孤高の騎士
眼下に広がるのは文字通り地獄。
先程基地を飛び立った仲間の戦闘機が、壊れたおもちゃのような無惨な姿で地面に横たわっているのが見える。
所々で火柱が上がるので、夜間であるのにも関わらず地上はオレンジ色に染まって明るい。
コックピットから地上に目を向けると、地対空ミサイルを積んでいる敵の戦闘車両が三台キャタピラーをガタガタと言わせながら、屍が積まれた地面を縦横無尽に動き回るのが確認出来た。どうやらこいつが今日の獲物らしい。
「こちらグリーンセクション、朝倉悠だ」
「こちら司令部、どうぞ」
管制塔からの無線応答が耳に直接響く。眼下に敵を確認しつつ朝倉は冷静に状況を説明する。
「エリア106、司令部へ。ポイント3-Bより反政府軍の戦闘車両が北上中。先に飛び立った五機はやられたらしい。」
「了解、援護はいるか?」
援護だと?
今まで味方の援護など受けた事が無いのを、この管制官は知らないのか?周りを敵軍に囲まれ四面楚歌な場面でも、任務は全て自分一人で完璧に遂行して来た。今日も然り。
「いや、あの戦闘車両は俺の獲物だ。絶対に手を出すなよ。」
戦車破壊の報酬金六万ドルを抱えて、朝倉は視界に滑走路を捉える。主翼仰角を7度に設定し前縁部の補助揚力装置をオンにする。フラップが上がる機会音が聞こえてきたら、気体上部のエアブレーキを「開」にし、着陸のアプローチに入る為ギアダウンを開始する。エアブレーキが効いているのか機体が上下に揺れ始めるのを感じる。この振動ほど自分は生きているのだと実感させてくれる瞬間は他には無かった。
「安定の着陸の上手さだな」
「当然だ」
最後の無線通信が終わり、無事滑走路に自分の愛機を着陸させると、今日も生き延びた事への安心感がぐっと込み上げてくるのが分かった。汗をかいている手の平が、自分の思考と反して、体が死への恐怖を実感している事を教えてくれているようだ。
コックピットから降り、青空を反射する銀色の機体の状態をチェックする。自分が心から信用出来る物は、この戦場ではこの機体しか無い。故障箇所は無いかと確認していると、近くを通り過ぎた機材整備員に声を掛けられた。
「今日も凄いね、朝倉は。あの地対空ミサイル積んでるタンクを殺れるのは、お前しかしねぇもんな」
いや~すげぇわ、とよく朝倉の機体整備を担当する整備兵は絶賛する。
賛辞をもらう事に未だに慣れる事が無い朝倉は、照れ隠しに眼鏡のブリッジを左手で上げながら整備士に言った。
「ついでで悪いが、パイロンに赤外線追尾式空対空ミサイルを積んどいてくれ。あと20ミリ砲弾も300発追加を頼む」
「了解。ようやるわ」
言い終わるが否や整備員は武器倉庫に走っていく。滑走路には絶えず出番を待つ戦闘機で溢れかえっている。その証拠に、緑間の愛機の横をたった今離陸したばかりの戦闘機が爆音を轟かせながら通っていく。
滑走路はここでは死への階段とも言われている。飛び立ったまま二度と帰って来れない機体は五万と存在するのだ。
ここは作戦地区名エリア106。地獄の激戦区であり、生きて滑走路を踏める者は極僅かである。朝倉悠は悪魔と手を取った、ここの外人部隊の傭兵である。