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黒月に涙哭を  作者: 弐村 葉月
第六章
75/88

不屈

 着々と試合を消化していく闘技大会。数十人居た選手達は既に半分が敗者として、その四つに分かれた戦地を去って行った。しかし、会場の熱気は止まる事を知らず、それどころか更に加熱している。このトーナメント形式の闘技において、戦士の数が減る事は即ち、強さの純度が上がる事に他ならないからだ。

 闘技場Bブロック、準々決勝。数度の試合に勝利を収めてきた者が二人、今向かい合う。


「やっとだな。やっと、まともにやれそうな奴が出てきたぜ」


 赤い石盤の上に立つは、空拳術部隊副隊長タウロス。伍青において、免許皆伝となる一歩手前の証である朱色の帯をその身に巻く、エルリーンの一番弟子だ。隊長であり、師匠でもある彼からも、最も厚き信頼と大きな期待を背負う青年。所々で粗暴な発言や態度が目に付くが、それもまた若さ故と自らの実力への自信の現れだと、エルリーンは語る。


「あぁー、おまえかぁー」


 対する、黒の石盤の上に立つのは、トロール、サフィロウ。人では到達しえない巨躯を持つ、油色の亜人だ。かつて、エルリーンの兄弟子であったキーシュ。その男が連れてきた男だ。タウロスにも、その程度の認識しかないく、空拳術の弟子と言ってもいいのかもわからない。しかし、強い事だけは確かだと、タウロスは自分に気合いを入れるように、左の掌を右の拳で叩いて鳴らした。この闘技大会が負ければ終わりのトーナメントである以上、ここまで勝ち抜いてきた力があることだけは確かなのだから。


『ソレでは選手のミナサマ、準備はオッケー?』


 運営からアナウンスが鳴り響き、タウロスは構えを取る。対するサフィロウは、自然体に立ったまま、緊張感もなく自分の腹を掻いている始末だ。


「おい、ボケっとしてんなよ。はじまるぜ?」


 大音量の放送が聞こえていない筈もないが、これといった反応を見せないサフィロウにタウロスが忠告する。だが、トロールはにんまりと笑うだけで、棒立ちといって差し支えないその体勢を整えはしなかった。


『それでは、試合開始!』


 切って落とされる火蓋の声とホイッスルの音。残響が鳴り止まない内に、タウロスは赤い石盤を蹴った。

 過激で喧嘩っ早い性格の通り、彼の戦い方に遠慮の二文字はない。戦うと決まった相手の元へ、躊躇もなく、兎にも角にも前へと進む。単純だが、迷いのないその動きは、実際の彼の速度をさらに加速させた印象を相手に抱かせる。


「っらぁ!」


 間合いを計る暇も与えずに、タウロスの跳び蹴りがサフィロウの腹へと突き刺さった。猪突猛進に過ぎる、と彼の戦闘を酷評する者も少なくない。だが、小柄と言えるが鍛え上げられた脚力が生み出す速さ、そして思い切りの良さからくる初動の早さ、本能的とも言える最短距離での接近の襲撃は、言わば真正面からの奇襲とも呼べる。それがタウロスの持ち味であり、ここまで戦い抜いてきた力の一端だ。

 一撃で勝負が決まる事さえある飛び蹴りを、まともに腹部へ叩き込まれたサフィロウは、動かない。トロール特有の分厚いその肉に、タウロスの足が沈んでいた。動きの止まったタウロスへ、手を伸ばしてくるサフィロウ。


「ちっ!」


 タウロスは舌打ちと共に、動かせない足を引き抜くのを咄嗟に止め、迫る手を、体を捩りもう片方の足で蹴り払う。そのままの勢いで一回転し、サフィロウの顎を横から蹴った。

 首回りの肉が衝撃を緩和するも、顔面への攻撃に呻き、僅かに仰け反るサフィロウ。そうして出来た腹肉の隙間から、タウロスは足を引っこ抜いて後ろに飛び退く。


「ボディがきかねぇならっ」


 再び地面を蹴り、今度は高度を高く取るタウロス。空中で体を捻り、落下と共に、サフィロウの脳天目掛けて踵を叩き込んだ。頭と首がめり込むのではと思わせる程の一撃をまともにもらい、トロールの巨体がよろめく。


