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プロローグ

昔封印されたモンスターを、たった10歳の旅の少年(主人公)が、旅先で出会った人々と力を合わせて退治するファンタジーストーリー。

多様な出会いで少年は、少しだけ成長…するような、しないような。

 大森林の中を、何かが駆け巡っていた。

 でたらめな息遣いで、大きな草むらの中をすり抜け、木々の間を転がりながら。

 走っていたのは幼い少女だった。

 上等な絹のドレスもドレスからはみ出た肌も泥だらけだった。


 幾度も転んだせいで、膝や頬から血が滲んでいるが、必死である為、本人は気づかない。

 お気に入りの赤い靴が片方脱げたが、当然拾う暇も無い。

 髪を振り乱しながら、恐怖に歪んだ顔で幾度も振り返る。

 いつも乳母がツインテールにしてくれるのに、リボンも何処かへ行ってしまった。

 さっきまで拾い集めていた木の実は、何処へやっただろう。


”がつん”


 土に埋もれた大木の根に足をとられ、倒れた。

 何度も後ろを振り返り、起き上がろうともがくが、足が震えて上手く立てない。


はあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあ・・・げほげほっげほっ


 荒い呼吸を繰り返すも追いつかず、幾度もむせる。

 喉の奥が痛い。

 笛を吹くような音が、喉の奥から響く。

 恐怖と呼吸困難で大きな瞳に涙が浮かぶ。

 髪の毛のおばけみたいになってしまった前髪の隙間から、目の前を覗き見る。

 乱れた呼吸だけが森の中に響いている。

 何だかさっきより辺りが暗い。


 少女の長く乱れた前髪の間から、真っ黒な大きな丸い影が、蠢いているのが見えた気がする。

 自分の髪が邪魔でよく見えない。

 少女はゆっくり、その黒い影を見上げた。


 真っ黒な影の固まりは、体中に生えた残ばらの髪を、触手のようにうねうねと周囲の木々に絡みついて、その場にいた。

 その真ん中に大きな目が一つあり、蠢く髪の間から、少女を見下ろしている。

 正確な円を描いていた目玉が、まるで瞼を閉じるように横に長細くなった。

 その様子は、少女との追いかけっこを楽しんでいるようにも見えた。


「いや・・・いやあっ!!」


 座り込んでいた手元の小さな小石を投げつけたが、目玉のおばけにダメージは無い。

 こつん。

 と音がしたかしないか。その程度だ。


 その間も黒い髪の毛は、少女の周囲の木々に絡みつき、少女を取り囲んで行く。

 木の陰で怯えて小さく丸くなる少女。

 モンスターの髪の毛が、ついに少女まで届いた。

 足首に絡まった時、少女の嫌悪感が悲鳴と共に溢れた。


「いやいやいや!いやだよう・・・っ」


 声にならない声で、髪の毛を引き離そうともがく手に、更にモンスターの髪の毛が絡まって少女を捕らえる。

 モンスターは明らかにこの狩を楽しんでいた。

 足首に絡んでいた髪の触手を解く頃には、少女の肩まで髪が絡みつき、慌てて逃げようとすると、それを遮ってモンスターの髪の毛が、少女の髪の毛に絡まった。

 そのまま引き上げると、少女をぶらぶら揺らしながら、モンスターの目が細くなる。

 髪の毛と腕だけで体を持ち上げられ、ぎりぎりとか、ぶちぶちとか、嫌な音と強烈な痛みが少女を襲った。

 少女は悲鳴をあげたが、モンスターの目は大きく見開いたり、細くなったりするだけだった。

 少女の肩と髪に絡みついた髪で捕まえたまま、別の髪の触手が少女のスカートを裂いた。

 2階の窓から景色を見渡した時の様に地面が遠い中、スカートを引き裂かれる音が、まるで少女の身体が引き裂かれる音のように感じて、恐怖で身もだえする。


 少女の可愛らしい髪を掴まれ、痛みと恐怖で、歯がうまく噛み合わないまま、震える目でモンスターを見る。

 髪に覆われた目玉が、もぞもぞと蠢くのが解る。

 目玉の下部が、弓弦を横にした状態で裂けて行く姿までハッキリ見えた。

 それが口だと少女は知ってしまう。

 口の中に、鋭い牙が何十本も少女を待っていたから。

 恐怖が絶頂まで達し、少女の瞳が、ぐるんと回って視線が定まらなくなると、首の力が抜けた。


その刹那。


 モンスターの目は縦に真っ二つに割れた。

 大きな悲鳴のような動物とも言えないような咆哮が森中にこだまして、モンスターは縦に裂けた。

 少女を持ち上げていた触手の束は力なく垂れ、少女は急速に地面へ向かった。


 落ちてきた少女を何かが抱きとめた。


誰かに声をかけられた気がして、少女の瞳に光りが宿る。

いつの間にか恐怖で放心していた。

目を開いたまま気を失っていたようなものだ。

先程まで無意識に現実を拒否していたので、一瞬何がどうしてここにいるのか解らず、目線だけで辺りを見渡した。


周囲には、少女を円状に囲むように無数の髪が蠢いている。

髪の毛のモンスターが少女の前にまだいたと認識した瞬間、暴れて悲鳴をあげた。

腕が、いや体中がひどく痛み、悪夢はまだ続くと思うと、恐怖で気が狂いそうだった。

顔を両手で覆って見たくないと蓋をする。

また気が遠のいてきた。


その時ぐいっと少女の肩を強く握る者がいた。

ほら。続きだと確信する。

またあの嫌悪感溢れる髪の毛が少女を捕まえに来たのだと思って、びくんと痙攣する。


「怪我は無いか」


明らかに人間の声が少女の耳に届いた。

ここまで読んで下さってありがとうございました。

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