寧に笑顔と楽しげな口調も添えて。
「俺に何の用だ、サラム♪」
「その名で呼ぶんじゃねぇっ!!」
「だったらお前もその名で俺を呼ぶな!」
「お前の水神もどきな名前と違って、俺のは正真正銘炎の精霊の名前なんだよ!気安く呼ぶな!」
怒りと憤りをまとめてぶつけるかのように朱色の髪の青年は、水色の髪の青年に炎をたたきつける。だがしかし、ぶつけられた炎を青年はあわてず騒がず生み出した水の固まりで消し飛ばした。お互いの力量が拮抗しているのはいつもの事だ。解っているので、そのあたりでやめておく。無駄に疲れるので。
朱色の髪の青年の名は、サラマンドラ・ルビワーム。ガーネットの瞳にちなみ、愛称をガーナという。ここ、赤の王国のルビワーム王家の第1王子だったりするのである。そして水色の髪の青年はというと、マーキュリウス・サファイアル。愛称をサフォーというこの青年は、隣国である青の王国サファイアル王家の第2王子である。
幼少時からの旧知の友である二人は、全く同年の20歳。いつまでたっても喧嘩混じりの付き合いが途絶えないのは、ひとえに相手を気に入っているからだ。だからこそ、こんなに大騒ぎをしても衛兵の一人も駆けつけない。皆、今更だと知っているからだ。
「で、何で人の事を毎朝こういう起こし方をするかな、お前は。」
「だって、お前普通に起こしたところで起きないし。」
「それは、お前が睡眠時間を削らせるからだ。」
「仕方ないだろう。俺はお前ほど夜に強くないんだから。」
「人を枕にして寝るなといっているんだ!!!」
「だってお前炎使いだけあって、体温高いし。ぬくぬくだし☆」
「いっぺん殺したろうか、お前。」
「イヤダ。」
再び喧嘩へと発展していきそうな二人だが、やはり誰もやってはこなかった。喧嘩をしていようが、口論をしていようが、何をしていようが、やはり二人は二人なのだ。
そう、これが、彼らにとってのいつもの朝。




