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銀翼の騎士  作者: 夜鷹
3/3

騎士の憂鬱

「今日入ってきた新部員を紹介する。」


太陽が真上に昇る頃朝倉を含む全員が滑走路に集められた。真っ白な基地の面積の半分を占める滑走路は「The road to the hell(地獄への一本道)」とパイロットに呼ばれている。そこに集められた傭兵と新たな志願兵。

毎回決まった月に新しい入隊者が入ってくるので戦闘においてチームワークが欠かせない空中戦を得意とするパイロット達は、直ちに新しいメンバーに慣れるように挨拶をするのが決まりになっている。もちろんチームプレーを好まない彼にとって、この時間程憂鬱なものは無かった。


「何とも無駄な時間だ」

「ははっ!朝倉らしいな」

「うるさい」


隣にいる同僚がケラケラと屈託なく笑う。朝倉と同じくらいの身長にプロレスラーなのかと思う程の筋肉を持ち、金髪の短髪を毎日ワックスで立たせている彼はアメリカ空軍からの一期志願兵であった。ちょくちょく朝倉の元へ来ると、彼のティーンの頃の話や彼の歴代の彼女の話など、朝倉が邪見に扱っても話して来ようとするので最近は呆れてしまっていた。


「なあ朝倉、こんな時間意味ないから今回のニューフェイス供がどれだけ生き残れるか賭けようぜ」

「それこそくだらない」


部隊を指揮する司令官が一人一人紹介していくがアメリカ人の彼が言う様に、朝倉にとってもこの時間程無駄だと思うものは無かった。なぜなら新人は最初の一ヶ月で約半分が戦死するのだ。不慣れな戦闘機を乗りこなす事が出来ずに地対空ミサイルや敵機との空中戦で命を落とす者が後を絶たない。ある新人は離陸前のチェックリストを忘れ、空に飛び立つ前に機体もろとも爆発に巻き込まれるという奴もいた。

名前を覚えても無駄な努力になるだけなら始めから覚えないというのが戦場で身に付けた彼なりの哲学であった。


「よし、以上だ。朝倉ちょっと前に来てくれ」


全ての紹介が終わったのであろうか、司令官が朝倉の名前を呼ぶが、これも毎度のことだった。簡単な挨拶をすればいいのだろう、と思った朝倉の背中を先程の同僚が頑張れと言いたげに叩いた。

坦々と自分の業務を終わらせるべく彼は全新人兵士の集団を横目に全員の前に立つ。新人の集団から「やべぇ、本物だぁ」という声が聞こえてくるが、これもいつもの事なので無視をする。


「戦闘機部隊指揮官兼、戦闘隊長の朝倉悠だ。よろしく。以上」


いつも通りのシンプル過ぎる自己紹介に、ぽかんとした表情をするニューフェイスの男達。簡潔過ぎる自己紹介に新入隊者が唖然とした顔で彼を見る。毎度の事であったがこの紹介では余りにも短過ぎるので「えーっと」と苦笑いしながら朝倉の隣に立つ司令官が再度口を開いた。


「皆も知っている通り、ここの戦歴トップは彼だ。朝倉は指揮官としても抜群の才能を持っているから戦闘機部隊の隊長も兼任してもらっている。あと、彼の飛行技術は世界でトップクラスの腕前だ。新人の君達も機会があったら彼のガンカメラの映像を見て研究してみるといい。」


はい!と威勢のいい返事をしながら敬礼する自分とそう歳の変わらない若者達を、朝倉は一人冷めた目で見ていた。こいつらはいつまで生き残れるのだろうか。そんな事を考える事さえ今や無意味だと思う程には、自分の人生に嫌気がさしていた。



司令官がオペレーションについての説明に入る。指揮官の話を真剣に聞きメモを取る者もいるのを見ると、今回の新人は真面目な奴が多いのだろうと朝倉はその様子を見ながら思った。こんな座学など実践では無意味だと皆の前で言ってやりたくなる。ガンカメラでの勉強、システムでの慣れなど命が掛かった場では何の役にも立たないのだ。幾ら敵の機体をロックオン出来る技術があってもミサイルを打つ勇気が無ければそこで死ぬのだ。戦場とはそういう所だと理解する前に姿を消してしまう者は何万人といるのだが‥‥。


そんな意地の悪い思いを馳せていると、突然バリバリというここでは耳慣れた音が聞こえて来た。隣に来たアメリカ人の同僚も不審な顔をして小声で言う。


「エンジン音だよな?」

「ああ、おそらく」

「なんでだ?今日はオペレーション無いよな?」

「ああ、変だ‥‥」


格納庫から聞こえてきたエンジン音に司令官の声が所々掻き消される。滑走路にいる何人かが司令官の話を無視しながら音の出所を探っているようだ。今日は特別任務が無いはずなのにおかしい、と朝倉も一人疑問に思いながら滑走路の末端にある倉庫に目を向けると、周りの空気をカタカタと振動させるような独特の音と共に、T-4、別名ドルフィンと呼ばれる亜音速練習機が格納庫から顔を出すのが見えた。


