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宝石の子供達  作者: 港瀬つかさ
白の王国関連

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17/54

最初で最期の嘘(アレクシードとインフォームドとキャッツアイ)

 ある日、白の王国を一人の吟遊詩人が訪れた。前髪が左目にかかるようになっている深みのあるダークグレイの短髪。猫の瞳のように鋭い光を宿した黄金色の瞳。端整な顔立ちの吟遊詩人は、平然と王宮に現れた。

 彼が誰にも咎められずに王宮に入れた理由は、その時既に王宮内で騒ぎが起こっていたからである。辺境に追放されていた王の甥アレクシードの突然の来訪。遠乗りに出ていた王子インフォームドの異常。数年前から豹変していた王子が、突然苦しみだしたのである。

 その現場に、キャッツアイの異称で呼ばれる男が現れた。彼を見た瞬間、インフォームドの瞳に殺意が灯る。その理由を、キャッツアイは誰よりよく知っていた。狂気を植え付けられたインフォームドが、それに耐えられなくなった事も。そうでありながら、彼は必死に皆を傷つけまいと努力している事も。


「……猫眼の、男……。」

「インフォームド?」

「……現れたの、か。」


 低い、毒づくような声だった。心配そうに自分を見つめる従兄を押しのけて、インフォームドは立ち上がる。目を逸らさずに自分を見ているキャッツアイに向けて、彼は歩み寄った。キャッツアイの側に立つと、すぐさまその身体が崩れ落ちる。そんなインフォームドを見て、キャッツアイはすっと眼を細めた。

 慌てて駆け寄ろうとしたアレクシードの身体が、結界に阻まれる。驚いてインフォームドを見た彼の目に映ったのは、泣きそうに歪んだ顔をした従弟の姿だった。結界に掌を傷つけられても気にせず、アレクシードはインフォームドに手を伸ばす。そんな彼に向けて、少年の唇がゆっくりと動いた。


「さよならだ、アレク。」

「インフォームド?!」

「俺にお前は必要ない。消えろ。」

「インフォームド!」


 冷淡な声音で告げながら、その瞳が揺らぐ。泣きそうな顔を見られたくなかったのか、インフォームドはキャッツアイに向き直った。猫の瞳をした吟遊詩人は、白の王子を見て苦笑した。彼が何を言おうとしているのかすら、キャッツアイには解っていた。


「俺を眺めに来たんだろう?悪いが、お前の思い通りにはさせない。」

「勘違いをしているようだな、白の王子。」

「何?」

「俺の名前はキャッツアイ。人呼んでキャシー。お前に狂気を植え付けたのは俺ではない、虎の瞳をした男だ。」

「……ならば、その顔は何だ?」

「俺とあいつは双子みたいなものでな。俺の瞳は黄金、奴の瞳は金褐色。そして、奴のかけた呪法や厄災は、俺だけが取り除ける。」


 そういって、キャッツアイはインフォームドの額に触れた。誰かの温もりに触れる事など随分と昔に忘れてしまった白の王子は、困惑したように身体を強ばらせた。触れた部分から、ゆっくりと何かが抜け出ていく。身体と心を蝕んでいた何かが、消えていくのが解った。


「だからな、白の王子。あんな嘘を、つかなくてもいいんだ。」

「嘘など、ついてない……。」

「ついただろう?必要な相手を切り捨てるのは、辛い事だ。彼を見てみるといい。君の言葉が嘘だと、彼は知っている。」

「……アレク、シード……っ。」


 アレクシードを見た瞬間、インフォームドの虚勢が剥がれ落ちる。結界が壊れ、兄と慕った従兄が駆け寄ってくる。身体を支える事すらできないインフォームドを、キャッツアイが支えている。駆け寄ってきたアレクシードに手を伸ばして、けれどそれが届くよりも先に、インフォームドは意識を手放してしまった。

 インフォームドの身体を、アレクシードがかき抱く。いったい何があったのかと、彼は目線だけでキャッツアイに問いかけた。偽りを許す事のないまっすぐな双眸が、キャッツアイを見ていた。吟遊詩人は苦笑して、未来の白の宰相閣下を見つめた。


「虎の瞳をした男が、4年前に白の王子に狂気を植え付けた。それにより彼は『白の狂王子』と呼ばれるようになってしまった。ただ、時折意識が戻る事もあるので、彼は苦しんでいた。」

「それはもう、いい。インフォームドは、今、どうしたんだ?」

「ただ気を失っているだけだ。直に目を覚ますだろう。」

「そう、か……。」


 ならば良い。アレクシードはそう呟いた。他の何も必要ないと言いたげに、彼は気を失った従弟の頬を撫でた。痩け落ちてしまった頬の、病でも得ていたかのように青白い顔を。

 くるりと、キャッツアイは踵を返した。その背に、アレクシードの声がかかる。それすら予測していたのか、彼はゆっくりと振り返った。その顔に浮かんでいるのは、ひどく凪いだ表情だった。或いは彼は、アレクシードに何を問われるのかを、知っていたのかもしれない。


「何故、4年もかかった?お前の言葉は聞こえていた。ならば、お前には、4年前から全てが解っていたのではないのか?」

「近寄れなかった。あの男の気配が残りすぎるところに、俺は近寄れない。あの男が、そういう風に仕組んでいたのだ。だから俺は、4年も時間を掛けなければならなかった。」

「では何故、その男は、インフォームドに、こんな……ッ!!」

「解らない。その答えを聞く為にも、俺はあの男を捜している。」

「何処へ、行く?」

「手がかりを求めて。俺は、あいつを捕まえなければならないから。」

「…………。」


 ゆっくりと歩いていくキャッツアイを、アレクシードは見送った。彼には彼の進むべき道がある。そしてそれは、他の誰にも解らないのだと、彼は思ったのだ。彼はただ、インフォームドの身体を抱きしめた。駆け寄ってくる兵士達の姿を見ながら、しっかりと。



 失ったはずの宝は、今はもう、この腕の中に存在している。

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