「空拳術!」


 着地はせず、サフィロウの顔を踏んづけて軽く飛び、タウロスは体を回転させる。


茶穿チャガ!」


 そのまま、両足による連続蹴りを叩き込んだ。体を横に回しながら、何度も踏み砕くような蹴りを放つ、相手を削り穿つような業。


『タウロス選手! ドトウの連続攻撃ダネー』


『彼奴の戦いは荒削りながらも苛烈。受ける事は愚策と言えるのです』


『はえー、目が回りそうですぅ』


 実況の面々からのコメントが寄せられ、観客からの声援にも熱が入る。

 連撃から一点、タウロスの両足が同時にサフィロウの顔面に入り、一瞬膝を曲げ、力を込めて蹴り飛ばす。為すがまま、サフィロウの体は倒れて舞台を滑り、壁へ当たって止まった。


「こんなもんかよトロール? 俺はようやっと体があったまってきたとこだぞ!」


 着地し、挑発の言葉をかけながらタウロスはサフィロウの方へと歩いて行く。

 体を起こしたサフィロウが地面に手を付き、顔を上げた。タウロスの足型が折り重なって打ち込まれているが、彼はまだ笑っている。

 負傷が明らかであるのに、まだ余裕だと見せつけるような顔に苛立ちを隠さず、タウロスはその場で軽く跳ね構えをとった。


「へっ! なんだよお前、突っ立てるだけじゃ試合には勝てねえぞ?」


 軽い素振りをこなしながら、再度サフィロウを挑発するタウロス。試合の開始と同時にすぐに切り込んでいくような戦い方を好むタウロスが、戦闘中にこうして一息置くような会話を挟む事は珍しいと言える。それは、抵抗らしい抵抗を見せないサフィロウを警戒しての事だ。見た目通り、体捌きは不得手だとしても、一方的に攻撃を食らっているだけでは勝負にならない。動きの速さで勝てないのなら、ただ棒立ちしていないで攻撃を防ぐなり捉えるなりの動作があってしかるべきだ。いくら耐久力があったとしても、一方的に攻撃を食らうだけではどうしようもないだろう。ましてや、ここは国中の猛者が集い、力を競い合っている闘技大会の場である。ただの酔狂でやってきた弱者は既に予選で篩にかけられている段階であり、招待枠でもないサフィロウがこの場に居るという事は、これまでの勝利の証に他ならないのだ。

 タウロスがそこまで考えている、とは言えないが、それでも彼は何処か感覚でそれを何となく理解していた。数度出場してきたこの大会で培ってきた経験が、違和感を抱かせている。

 しかし、そんな不確かな感覚など、一瞬で消し飛ぶ。サフィロウは笑っていた。手をタウロス目掛け伸ばし、ゆっくりと手招きながら。その、誘いの所作がタウロスにはよく効く煽りとなる。


拳蛇ケンタ!」


 誘われるがまま、試合の初動を上回る速さで肉薄するタウロス。吐いた業の名と共に引いた右腕。その周囲に、微かな陽炎が見える。

 サフィロウの体を打ち据える、一発の拳打。しかしてそれは、畳みかけるように数発の打撃音を轟かせた。動作は一度。しかし、打撃は数発。不可思議な攻撃に、予想だにしない攻撃の重さに、サフィロウの体は押されて、足が地面を滑った。

 驚き、ひるみ、その隙を、タウロスは続けざまに攻め立てる。上段蹴り、膝蹴り、ワンツー。両手足を駆使した連撃を、休むことなく打ち込んでいく。サフィロウの肥満体は、叩かれる度に波打つ肉のサンドバッグ状態だ。苛烈な攻めに対抗する術を持たないと思える鈍重な巨体が、徐々に場外負けとなる崖へと追い込まれていく。


「おらぁっ!」


 気合いとともに放たれた膝蹴りが、連撃のフィニッシュを飾った。

 胸へとまともに食らったサフィロウは大きく地を滑り、場外ぎりぎりのところで踏ん張り、膝をついた。柔らかな肉体とはいえ、為すがままに打ち据えられ続けた体にはいくつもの痣が刻まれている。

