光と闇の狭間(アレクシードとインフォームド)
このまま闇に堕ちるか、光に腕を伸ばすか。曖昧な狭間で、泣きそうになりながら思う。どうか、気付かないで欲しいと。
少年はうたた寝から目が覚めた。不機嫌そうに前髪を掻き上げ、少年は舌打ちをした。眠った割には、疲れが取れていなかったからだ。おまけに、執務机でうたた寝をするなど情けなさすぎる。
けれど、彼はすぐにはっとした。馴染みすぎた人間の気配と、肩にかけられている毛布。何故気付かなかったと、心の中で自分を罵倒した。相手は馴染みすぎた相手で、異物扱いできないのは当然の事だと解っていたが。
「何をしている。」
「あぁ、起きたのか。」
「何をしていると聞いている、アレク。」
「……何故と、聞くのか?」
呼ぶ名は、あくまでも愛称で、本名ではない。困ったように笑う、穏やかな表情の従兄。努めて冷静を装いながら、インフォームドはアレクシードから視線を逸らした。肩にかけられていた毛布を、これみよがしに払い落とす。そのまま、何も言わずに書類に視線を戻した。
ゆっくりと、アレクシードはインフォームドに近づく。けれど、触れようと伸ばされた指先は、届かなかった。眩い光に弾かれて、アレクシードは泣きそうな顔をする。明確な拒絶に、痛みにも似た哀しみを覚えたからだ。
「俺は、そこまでお前に嫌われたのか、インフォームド?」
「呼ぶな。」
「インフォームド、答えてくれ。俺が何をした?」
「呼ぶなと言っている。」
「…………それが、お前の答えなのか?」
「物分かりの悪い男だな。近寄るな。」
16歳の少年の拒絶に、19歳の少年はぎゅっと唇を噛み締めた。何故と、問いかける声が喉を突きかけて、けれどアレクシードはそれを呑み込んだ。何を聞いても、インフォームドは答えない。それが、アレクシードには解ってしまった。
光の拒絶を恐れもせず、アレクシードは手を伸ばした。痛みに眉を寄せながら、アレクシードはインフォームドの頭を抱えた。ビクリと震えた従弟の身体を、優しく抱きしめる。拒絶の言葉を発しようとした唇が震えて、何も言えなくなってしまっている事にインフォームドは気付いた。
「……ッ、離せ……ッ。」
「お前に何があった?どうして、何も言ってくれない?」
「離せと、言っている……ッ!」
「お前は俺を呼んでいるのに、どうして俺を拒絶するんだ。なぁ、インフォームド……。」
「その名を、呼ぶなぁっ!!!」
「…………っ!!」
突き放すような強すぎる痛み。解き放たれた光の攻撃魔法が、アレクシードを襲う。弾き飛ばされ、壁に叩き付けられて尚、アレクシードはインフォームドを見ていた。荒い息をしながら、冷徹な表情の中に微かに恐怖を宿した少年を。何かに束縛されるように、苦しそうな光を瞳に宿した少年を。
「インフォー……。」
「貴公に、辺境への転居を命じる。」
「インフォームド!」
「二度と、許可無く我が前に現れるな。数日中には正式な書類を送る。」
「待て、インフォームド!」
「二度と俺に近寄るな!」
怒鳴りつける言葉に、アレクシードは声を失った。叩き付けられる、悪意のカタマリが痛い。それなのに何かが彼には引っかかった。コレは本当にインフォームドの本心なのかと、思ってしまう。それなのに、目の前にいるのはインフォームドなのだ。見間違えようもなく。
呆然としているアレクシードは、インフォームドが呼んだ兵士達に引き立てられていく。何故と、彼は呟いた。どうしてなのだと、問いかけていた。けれど、インフォームドは答えない。その背中が、拒絶しているのではなく泣いている事に、アレクシードは気付いてしまっていた。そして、何もできな自分にも。
「待ってくれ、離せ!インフォームド!!俺は、まだ……ッ!!」
「話す事など何もない。すぐさま戻れ。」
「インフォームド!」
「気安く俺を呼ぶな、愚か者!」
「…………っ!」
背を向けたままの叫びに、アレクシードは言葉を失った。何かが、違う。確かにインフォームドだというのに、何かが異なる。何があったんだと、泣き崩れそうな声で彼は呟いた。けれどその声は、インフォームドには届かなかった。
揺れ動く狭間で、けれど少年は、緩やかに闇へと堕ち始めていく。




