プロローグ
最近、ソーシャルゲームというものが大流行している。
中高生が電車やバスでスマホを片手にポチポチとやっているあれだ。
そのゲーム性は非常に単純で、クリッククリッククリック……の繰り返しで全てが始まり全てが終わると言っても過言ではない。そのあまりの単純さゆえに、自称コアゲーマーの俺はソーシャルゲームなんてと馬鹿にしていた。スマホでゲームをやるぐらいなら、ゲーム機を持ち歩いた方がいいなんて考えていたくらいである。
そんなある日、俺の家の光回線が不調をきたした。
仕方なくスマホで日課にしている投稿小説のサイトを開くと、画面の下の方に原色系のやけに目立つバナーがある。赤地に黒で「超嫁くりえーと」と書かれていたそれは、警戒色である赤のせいか俺の視覚をガンガン刺激してきた。誘惑に負けた俺は、そのバナーをクリックしてみる。
「えっと、『美少女とともに異世界へ行きませんか?』か。ありがちだな」
開かれたのはソーシャルゲームの公式ページだった。ページの構成や謳い文句はとてもありふれていて、ネットの中には似たようなゲームのページが数え切れないほどありそうな感じだ。特別優れているわけでもなければ、特別劣っているわけでもない。ある意味で存在感の薄いページである。
ただ、ページの中央よりやや左側に描かれている女の子が俺の好みにストライクだった。
ストレート百六十キロ、キャッチャーミットのド真ん中に命中だ。
黒のポニーテールで目つきは少しサディスティック、ニヤッと歪む紅の唇はまさに小悪魔。胸はドーンと突き上げていて、スイカほどもある。まさに俺の理想だ。……といっても、二次元なんだけどさ。
こんな女の子に『私とともに異次元へゆかぬか?』などと言われてはたまらない。
ソーシャルゲームの例にもれず、アイテム課金制で登録料などは無料のようだったので、さっそく登録してみることにする。
こうして簡単な登録作業を終えると、OPが始まった。陽射しに輝く草原や峻嶮なる山々がスマホの画面に映し出され、フルオーケストラの勇壮な音楽が流れ始める。スマホのゲームとしてはびっくりするほどのクオリティーだ。俺のスマホはいわゆる次世代機でかなりの高精細画面を誇っているが、それで見ても全く違和感がない。たぶん、この映像を作るだけで半端ない額の金がかかっているだろう。
曲が一気にアップテンポとなり、流れる映像の雰囲気が一変した。エキゾチックな雰囲気の近未来的な大都市がいきなり崩壊を始め、大地が空へと昇っていく。ここで某超大作SF映画よろしく、字幕が流れ始めた。
『魔導により栄華を極めた王国、アトラティカは謎の大陸浮上により一夜にして滅びた。
それから遥か千年。
王国の記憶は伝説の彼方へと消え、空に浮かぶ島々は悪魔の潜む地として忌み嫌われていた。
しかしある日、空から落ちてきた一つの魔遺物により世界は一変した。
魔遺物の持つ世界をも揺るがす力を求め、世界の猛者が遥か空の高みを目指す時代が来たのである――』
おおっ、と声が出た。
王道中の王道設定だが、悪くはない。下手にわけのわからんストーリーを展開されるよりはずっとマシだ。気分が乗ってきた俺は画面に表示されたPUSHと書かれたボタンを叩く。すると画面が移り変わり、さまざまなデータが表示された。
「まずは召喚士の設定か」
説明を読むと、このゲームにはプレイヤーの分身である召喚士とそれに仕える従者というものがあるそうだ。戦闘は主に従者が行い、召喚士の側は魔法やアイテムを使って補助するという形式らしい。超嫁くりえーとの嫁とはこの従者のことのようで、職業などはもちろんのこと容姿から性格まで非常に細かく設定できるらしい。
最初の従者は騎士にしようと決めた。理由はもちろん、女騎士こそ俺のジャスティスだからである。
それに合わせて、召喚士の俺は身体能力を上げるブーストなどの物理系補助魔法を使うことを前提として、魔法系のキャラを組み立てていく。そうしてしばらくすると、物理をほとんど使えない完全無欠の魔法特化キャラが出来上がった。補助魔法レベル一、魔力強化レベル一、経験値アップレベル一、アイテム生成レベル一、鑑定レベル一……物理系スキルは一切なしである。
