羽をもいででも(インフォームド)
狂気に支配されたフリをして。 幾千幾万もの罪を被り。果てなき奈落へと堕ちていく。誰にも何も告げず、一人で。
この羽をもいででも、護りたいと願ったヒトがいた。
短く切り揃えられた純白の髪が、ロウソクの薄明かりの中で浮かびあがる。焦点を定めてもいない無色透明な瞳が、まるで別のイキモノであるかのように輝いていた。ここ白の王国の第1王子であるインフォームド・ダイアン(愛称・フォム)である。近年はもっぱら『白の狂王子』と呼ばれているが。
疲れたように息を吐く彼の周囲には、警護の兵士一人存在しない。彼は、他人を遠ざけているのだ。かつては笑みを持って接した者達にさえ、彼は冷淡に対応するようになった。四年前の冬の始まりであった日から。
インフォームドは知っていた。ジワジワと自分が狂気に支配されていく事も。遠ざけねば大切なヒトさえ傷つけてしまう事も。誰にも彼の抱える苦しみが解らないのだという事も。
だから、三年前に辺境に追放した。誰よりも慕った従兄を。ただ一人本名を捧げた相手を。自分に近い所にいたヒトだからこそ、少年は従兄を遠ざけた。彼だけは、この狂気に巻き込ませたくはなかったのだ。たとえそれで彼を哀しませたとしても。
「……アレクシード。」
二度と本人の前では呼ばないと誓った。本名は束縛の力を持つ。狂気に支配されていく自分が、彼を束縛するなどあってはならないとインフォームドは思う。だからせめて、自我を保てている間ぐらいは小さくつぶやいておきたい。もう会わないと決めたヒトの名を。
アレクシードは気付いているかもしれない。けれど今更、彼に話す事はできないのだ。たとえ薄情者と罵られても。たとえ嫌われても、生きていて欲しいと願うからこそ。
内側に取り込んだ狂気は少年を蝕んでいる。時折彼の自我さえ狂気に呑まれていく。止める事はできなかった。全てはもう彼の肉体に巣くってしまっている。
忌々しい、猫の瞳をした男。自我が消える前に、あの男だけは何とかしよう。笑いながら狂気の種を植え付けてきた相手を思い出して、少年は密かに誓った。大切な人々に害を成されない為にも。
未来へ羽ばたくはずだった、この羽を自らの手でもいででも。




