第四話 方針
三角の帆に風をはらみ、雲を切って進む飛行船。その甲板の上で、俺はステータス画面とにらめっこをしていた。従者の経験は召喚士にも反映されるのか、いつの間にか魔力ポイントが増えていたのだ。それをどう割り振ったものか、俺は胡坐をかきながら考える。
増えたポイントは十。スキルのレベルアップに必要なポイントはそのスキルによってまちまちだが、いま俺が持っているスキルには十でレベルアップできる物はない。新規取得なら可能なスキルがいくつかあるが、どれも家事スキルとか料理スキルとかそんなものだ。
「今のところ保留かな……」
魔力ポイントは貯めておくことができる。
レベルアップができるぐらいまで貯まったところで、まとめて割り振ってしまうのもいいだろう。そう結論付けた俺は、近くで剣の整備をしているツキカを呼ぶ。
「何か用ですか?」
「うん。ツキカ、ステータス画面って出せる?」
「しばしお待ちを。すぐに出しまするゆえ」
ツキカは眼を閉じると、祈るように手を合わせた。すると彼女の前に俺のとほぼ同じような感じのステータス画面が表示される。その右上の「残りポイント」という箇所を見ると、ゼロだったはずがしっかり十に増えていた。
「ありゃ、俺と同じなのか」
敵を倒したのがツキカだったから、てっきり彼女の方がポイントが多いと思ったらそんなことはなかった。俺と同じ十ポイントである。これではまだスキルのレベルアップなどはできないだろう。
「ツキカ、もういいよ」
俺はツキカにステータスを表示させるのをやめさせた。するとここで、下の船室からシェリーが顔を出す。
「二人とも、相談したいことがあるから降りてきて!」
「わかった!」
「いま行く」
俺とツキカはそれぞれに返事をすると、階段を下って船室へと入った。小さな船だけあって、部屋は四畳半もないほどの広さだ。その狭い部屋の中央にテーブルが置かれていて、上に地図が広げられている。シェリーはそのテーブルの周りに置かれた樽の一つに腰掛けて、俺たちを待っていた。
「相談したいことって、何?」
「順調にいけば、あと一時間ぐらいでココベルの街に着くわ。それからどうするか相談しようと思って」
「そういや、決めてなかったな」
街まで行くことは決めていたが、そこから先のことについては完全に未定だった。というか、俺はこの世界について何も知らないから予定の立てようがなかったともいえる。
「俺は……特に何も決まってないな。そもそも何をしていいのかわかんないし」
「私は、主様と行動を共にするぞ」
俺たちの意見を聞いたシェリーは、腕組みをすると何やら考え込むように唸った。そしてしばらくすると、彼女は遠慮がちな様子で俺たちに尋ねる。
「じゃあさ、もしよかったら……私と一緒に旅しない? 私、ウルフたちに捕まる前は最後の一つを捜してたんだ。せっかく自由になれたし、また旅を再開したいのよ」
「旅に同行するのは良いけど……ラストワンって何さ?」
「あんた知らないの!? 最後の一つって言うのは、文字通りアトラティカ王国が滅びる寸前に作り上げた最後にして最高の魔遺物よ。これを手に入れた者は奇跡をかなえるって言われてるわ」
なんだろう、どこかの都市伝説みたいな話だな。都市じゃないけど。
俺は少し疑わしげな顔をして、眉をひそめた。するとシェリーは何を言ってるんだとばかりに声を張り上げる。
「もしかして信じてないの? 最後の一つは絶対に存在するわよ! 世界中の魔賊や冒険者がそれを捜してるんだから」
「そうか。うーん、奇跡を起こす魔遺物ねえ……」
もし本当にあるとしたら、これを見つけ出すことがゲームのクリア条件っぽいな。
だけど、世界中の魔賊や冒険者が狙ってるって明らかにヤバいだろ。漫画の主人公でもあるまいし、冒険の旅路で死ぬとかはちょっと勘弁願いたい。
魔賊から巻き上げた財宝は大きな麻袋がいっぱいになるほどの量だった。シェリーと俺の二人で山分けしたとしても、相当な額になるだろう。さらにウルフの懸賞金もあるから、すぐに生活のあてがつかなくとも最低でも数カ月、よければ年単位で食うには困らないはずだ。強力な味方のツキカもいることだし、暮らしていくだけならシェリーについていかなくともきっと何とかなる。
「ちょっと考えさせてくれ。今すぐは無理だ」
