お互いに信じたこと(アレクシードとインフォームド)
何故か直向きに、そう信じていた。そうでなければならないと、思っていた。護る為に離れなくてはならないと信じた少年と。護る為に側にいなくてはならないと信じた少年と。果たして、どちらが正しく、どちらが愚かなのだろうか。
青年はゆっくりと起きあがった。まだ眠気を宿した顔ではあるが、端正な美貌を損なう事はない。首筋にまとわりつく白髪を指で払うと、彼はため息をついた。もう何度目になるか忘れた、遠い昔の夢を見た。
直向きに、信じていたのだ。側にいて、たとえ何が起ころうと自分が護ると。伯父である国王の命であるからでもなく、自らの保身の為でもなく。ただ、かの少年であるから護りたいのだと、彼は知っていた。
「…………インフォームド…………。」
呼んだところで答えてくれる事のない、大切な従弟。実の弟のように大切にしてきた相手に、切り捨てられた痛み。それは未だに彼を蝕んでいるが、それは切り捨てられた所為ではなかった。彼にとっての痛みは、彼の少年が一人ですべてを抱え込んでいる事だ。インフォームドが無理をしている事を、アレクシードは知っていた。知っていながら、何もできない。
自分は何と無力だろうかと、彼は思う。変貌していく従弟を救う事さえできず、辺境に追いやられてしまった。時を重ねるにつれてインフォームドの狂気は増し、全てを蝕んでいく。今の白の王子は、既にかつての王子とは別人のようだ。そう皆が言うのを、アレクシードは否定できなかった。
「…………いつか、必ず。必ず、お前を助けてやる……。」
それは密やかな誓い。生命全てを賭してでも、叶えねばならない誓い。そう信じて、アレクシードは願う。あの子供を、一日でも早く救いたいと。
少年はゆっくりと目を開けた。僅かの時間の瞑想にも似たうたたねは、心地よかった。人の鮮血を浴びている時よりも、絶叫を聞く時よりも、誰かを陥れる時よりも、ただ、この静かな時間が心地よかった。
まだそう思える自分を知って、彼は安堵した。自分はまだ、インフォームドの名を持つ人間だと、解ったのだ。他の誰でもない、彼は彼でしかない。けれど、自分が自分の意志ではなく変貌しているのを、彼は知っていた。
「…………アレクシード…………。」
ただ一人だけ、本名を捧げた大切な従兄。実の兄のように慕った青年を遠ざけるのは辛い事だった。それでも、側にいれば自分が傷つける事を彼は知っていた。それならば、自分が傷ついても、彼が悲しんでも、離れてしまった方が良いに決まっていると、思ったのだ。
それでも時折、苦しくなる。無条件の優しさで包んでくれていた、ヒトだった。王子としてではなく、一人の少年として扱ってくれた数少ない相手だった。誰よりも大切で、誰よりも必要な、未来の片腕だった。
だからこそ、遠ざけたのだ。狂気を植え付けられた自分が自分でなくなっていくのを感じて、このままでは全てを傷つけてしまうと解った時から。大切な人を遠ざけて、そして、国の未来を担う従兄だけは、絶対に自分に近づけてはならないと思った。
この狂気に飲まれ切った時、自分は滅ぶだろう。インフォームドはそれを知っていた。だからこそ未来をアレクシードに託す。彼ならば救ってくれる。彼ならば、この国を再び豊かな王国にする事ができる。そう、信じていた。
「………………ごめん、アレクシード。」
その行動が裏切りだと解りながら、彼は呟く。自分が全てを滅ぼす前に、壊れてしまえばいいと思う。そうすれば、彼の生きていく世界は救われるのだから。狂気に支配された自分が生きている必要など、ないような気がした。
お互いが信じたものの為に、彼らは今日も、祈りを捧げる。