「よし、いよいよ……」
俺は次へというボタンをクリックし、従者の設定へと移った。画面上部に白いシャツを着た非常にリアルなマネキンのような状態の従者が表示されていて、その下に延々と設定できるデータの類が並んでいる。スクロールバーの短さからすると、軽く五十項目ほどはありそうだ。
「すっげーなこれ、眼の大きさをミリ単位で指定できるのかよ!」
さすが超嫁くりえーと。超とかついてるだけのことはある。ネットのMMOとかでも、ここまで細かく指定できる奴はないんじゃないだろうか。逆に、細かすぎて絵の下手な人とかだと失敗しそうだ。
幸い、デフォルト機能なども充実していたので美術が3の俺でもそこまで苦労はしなかった。眼の大きさや鼻の高さ、さらに唇の厚さに至るまで各部のバランスを整えながら微調整していく。変更がリアルタイムで表示される顔の写真を見ながら、とことん理想を追求していく。
理想を追い求めて行くと、とにかく時間がかかった。
既に深夜零時を回ってしまっている。ゲームのバナーを見つけたのが十時頃だったから、彼これニ時間になるだろうか。しかし、それに見合う素晴らしい顔が出来上がった。
少し吊り眼がちで、見つめられているだけで背筋がゾクッとするような勝気な蒼い眼。
鼻筋はとても高く通っていて、それでいて自己主張しすぎず顔全体の色気を際立たせる。
口は少し小さめだが、硬く結ばれた紅の唇は強い意志を感じさせた。
さらにそれらのパーツを縁取る頬は抜けるように白く、輪郭は美しい卵型だ。
肩にかかるセミロングの髪は燃え立つような紅で、ほとばしる情熱を感じさせる。
全体として、可愛いというよりも美しいというのが相応しい仕上がりだ。それもアイドルや女優のような雰囲気ではなく、力強い武士のような雰囲気である。姉御と呼びたくなるようなぶっきらぼうな口調がさぞかしに合うことであろう。
「えっと、今度は身長だな。特にこだわりないけど、高すぎるのは嫌だな」
騎士のイメージ的には身長は高い方がいいが、身長の高すぎる人はあまり好きではない。自身の身長が百七十ちょうどぐらいなので、それより若干低いぐらいがいいか。
俺はデフォルトで百六十に設定されている身長を、百六十五にした。アバターの外見が変化して、少しスマートなフォルムになった気がする。だが、もうちょっとあった方がいい。
結局、俺は百六十五センチにさらに三センチ足して百六十八に設定した。俺は画面下の次へというボタンを押す。
「次はスリーサイズか。どうせなら思いっきりボンキュッボンに設定するか」
おっぱいは大正義だ。
あまりにも大きすぎるのはともかく、基本的にはでかければでかいほど好きだ。自分でも相当重度のおっぱい星人だと自覚しているが、まあ好きなものは仕方がない。
初期のスリーサイズは上から八十・六十・七十五となっていた。まずは手始めにお尻の七十五という数字からいじってみることにする。五センチ増量して、まずは八十だ。
「ん、まだまだだな」
アバターの尻が風船よろしく膨らんだが、予想したよりも大きくなったという感じがしなかった。一回り大きくなったかどうかという感じだ。そこでさらに五センチ追加して、八十五までボリュームアップしてみる。
「ちょうどいいぐらいか?」
今のアバターの体系だとこれぐらいがベストの感じだ。胸を大きくしたらさらに調整が必要そうだが、今はこれで良しとしておこう。
「次はウエストか。ギリギリまで細く……」
六十のウエストを不健康にならない程度に絞り込んでいく。五十九、五十八、五十七……。こうして数字が五十四になったところで、アバターの肋骨が浮き出てきた。ウエストは五十五ぐらいが限界か。俺はひとまず、ウエストを五十五に設定する。
「最後はおっぱい……!」
生粋のおっぱい星人の俺にしてみれば、もはやご褒美だ。