「ん、わかったわ。街に着いたら考えましょ」
それからしばらく進むと、窓の向こうに大きな島が見えてきた。天空の城ならぬ天空の島である。入道雲と同じぐらいの大きさの島は、ずいぶん栄えているようで、時折俺たちの船の横を別の飛行船が通り抜けて行く。
島の西側には白い建物がびっしりと建ち並んでいて、立派な港町を形成していた。飛行船を泊めるための岸壁があり、シェリーは他の船の邪魔にならないように隅の方に船を泊める。小さな船は石造りの岸壁にピタリと寄せられ、そこで帆をたたんだ。
「着いたわ、ココベルの街よ」
「綺麗なとこだなあ……」
俺は思わずため息をついた。街の建物は太陽の光を反射して白く輝き、どこまでも青く広がる空は海の様だ。実際に行ったことはないが、南国のリゾートのような雰囲気である。行きかう人々も陽射しが強いせいか少し日焼けをしている人が多く、特に女性は露出の多い服装をしている。
「主様、観光をなさりたいのであればこいつを引き渡してからに致しませぬか? さすがに邪魔で……」
俺が道行くお姉さまたちに眼を奪われていると、ツキカが担いでいたウルフを揺らした。ウルフは二枚目半から三枚目にランクダウンした顔をゆがませると、俺の方を睨みつけてくる。そういえば、まずはこいつを何とかしなきゃいけないな。
「よし、ウルフを引き渡しに行くか。軍の支部ってどこにある?」
「街の一番奥よ。そこに詰め所があるから、連れていけば懸賞金がもらえるわ」
こうして、俺たちは街の一番奥にある軍の支部へと向かったのであった。
◇ ◇ ◇
通りを進んでいくとすぐに軍の詰め所は見つかった。高い城壁で囲まれた、角ばった感じのする巨大な要塞である。そこに居た兵士たちのウルフを引き渡した俺とシェリーは、代わりに百万ゴールドという大金を手に入れていた。シェリーが言うには、半分の五十万ゴールドでも四人家族が一か月は楽に暮らせるぐらいの金額らしい。
「結構な額になったわねえ……えへへ」
「この分だと、財宝も期待できそうだな……」
「もし凄い金額になったら、新しい洋服でもいっぱい買おうかしら……」
背中に背負った頭陀袋。その中に入っている財宝の重さが、何とも心地よかった。百万ゴールドの賞金首が貯め込んだ宝だ、最低でも数百万、下手したら数千万単位の物かもしれない。俺たちの顔がゆるむのも無理なかった。
こうして俺たちが意気揚々と宝石商へ向かうと、何とすでに閉店してしまっていた。今まで時間など気にしていなかったが、そろそろ夕方である。日本などよりずっと営業時間の短いであろうこの世界の店が閉店してしまうのも、無理はなかった。
「仕方ない、宿屋へ行きましょ」
「そうだな。金持ってるし、できるだけ良い宿屋へ行こう」
見たところ治安は良さそうだが、さすがに日本よりいいってことはないだろう。大量の財宝を持っている以上、警備のしっかりした宿屋へ泊まりたい。
こうして俺たちは、街で一番大きな宿屋へ泊ることにした。四階建ての大きな洋館で、宿屋というよりも小さなホテルのような趣である。俺たちは最上階の一番いい部屋を取り、二手に分かれて泊まることにした。西側の角部屋にシェリーとツキカ、その隣の部屋に俺という振り分けである。……ほんとはツキカと一緒に泊まりたかったが、シェリーの前でそれはさすがに控えた。
そしていよいよ、夜が来た。
部屋には俺一人で、手元には少し減ってしまったがたっぷり金がある。しかも昨日と違って今日は街に居る上に、俺は自由だ。となれば、やることは一つ。
「行くか……」
俺は街中で露出度満点のお姉さまから手渡された、「そういうお店」のビラを握りしめた。たぶん、この世界のそういうお店は日本に比べてレベルが高そうな気がする。さらに、昨日からシェリーやツキカに刺激されっぱなしで身体のエネルギーは満タンだ。このままだとそのうち波動砲すら出せそうな気がする。
発散しないと、ヤバい。
そのうちツキカあたりを押し倒すかも知れん。
それをしないためにも、これは必要なんだ!
そう俺は自分に言い聞かせると、黙ってベッドから立ち上がった。そしてゆっくり足音をたてないように宿の廊下を走り抜けると、そのままお姉さまが立っていたあたりへと直行した――。
主人公が大人になれたかどうかは……次回のお楽しみです。