043
消えた妖精
書斎で業務中だったジュードは、フィオナのみならずラファエレまで行方不明だと報告を受けて立ち上がった。
フィオナは大体何処にいるか解っていたので、部屋に居たくないのならそれも良いだろうと考えていた。
ただ現状において、屋敷から出て行く事がないかチェックする指示だけ出しておいたのである。
しかし一旦屋敷に戻ったと言うラファエレまで居ないとなれば話が別だった。
子供が行方不明で今日雇ったばかりの見習い魔術師も行方不明。
疑うつもりは無いが、もし娘に何かあれば暢気に構えてもいられない。
あの見習い魔術師が何もしていないと言う保証は何処にも無い。
困惑して報告に来た騎士団員が、魔法使いが煙のように消えました。と冗談か何か解らない報告に頷き、侍従長がずっとお嬢様のお傍に居なかったと頭を下げる姿を制し、足早に部屋を出る。
まずはトールの部屋を覗くもクルセウス家ご嫡男はベッドの中でピクリとも動かない。
ならばとジュードの部屋も覗くもやはり居ない。
庭に出た形跡は無いと報告を受けると、一階へ向かう階段を降りて行く。
他の従者から探した部屋は目印に扉を開けていと報告を受ける。
だからトールの部屋以外は扉が開け放たれているのかと納得する。
1階にある物置は廊下の端にあり、人通りの無い場所にある。
ジュードはその部屋を迷い無く目指した。
見てみると扉は閉まっている。
後ろをついて来ていた従者を見ると、物置へはもう探したし、扉も開けておいたのだと混乱しながら発言した。
そして、かわりにくすくすと小鳥が囀るような笑い声が室内から微かに聞こえる。
ジュードは迷い無く物置の扉を開いた。
――――――――――
ジュードが入室するや振り向いたフィオナが手の中にいる小さな光を見せる為に満面の笑みで駆け寄った。
「ラファエレにもらったの。」
小さな手の中を覗き込むと、魔法陣が描かれた羊皮紙が淡く光っている。
ラファエレを見ると、彼女は微笑んだまま礼を取った。
その様子は、この騒ぎを知っていながら部屋に閉じ篭っていた悪びれる様子には一切見え無い。
ジュードは一息入れてから屈むと、喜んでいるフィオナの頭を撫でてやる。
「良かったな。」
この物置はトールとフィオナがよく遊びに使う部屋である。
と言う事は、フィオナが自らこの部屋に入り一人で遊んでいたか、フィオナの案内でラファエレと一緒に入ったと見て良いだろう。
従者が見つけられなかったのは、彼等が探しに来てから入室したかフィオナが隠れ鬼をしていたかのどちらかだ。
フィオナが隠れていそうな部屋に居なかったらマズイが、ここで遊んで居たのなら問題も無いだろう。
そして、愛娘を抱き上げるとラファエレに紹介する。
「娘のフィオナだ。」
「まぁそうでしたの。フィオナ様、よろしくお願い致します。私の名前は既に申し上げましたよね?」
ラファエレは、抱き上げられたフィオナと同じ目線になって改めて挨拶した。
「ん…妖精じゃ無くてごめんなさい。」
ジュードに抱きついたまま、力無く謝罪する。
微笑んだラファエレが片手を出した。
怒っていないのだと解ると、フィオナもおずおずと手を伸ばし、小さな手と、真っ白な細い手が握手を交わす。
「また遊んで下さいね。」
ラファエレがそう言うとフィオナも
「うん。」
と破顔して頷いた。
フィオナは自室に戻された。
移動しても構わないように侍従達に伝えておくが、お前も部屋を出るのなら誰かに伝えてからでなければならないと言い聞かせると、大きな瞳を何度も瞬きしてしゅんと項垂れる。
「…はい。」
「怒っていない。ただ皆心配して探し回っていた事は知っておきなさい。」
フィオナが侍従達に謝ると、皆頭を振ってお嬢様がご無事で良かったと一様に喜んだ。
結果としてラファエレも一枚噛んだようになってしまい、共に頭を下げる。
「ラファエレは悪くないの。まほうの字をおべんきょうしているときに私がおじゃましたんだもの。」
「魔法の字?」
ジュードが首を傾げる。
「あのね。おとうさまにいわれて、まほうのじをしらべていたのよね。ラファエレいっしょうけんめいだったもの。ここにしわをよせてね。」
と、両手の人差し指を眉にあてて、中央に皺を作るフィオナ。
その様子に、そんな顔をしていたのかとラファエレが頬を染める。
「そう言えば、メモを読みながら歩いてましたね。」
先程までラファエレを案内していた若い騎士団員が、思い出したように呟く。
「…ルーン文字を読み始めると、何も手につかなくなりますの。」
更に頬を夕日色に染めたラファエレが再度謝った。
「…ではその基本のルーン文字について早速報告して貰おうか。私の書斎で。」
意地の悪い視線をラファエレへ送信しながら解散の合図をすると、侍従達は気の毒そうにラファエレを一瞥してから雲の子を散らすように立ち去った。
若い騎士団員も、書斎へはジュード本人が案内するからと言う事で追い払われ、立ち去ろうとしていたエルミーラに後程お茶を持って来るよう声をかける。
そしてフィオナの頭を撫でてからラファエレを一瞥。
ついて来いと言うように軽く頷くと、愛娘の部屋を出て行った。
赤く染まったラファエレの頬が急速に青く染まりながらも、フィオナに一礼した後、彼女は力無くジュードを追いかけたのだった。




