深紅の衣(アレクシードとインフォームド)
血染めの衣を翻し、少年は屍を乗り越える。
白の王国の王族は、その名の通り純白の髪を持つ。そして、色素の全く宿らない無色透明の瞳を宿し、限りなく爽やかな真っ白の衣装を纏うのが常である。それは彼、第1王子インフォームド・ダイアンも同じである。
けれど今、彼の真っ白な衣装は赤く染まっていた。彼が自ら手にかけた反乱分子達の鮮血で、深紅に。けれどそれさえ何でもない事のように反応を返さず、少年はゆっくりと屍の中を歩いていく。背後に控えていた従者達が、怯えた瞳で自分を見ているのに気づきながら。
『白の狂王子』。いつしか彼に与えられたその二つ名を体現するかのような、残酷さ。かつての彼ならば持ち合わせていなかったモノが、今の彼には当然のように宿っている。誰が、予測したのだろうか。かつては無垢で純真であった王子の、この変貌を。
足音が近づいてきた事に気づき、少年は立ち止まった。馴染みすぎた気配だ。けれど、本来ならばここにいるわけがない者の気配だ。辺境へと追放を命じたはずの従兄の姿を認めて、インフォームドはすっと瞳を細めて振り返った。
記憶の中の姿と寸分違わぬままで、兄と慕った従兄がいる。唇が歪んだ笑みを刻むのを、インフォームドは止められなかった。何故ここにいると、かすれた声が問いかけた。それには答えず、アレクシード・ダイアンは少年を見ている。
「……インフォームド、お前……。」
「二度と我が前に姿を現すな。その命がきけぬか、アレクよ?」
「インフォームド。お前は、何がしたい?これ程までに無為な殺戮を繰り返し、何故?」
「無為?牙剥く者を排除して何が悪い?」
いっそ残酷なまでの優しい微笑みを浮かべる少年を見て、青年は驚愕よりも先に哀しみを覚えた瞳をする。掠れた声で名を呼ぶ事さえ赦されず、服の裾を翻して立ち去る背中を見送った。掴もうとした手を擦り抜けて、深紅の衣が翻る。
それはさながら、鮮血にまみれた死者の王。
違うだろうと、アレクシードは呟く。それはお前の姿ではないはずだと、泣きそうな声で呟いた。誰にも理解できないその確信を、彼はまだ持っていた。目の前のアレは、インフォームドでありながら彼ではないと。何故かは知らないが、彼には解ってしまったのだ。
「…………そうしてお前は、血にまみれて狂気に堕ちていくのか?俺達の手を擦り抜けて、誰も近寄せないままに…………。」
俺にお前は救えないのかと、彼は訴える。けれどその声はインフォームドには届かなかった。立ち退きを要求する兵士達に頷いて、彼は踵を返した。辺境の、都からは酷く離れた場所に、戻らねばならない。
インフォームド、ともう一度だけ名を呼んだ。聞こえたわけではないだろうが、少年が振り返る。その一瞬、アレクシードは目を見張った。自分を見ていた双眸は、確かに見知った少年のモノだった。泣きそうな、今にも壊れそうな目を、していた。
深紅の衣を翻し、子供は狂気へと堕ちていく。