「ドルフィンだ。あんなしょぼいの出して何するつもりだ?」

「俺も分からない‥‥」


新人の飛行訓練は入隊一ヶ月を過ぎないと許可が下りない事になっている。では何故練習機のエンジンが付いているのか?点検でもなさそうだ。何が行われるのか分からず少し嫌な胸騒ぎがする中、朝倉は意識をエンジンが付いた練習機に向けたまま司令官の言葉が切れるのを待った。


「ーーーで以上だ。質問はないか? でだな」


司令官が隣に立つ自分より10cm近く背の高い緑間の顔をちらっと見ると、新人に向けて声を掛ける。何故か嫌な予感が的中しそうだ。


「今から朝倉とドックファイトやりたい奴いるか?」

「え?」


急な司令官からの命令に驚きを隠せなかった為不意に変な声が出てしまった。困惑の表情を浮かべながら彼は真意を確かめるかのように隣に立つ司令官を見る。


「朝倉とドックファイトやりたいやつ、手挙げろ」


いきなりの無理難題に朝倉が動揺していると隣にいた同僚が肩を震わせながら笑っている。こっちはいい迷惑だっていうのに呑気な奴だ。

しかし想像通り「無理だろ」「自殺行為だ」と新人が口々に言うのが聞こえる。

ドックファイトとは戦闘機の近接戦闘であり、どちらかが相手の後ろに付き機体をミサイルの射程機内に入れロックオンしたら勝ちという格闘戦で、いわゆる空中の1on1である。

朝倉は今のところ全戦全勝を飾っていてエリア106では歴代トップの成績を誇っていたが、あまりにも急な要求に少しばかりだが緑間の心に不安の色が見え始める。司令官の命令は絶対である以上いくら基地のトップでも何も言い返せないのが現実だが、朝倉はこの突然の申し出を全力で断りたかった。

新人がざわざわし始める。「無理だよ」や「考えられない」など消極的な単語が依然聞こえてくる辺り、彼と一騎打ちをしたい猛者はいないようだ。司令官もこれを予想していたのかもしれないと思いほっとした瞬間、新人の集団の真ん中辺りからすっと手が挙がった。


「俺、やりま~す!!」

「よし、前に来い!」


まじかよ、と新人達から驚きと侮蔑が入り交じった声が聞こえる中、手を挙げた男は新人の集団をかき分け、司令官の前に来た。


「はっ、ウケる!朝倉とのドックファイトを自分から立候補したぞ。俺なら100%やらないね」


同僚の言いたい事も分かる。今まで彼に宣戦布告して来た奴は皆プライドもろともボロボロにされたのだ。自分からやりたいなどと言う奴は少なくとも今この基地には誰もいない。


朝倉も軽侮の念でその男を見る。あまりぱっとしない体格であり、強くも弱くもなさそうな、これだけの人数の中自分と対戦しようと手を挙げるくらいの勇気だけはある平凡な男。特に記憶に止める必要も無いと思い朝倉は彼を冷やかしの意も込めて、司令官と握手をする男を横目で見ていた。


「よっ!よろしくな」


瞬間その男と目が合った。一瞬、朝倉は不覚にもその男の眼光の強さにひれ伏しそうになった。達眼という、物事の深奥を見通してしまうそうな鋭い眼光が朝倉を射抜く。しかし同時に、世界の末端を見てきたかのような表面からは隠されている男の悲愴な表情が緑間の印象に残った。おもしろそうな男だ、と彼の戦闘本能が告げる。


「名前は?」

桐生翔カケルです!」

「T-4は乗れるな?」

「はいっ!!」

「元気はいいな。じゃあGスーツを着て準備して来い。」


Gスーツという高い加速度、つまりGが戦闘機パイロットに掛かる事によって発生するブラックアウト(大きなGが掛かり血液が下肢に集中してしまい脳に充分な血液が供給されなくなり意識が無くなる現象)を軽減させる為のパイロット用スーツを着る為に基地内のロッカーに走って向かった男の後ろ姿を見ながらこいつがこんな風に楽観的思考が出来るのはいつまでだろうか、などと朝倉は意地の悪い考えを凝らしていた。しかし、あの眼光の強さは彼の心を掴んで離さなかった。


「日本人じゃん」

「ああ、でも知らない」

「なんかめっちゃ弱そうだな。あいつ」


彼自身もそう思っていたが、どうしてもあの生命力に溢れた目が気になっていた。


「朝倉すまんな」


司令官が朝倉に話しかける。すまんと言っても、もう遅いのだが。


「いえ。命令なので。手加減した方がいいですか?」

「いや。お前の実力を見せてあげてくれ」

「わかりました」


そう言うと朝倉もGスーツを着る為にロッカーに向かう。

新人達が早くも基地ナンバーワンの空中戦が間近で見れるとあって、ざわざわと興奮し始めた。


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