006
タスクの部屋へご案内
アールが雑談をしながら部屋のドアを開け、中に招き入れて扉を閉める。
ここがタスクの部屋と言う訳だ。
「そらまあ。一人は大変だけどって、あのさ。それより…俺怪しくないの?お嬢ちゃん達を守れる程信用されてるの?それとも何か他に思惑でもあるのか?」
入室し、扉を閉じた瞬間、タスクはずっと疑問に感じていた事を捲くし立て始めた。
侍従係やトール坊ちゃんに聞かせる話でも無いだろうと思い、一応今まで黙っていたようである。
対してアールは、そんなに突っ込むような話でも無いだろうと思いつつも、タスクの抗議に冷静に回答する。
「君も屋根がある所で過ごせる方が、都合が良いだろう?」
「待遇が良すぎてキモイんだよ。」
客間と言うには狭く、従者用の部屋だろうと容易に想像できる。
室内には、ベッドから小さな机から簡易式のクローゼットと、生活に最低限必要そうなものが一式並べられただけの質素な造りである。
先程の食堂や待合室とは全く違う部屋の造りで、それが返って、一晩だけの客間ではなく、しばらく生活させようと言う空気が漂っている。
「そう言うな。命の恩人に礼儀を尽くしただけだ。それに…君の話をもう少し聞きたくてな。領主様に進言して滞在して貰ったのだ。」
「子守の駄賃は小遣い制かい?」
ベッドに腰掛けながら返してもらった剣をイラついた様子でベッドに立てかける。
皮肉るタスクに、アールは笑うでもなく神妙な顔つきで口を開いた。
「お小遣いについては要相談かな?概ね私の話し相手優先で頼む。ついては明朝日の出と共に、一緒に森に出かけて貰う。」
本当はタスクの証言が合致しているかすぐにでも確認したかったが、夕方を過ぎると森林のモンスター達が活性化するので、調べることもままならないらしい。
ミクスチュアの広場にあった沢山の死体は、森からモンスター達が溢れ出てこないように、早々に片付けたようだ。
「お嬢様たちがミクスチュアの広場にお出かけになったのは、明日、お誕生日である領主様の為にケーキの材料を採集しに行かれたからだ。昨年お亡くなりになった奥様の好物であらせられる木の実は、ミクスチュアの広場にしか生えない木の実でな。お嬢様自ら木の実を採集されると仰ったので、昼間モンスターは森から出ないし、森林手前の広場でなら、そう危険は無いと思ったものの、念の為大人数で出かけたのだ。」
「…運が悪かったな。」
広場の無残に殺されていた、たくさんの死体を思い出しながら、タスクは同情の意を唱えた。
性別の判別さえ難しい死体も転がっていた気がする。
悲鳴が上がってから、そんなに時間が経ったとも思えない事から、彼等はほとんど一瞬で死体に変えられたと考えるべきだろう。
「運が良かったとしか言えん。少なくともお嬢様のお命は助かった。」
「…」
「5年前、病でお亡くなりになった奥様の忘れ形見が、五体満足で帰還した。私の部下も侍従達も死んでしまって残念だったが、皆お嬢様だけは逃がそうと必死だったと思う。彼等にも当然だが君にも本当に感謝している。そして君の切ったモンスターがまだ生きている可能性があるというなら更なる調査が必要だ。死んでいるとしても、確認する必要があるだろう。目撃者は君一人だしね。」
アールの表情は変わらなかったし、言葉もとても静かだったが、それだけに彼の誠意が痛いほど伝わって来た。
これ以上の犠牲者を出さない為にどうするべきか、死んだ者達へどのように供養するべきか、全力でこの事件に取り組もうとしている姿勢のようなものを感じる。
真摯な気持でタスクに信頼を寄せていると確かに感じて、心打たれただけに、先程までタスクの意見も聞かず、なし崩しに事を進めようとグイグイ迫られ、不機嫌だったタスクは、急に距離感を詰められて戸惑ったとは言え、つい不用意な発言をしてしまった自分を恥じていた。
恐らくこの人が一番、なぜ自分もお嬢様のお供をしなかったのか。と悔やんでいるのでは無いだろうか。
タスクは、居住まいを正し、立ち上がった。
「皮肉なんて言って悪かった。子供の俺でどれだけの事が出来るか解らんが、できる限り協力したい。」
そして再度握手を求めた。
「そう言ってくれると助かる。」
アールは差し出されたタスクの手を再度しっかり握った。
今度こそ、互いの気持ちが揃ったと言って良いだろう。
そして握手を交わしながらタスクは
「あと…さ。俺の服、まだ返して貰ってないんだけど。」
と、居心地悪そうにアールを見上げた。
――――――――――
ミクスチュアの広場の真上に、下弦の月が浮かび、辺りを淡く照らしている。
昨日まで満開の花畑だった広場が、現在は見事に散っており、大きなくぼみと割れた大きな塚も剥き出しになっている。
大きな塚の傍で芳醇な実を茂らせていた樹木も、今はまるで昔から枯れ木であったかのように折れて萎れている。
そして大きな塚の傍に立つ何者かの姿。
下弦の月に全てが照らしだされる中、その何者かだけが、衣装についているフードを目深に被ったまま、広場を立ち去った。
後は時折吹く風が、枯れた草木を揺らすだけの景色が残った。