 膝蹴りを放った体勢から戻し、タウロスは大仰に溜息を吐いた。


「けっ、つまんねぇ試合だな。せっかく期待したのによ」


 まともな反撃の一つも見せないサフィロウへの落胆と不満をぶつけるように唾を吐き捨て、彼は地面に手を着いたままのトロールへと歩み寄る。


「……キーシュの言った通りだ」


 唐突な呟きは、タウロスの耳にも届いた。


「あぁ?」


 意図を理解されず聞き返され、サフィロウは屈んだまま、またしても笑みを浮かべて見返す。


「お前、強い。キーシュの言った通り……お前にやってよかった」


 嬉々とした表情は、到底手も足も出ずにいる者の物とは思えない。それが、タウロスを激昂させた。


「訳の分からねぇこと……!」


 歩みから、走りへ。タウロスが勝負決めに駆け出す。


「言ってんじゃ――」


 途端、彼の視界が揺らいだ。口に仕掛けていた言葉を忘れ、ほんの一瞬目の前が暗くなる。違和感というよりは、不快感。瞬時に全身に鉛を括り付けられたような、そんな感覚。

 ハッと、意識を取り戻す。同時に、タウロスの眼前には拳を引いた巨漢が迫っていた。

 鈍く重い打撃音が、タウロスの脳を揺らし、受けた無防備な腹部に鈍痛が広がる。一拍置いて、タウロスの体は殴り飛ばされて、背にしていた壁に激突した。


『オオーっと、サフィロウ選手! ココにキテ突然の反撃だアーっ!』


 うるさい実況と痛みに顔を顰めながら、タウロスは半ば埋め込まれた壁から落ちて立つ。だが、足下がふらつきたたらを踏んだ。もらった攻撃が重すぎたのか、それ以外の何かか。そんな事を考える間もなく、影がタウロスに覆い被さる。


「さあ……俺のターンだ」


 舌なめずりをしたトロールは、何処からか取り出した平たい棍棒を振り下ろした。






 闘技場Bブロック観客席下、出場者用観覧室。自身の試合がない選手達が、行われている試合を見ることが出来るよう、純粋な観客らとは分けて設けられているその場所。まだ勝ち進んでいる者も、既に惜敗を喫した者も思い思いに、壁を方形にくり抜いた形の観覧窓から、タウロスとサフィロウの戦いを見ている。

 その中でも、窓際の丁度中央に位置する場所で、真剣な眼差しで試合を見る者が二人居た。タウロスとサフィロウ、それぞれの師と呼べる立場にある、エルリーンとキーシュだ。かたや国の英雄と名高き男、かたや全身を包帯で巻いた異様な空気を醸し出す男と、近寄りがたい雰囲気に、二人の周囲を皆が避けている。

 窓から見える試合の流れは一方的だ。つい先程まで、動きの鈍い巨体のサフィロウを、圧倒的な手数と技で押していたタウロス、という構図だったが、今やふらふらと逃げ回るタウロスを、サフィロウが取り出した棍棒で弄ぶように殴り飛ばし続けている。

 その様子を眺めるエルリーンの表情は怒りに満ちていた。自身の仲間であり愛弟子であるタウロスが劣勢だから、というだけではない。その怒りは、試合開始からずっと薄ら笑みを絶やさない兄弟子へと向けられていた。


「……相変わらず、卑怯な手を使う奴だぜ」


「ああ、俺もそう思うよ」


 怒気を押し殺したすごみのあるエルリーンの声に、キーシュの掠れた声が含み笑いを伴って返る。とぼけているようで否定もしない言葉は、暗にエルリーンの台詞に込められた意味を肯定していた。好む好まざるに寄らず、お互いをよく知っている間柄である。その記憶から、エルリーンはキーシュという人物に卑怯で陰険な性質だと理解しているし、何が行われたのかも容易に想像がついていた。