まずは一気に十センチ増量して、八十だったバストを九十にする。丘サイズだった胸が小山サイズになり、あるかないかわからないぐらいの谷間がはっきりとした渓谷になる。
しかし、まだいける。
俺は巨乳好きというより爆乳好きだ。どうせ自由に設定できるのであれば、顔が丸ごと埋もれるぐらいのサイズにしたい。歩くたびにゆさゆさと波打つ、外人のお姉さまぐらいのサイズが理想なのだ。
さらに五センチ追加して、九十五にした。うん、かなりいい感じだ。アバターの胸は既に小顔に設定した顔と同じぐらいのサイズはありそうだ。しかし、まだ少し足りない。
一センチ、ニセンチ……少しずつだが確実に深さを増していく谷間をガン見しながら、俺は微調整を加えて行く。そして、九十九になったところで大きくするのをやめた。ここがベストだ。これ以上小さくても大きくても、バランスが崩れてしまう。
最後にヒップを少し大きくして、全体のバランスを取って完成だ。上から九十九・五十五・八十八という超絶的な体形である。どこかで見たことがあるようなスリーサイズだが……まあ気にしないでおこう。
性格は男っぽい感じに設定して、口調もそれに合わせた。ひと昔前のサムライのような口調である。ござるとかは言わないが、~だ、~であろうがデフォルトだ。
いよいよ最後は、スキルと職業の設定だ。これまたおびただしい量のデータが画面を埋め尽くしていて、めまいがしそうなほどである。
とりあえず、職業は騎士にしてそれに見合ったスキルを習得していくことにする。
スキルを習得するには魔法ポイントとやらが必要で、初期は百ポイント。
ひとまず、初期しか取得することができないスキルを取っていくのが最優先だろう。
画面をスクロールしていくと、経験値アップというのがあった。召喚士のスキルとほぼ同じものだろう。従者の方は最初からポイントの範囲内でスキルのレベルを指定できるようで、レベルアップというボタンがその横についている。俺はとりあえずそれをレベル三にした状態で取得した。これで魔法ポイントは残り七十六だ。
さらにスクロールすると、身体能力アップというのがあった。取得ポイントはやや多く、レベル一で二十ポイントが必要となっている。さらにレベルニに上げると三十必要になるらしい。レベル三なら四十だ。
しかし、騎士には高い身体能力が求められるだろう。身体能力アップは習得しておくべきか。そう思った俺はレベル三を取得しておく。これで、残りポイントは三十六だ。
あとは残りのポイントで何が習得できるかだ。
初期限定スキルでめぼしい物はあらかた習得してしまったので、あとは通常スキルの取得だな。通常スキルのページに移行すると剣技スキル、魔法剣スキル、格闘スキル……などなど、魅力的なものが多数並んでいる。俺はその中でも特に気になった剣技スキルと魔法剣スキルをそれぞれレベルニで取得した。これでポイントは残り十だ。
最後は何にしよう……俺はページを何度もスクロールさせ、スキルを選別していく。するとページの終わりの方に魔遺物サーチという何とも変わったスキルがあった。詳細ページを開いてみると、どうやら魔遺物を探し出すことができるというスキルらしい。
「これ、ほぼ必須じゃないか?」
どうしてこれが通常スキルなのか不思議なぐらいだ。ゲームの目的が何であれ、魔遺物はとても重要になってくるだろう。必要なポイントはたったの五ポイントだし、これは絶対に取得しておいたほうがいい。
まだポイントは残っていたが、めぼしいスキルは取れたのでここでスキルの取得は終わりだ。これでキャラは完成、あとはゲームを始めるだけだ。少し緊張しつつも、画面の一番下にあるスタートボタンを押す。
「ふあァ……」
後頭部を引っ張られるような、何か奇妙な感覚があった。瞼が一気に重くなってきて、体中の力が抜けて行く。俺はよたよたと万年床に横たわると、そのまま意識を失った。
嫁のスリーサイズには実は元ネタがありますが、わかる方はいますかね……?
追記、身長設定について追加しました。