神を敵に回そうと(インフォームドとタイガースアイ)
男が一人、少年の視界に入っていた。前髪が右目にかかるようになっている深みのあるダークグレイの髪。猫科の動物のような金褐色の瞳。整ってはいるが、奇妙に油断できない顔立ちをしている。純白の髪と無色透明の双眸を持つ少年王子を見て、男は何か玩具を見つけたかのように笑って見せた。
「誰?」
「白の王国の第1王子、一人で外出とは危険だな?」
「何故?ここは王宮の敷地の中だよ。」
「そう、それでも、危険なものは危険だ。」
ゆっくりと唇をゆがめて笑い、男は少年を見た。インフォームドは首を傾げる。見た事もない男が、ひどく当たり前のようにそこにいる事が気になった。歩み寄ったインフォームドを見て、男がもう一度小さく笑った。
のばされた、男の腕が。無防備に立つ少年の腕を掴み、その幼い身体を引き寄せた。声をあげかけたその瞬間、全身を言い様のない痛みが駆け抜けた。止めてと叫んで振り払った掌に、生み出したばかりの光がある。その光を平然と受け止め四散させ、男はニヤリと笑って見せた。
胸に、男の掌が触れる。何故か、ゾクリと身体が震えた。これはイケナイモノだと、少年の身体が認識する。何かが自分の内側に入り込んでくるのが、わかった。それなのに、それを拒絶する術がない。
「…………い、やだぁ……っ!!!!」
自分が自分でなくなる感覚に、インフォームドは声を上げる。けれどその声はすぐに痛みによってかき消された。喉の奥が引き連れるように痛み、上げた声は既にカラカラに掠れていた。男の掌は少年の胸に沈み込み、当然のように禍々しい何かを注いでいる。その何かが入り込む度に、少年の身体がはねた。
それは、イケナイモノ。それは、赦されないモノ。それがもたらすのは、狂気。暗き闇の縁へと誘うだけの、全てを無に帰す狂気。
狂気を注ぎ込まれた少年が、がくりと崩れ落ちた。その幼い身体を受け止めて、男は笑う。楽しみだと、低い声で囁いた。その笑顔はどこまでも暗い情熱を宿していた。
「いったいいつまで保つかな、白の王子。」
「…………。」
「楽しみだ。お前のような純粋なモノが、狂気にどうやって呑まれていくのか。」
「……ぅ……ん。」
「ほぉ、随分と早い覚醒だな。」
くつりと、男が笑った。少年は、重い身体をゆっくりと起こす。内側に潜り込む、自分ではない何かを感じた。それを拒絶しようとしてもできず、戸惑ったような表情が浮かぶ。そんなインフォームドを見て、男はまた、笑った。ひどく無邪気に。
「……ど、して……?」
「楽しませてくれるだろう?白の王子。」
「……い、やだ、これ…………っ!こんなの、僕じゃない……っ!」
沸き起こる殺意を押さえ込み、少年は必死に叫んだ。頭が割れるように痛い。思考すら何処かに連れ攫われそうな程に、痛みが襲いかかってくる。助けてと、無意識のうちに呼びかけていた。ただ一人本名を捧げた、誰より慕った従兄に。
「我が名は、タイガースアイ。人は俺をティガーと呼ぶ。気が向けば、俺を捜してみろ。」
「……止めて、よ……っ。こんなんじゃ、皆を……っ!」
「お前が、いったいどこまで我慢できるか見物だな?純粋で無垢な白の王子。お前が愛しい者を手にかける所が見てみたいものだ。」
「やら、ない……っ!そんな事、絶対に……っ!」
「ならば、足掻くといい。果たして、何年保つかな…………?」
楽しそうに笑いながら、タイガースアイが立ち去っていく。その後ろ姿を、インフォームドは脳裏に焼き付けた。猫の瞳によく似た、金褐色の瞳と共に。いつか必ず、この復讐をしてみせると、思った。絶対にお前だけは、赦さないと。密かに、幼い王子は心に誓った。
神を敵に回す所業をする男は、流れ流れる謎の虎眼の男。