「で、何なんだあれは」


 説明足らずに問いただす内容は、タウロスの変調について。勝ち抜きの試合である闘技大会にて、途中で体力が尽きる選手も珍しくはない。だが、仮にも国が誇る精鋭部隊の副長であり、ここまで快勝と呼ぶ他ない戦いを披露してきた彼にそんな事はまず有り得ない。また、戦う事こそが使命である彼らが、大会という場だからといって、無精して体調を崩したということもまずない。とすれば、外部からの影響に他ならないのだ。闘技大会、と銘打たれており、それが技であるのなら、舞台の上で霊呪術を披露しようとも咎められる事は無い。しかし、サフィロウがそれを仕掛けた様子は一切無く、そしてタウロスの変化は明らかに唐突だった。


「あいつと挨拶を交わしただろ? それだよ」


 舌なめずりをしながら、キーシュは答える。


「あの水は奴らのルールだ。あいつらトロールが精製するあの水は、飲んだ奴に作り手が敵意の霊気を当てるだけで効果を発する毒になる。奴らの中であの水を飲ませる事は、他人の縄張りで行動する時の常識になってるんだよ」


 水、と聞き、エルリーンはキーシュが面会に現れた時を思い出した。あの時、キーシュが連れてきたサフィロウから、タウロスは確かに液体が入った瓶を受け取っていた。

 軽く、エルリーンは舌打ちする。


「お前の事を兄弟子なんて紹介するんじゃなかったぜ」


 既に破門されているキーシュは今や、伍青とは関係を断たれた人間である。はじめからそうだとタウロスに告げていれば、彼も素直に贈り物を受け取らなかったかもしれない。


「気付いたらなら止めないのか? 正義感の強いお国の英雄様が、不正に抗議しないとは思わなかった」


 自身の連れが糾弾される事をなんとも感じていないのか、キーシュは喉の奥で笑いを抑えながらそう述べた。

 包帯の隙間から下卑た視線で見上げてくるのを、しばし見返していたエルリーンだが、彼はやがて試合が見える窓の方へと目線を写した。


「なんであいつが、うちの副長か知らねぇのか?」


 視界で繰り広げられる、一方的な攻防を眺めながら、エルリーンは何処か得意げに台詞を続ける。


「この大会のはじめから、ずっと見せてる果敢な攻撃力だけじゃねぇ」


 地を揺らす程の巨体に追い回され、重たい棍棒の一撃に打ち据えられ、吹き飛び、ふらつく足でなんとか地面を掴んでいる弟子を、彼は見つめる。


「その攻めの精神を支える、不屈の闘志があるからだ」


 大きな破砕音が観覧席まで響き渡った。それは、サフィロウの棍棒が鳴らしたものではない。ただそこに、闘技の大舞台に立つ為に、タウロスが強く打ち込んだ一歩だった。






『なんとタウロス選手! ボッコボコにされながらも、フンバリをミせているヨ!』


 鉛が絡みつくような体の重さ。体の内側から感じる、強い寒気。繰り返された殴打に悲鳴を上げる全身。それらの苦渋を、タウロスは歯を食いしばって耐えていた。もはや視界は揺れ続け、周囲の音の強弱も判断がつかない。


『あんなにボロボロなのに……大丈夫なんですか?』


 それでも、己の四肢がまだ動く事を、タウロスは自らが力強く打ち込んだ右足に、実感していた。


『それはきっと、これからあやつが見せてくれるのです』


 軽く息を吐くように、タウロスは笑ってみせる。

 誰がどう見ても満身創痍にしか思えない男のそんな表情に、サフィロウは顔を顰めた。


「なんだぁおまえ。まだやれるつもりなのかぁ?」


 肩に担いでいた棍棒を振り上げ、一歩近寄るサフィロウ。

 その姿を、半分が血に汚れている視界で、タウロスは見ていた。相手は1人とわかっているのに、焦点が定まらず複数に映る視界で。


「まだ、じゃねぇよ。これから、やんだよ」


 言いながら、タウロスの左拳が空を向いて伸びる。そして、目の前の巨漢に向けて中指を立てた。

 挑発を受けたサフィロウが高く飛び上がる。一点攻勢から見せ続ける、その巨体に似合わぬ豪快な動き。両手で持ち直した棍棒が、垂直にタウロスへ振り下ろされた。

 大きく横に飛び、回避するタウロス。陥没した地面に目もくれず、彼はサフィロウを見据える。


「ったく、簡単なことじゃねぇか。てめえが余分に見えんなら、余分に避けりゃいいだけだ」


 地面から武器を抜き、地を鳴らしてサフィロウが再び迫った。


「それがいつまで続くかなぁ!」


 斜めに振り上げられる棍棒。起点の方向へと飛んで避けたタウロスが、体を回転させながら裏拳を放つ。が、それは完全に距離を見誤り空振りした。

 ただふらついたように回転するタウロスを見て、サフィロウは口元を歪ませる。


「避けれても当てられなきゃ意味がないぞぉ!」


 揚々とまたしてもサフィロウは突撃を繰り返す。それを、タウロスはその場に立ったまま待って居た。


「ああ、確かにそうだ――けどな」


 言いながら、タウロスが右拳を引く。本人からすれば真正面から、しかしそれは事実とは逸れた方向。笑みを深くしたサフィロウが棍棒を突き出す。


「拳蛇!」


 高い、幾重にも重なった衝撃音を撒き散らし、拳と棍棒が激突した。否、2つはすれ違い、互いの進行方向にはない。しかし、タウロスは確かに、眼前に迫った棍棒の先端を止めていた。


「はぁあ?」


 濁った声で、サフィロウが疑問を吐く。彼には止められた理由がわからない。目に見えている拳は棍棒の横にずれているのに、確かに己の得物は何かに衝突して止められた。それが、わからない。

 彼は知らないからだ。今、タウロスが放った技の正体を。


「やっぱりだ。全部に向けて打てば、ぜってぇ当たる」


 得意げに笑うタウロスを、サフィロウは歯を剥き出しにして睨み、棍棒を振り上げた。


「まぐれだ! 次は潰してやる!」


 棍棒の叩き付けとタウロスのアッパーが交差して弾かれる。


「次なんて――」


 かち合った衝撃に痛む肩を気にも留めず、タウロスは一歩踏み込んだ。体の痛みなど、重さなど、ずっと続いている。それ故の、一歩だ。


「ねぇよ!」


 がら空きのサフィロウの胴体へ拳蛇が襲いかかり、その肉を打ち据える。だが、分厚い肉へのダメージは薄い。


「効かないんだよぉ!」


 棍棒を振るい、タウロスを飛び退かせて引きはがすサフィロウ。

 飛んで引いた。そう、見えていたタウロスの姿は、次の瞬間再びサフィロウの真ん前へと現れていた。驚愕の声を上げる間も、サフィロウにはない。

 後方飛び、着地からの瞬時の切り返し。そこの動作に、揺れる視界も複数に見える標的の姿も関係ない。目の前から真っ直ぐに引いたのなら、そのまま向いた方向に飛び込めばいいのだから。


「いくぜトロール!」


 引くは両腕。力を込めるは両拳。その手の周囲に生まれる陽炎と共に、タウロスは叫んだ。


「拳蛇ぁ!」


 吐き出すは己が最も得意とする空拳術。目にも止まらぬ高速の乱打を一瞬に叩き込む、過剰なる攻めの技。幾多もの拳打が、サフィロウに食らいつく。一打二打三打四打。重ねられた拳撃を、連続でさらに重ね、重ねられた拳蛇はサフィロウの肉を押し広げて叩き込まれる。

 目でも音でも数えきれぬ乱打が、じょじょにサフィロウの巨体を押す。合わせ、タウロスが一歩、また一歩と推し進む。そこにあるのは、ただの一念。一切の打算なき、純粋なる「攻」の意志。ただ速く、重く、強く、止めどなく続く不可視の連打はいつしか、大気を熱して朱色を帯びた。


渇朱カッシュッ!!」


 同時に突き出された双拳が、爆発を巻き起こしてサフィロウの体を吹き飛ばして壁へと叩き付ける。強烈な乱打と止めの一撃に気を失った巨体は壁をずり落ちて、穴へと挟まりその動きを完全に止めた。


「っしゃあ!」


 勝利の声と共に、タウロスは拳を振り上げた。

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