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黒月に涙哭を  作者: 弐村 葉月
第五章
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晩餐

 王宮地下、ミッツァ工房の一室。広い広い地下空間の片隅に用意された、鳥籠にも似た部屋へティカトとイラは訪れていた。今日は、シュウとの契約にもある「技術室への研究協力」の日、とどのつまり採血の日である。イラはその付添と、前回サナに「次はイラも連れてきて夜に来なさい」とのご命令があった為ティカトがシュウに許可を得て連れてきていた。

 採血の方は毎回、サナの手によって行われている。はじめてこの工房に足を踏み入れた時から、ここの長であるミッツァがティカトの採血を言い出したのだが、その当人の腕前があまりに酷い――出来ることは出来るのだが、針を刺す相手のことを全く考えていないので酷く痛い――のを身を持って知っていたサナが、自らやることを進言したのだ。


「あーうー、早く終わらせてサナー」


「あんたが黙ってないから進まないのよ。大人しくしなさい。何度目だと思ってんの」


 情けない声を上げながら、腕まくりした右腕を差し出すティカトを叱責しながら、サナはテキパキと採血の準備を進める。大分習慣化しているこの行為だが、ティカトは体に針を刺されることに酷く抵抗があるようで、いつもこうして落ち着かない様子であった。首の可動域限界まで眼を逸らし、これでもかと眼を瞑りながら呻いている。準備を終えたサナが、定着化しつつあるその姿を眺め、溜息を吐いた。


「ティカト……あんたって結構ポンコツよね」


「む、言ってくれるじゃ――」


「動くんじゃないわよ。腕貫通させるわよ」


「あっ、はい。ごめんなさい」


 サナの言い様に唇を尖らせかけたティカトだったが、即座に告げられた台詞の続きに閉口せざるを得なくなる。

 鈍色に光る針の先が、肌色へと滑るように沈んでいく。何に突っかかることもなく綺麗に少女の体内に侵入した針は、その透明な身に真っ赤な液体を充満させていった。相変わらずティカトは強く瞼を閉じて小刻みに震えているが、刺さっているのにも気づいていないのではないだろうか、とイラは思う。

 やがて、突き刺さった針が逆再生されるようにティカトの腕から離れ、代わりに、とでも言うようにサナの手が鋭くガーゼで刺傷を叩いた。


「うぇっ!?」


 いつ針が来るのかと――実際は既に終わっているのに――気が気でなかったティカトがオーバーに反応する。もしサナが医者や看護師だったのなら、あまり褒められた行為ではないが、誰も咎めはしなかった。


「もう終わってるわよ。全く、いつまでビビってるのかしら」


「本当に子犬みたいですね、ティカトさん」


 器具を片付けながらサナと、持っていたティーセットを広げるイラがそれぞれコメントする。二人共貶しているわけではなく、ティカトの愛嬌を褒めているに近いニュアンスなのだが、彼女は不満そうに顔を顰めた。


「二人共意地悪だよ……今日は初仕事だったのになんかすごい雰囲気のところに連れて行かれたし、厄日かな……」


 ぶつくさと愚痴を混じえながら、ティカトはだらしなくテーブルの上に半身を投げ出す。


「ああ、この前言ってた仕事の話、シュウに通したの。それでそんな男みたいな格好してるのね……本当、ご愁傷様」


 サナにはティカトが今日出席した議会の物々しい雰囲気など知る由もないが、彼女の上司となったシュウについてはある程度わかっていたので、そんな台詞をかけていた。


「兄さんは自分にも他人にも厳しいですからね。大変だとは思います。お洋服は似合ってらっしゃいますが」


 イラもまた、家族という視点からの意見を述べる。にしても、と矢継ぎ早にサナが言葉を続けた。


「よくあのシュウがわざわざ自分の手元になんか置いたわね。技術室こっちに通わせるならそのまま置いときそうなのに」


「まあ、それは……」


 サナとイラの視線が交差し、次に同時にティカトを見る。会話の途切れと視線を察知したティカトは、キョトンとした様子で4つの瞳を映していた。


「え、な、何?」


『扱いやすそうだから』


「かしら」


「でしょう」


 見事に調和する二人の声と意見。


「いくらなんでもそれは酷くない!?」


 単純明快であんまりな物言いに流石に声を荒げるティカトだったが、対する二人は実に冷静なものである。


「ちょっと、テーブル叩かないでよ。紅茶溢れるでしょ。あんたのが」


「ティカトさんを貶しているわけではないですよ。私の愚兄が、非常に底意地が悪い手を得意としているだけの話です」


「そうよ。あんたが人が良くて疑うことをしないだけだ、って言ってるだけなんだから」


 申し合わせたような台詞に、ティカトは何処か納得してしまいすごすごと席に着いた。人はこれを丸め込まれた、というのだろうが、そこに気付ければきっと“扱いやすい”とは評されない。


「それよりも、あんたの初仕事がどうだったのか、話聞かせなさいよ。オカっちが夕飯持ってくるまではまだ時間があるわ」


 左腕の内側に文字盤を向けた腕時計を眺めながら、サナはそう促す。しかし、ティカトが反応したのはその後半部分だった。


「え? 夕飯?」


「ええ。議会の日は夜に会食があって厨房が戦場になるから、イラはここで食べてくようになってるけど、何? あんたは違ったの?」


 初耳だ、というようにティカトは眼を丸くしてイラを見る。だが、対するメイドは眼を閉じて小さく息を吐いていた。


「ティカトさん。執務室を出て行く前に兄が私と同様にするように言っていましたよ。最も、椅子に沈んでいらしたので聞いていたのかは定かではありませんでしたが」


 イラはそう言いつつもジト目でティカトを眺める。結論は、頬を書きながら愛想笑いをしている“見習い”を見れば明らかだった。


「大体なんでアイツはこういう準備が必要な事は事前に言う、っていう当たり前の気遣いがないのかしら。はぁ……まあいいけど。オカっちには最初から手配させてるし」


 溜息を吐いて髪を指先でいじくるサナへ、ティカトは感心したような目線を向ける。


「やっぱりすごいねサナは。何にしても隙がないっていうか」


「とっ、当然よ!」


 前もっての連絡もなかったのに、プラス一人分の食事が必要だと予測していたのだろう、とティカトが尊敬するように、半ば羨ましげに褒めるのに、頬を赤くしながら腕を組んでそっぽを向くサナ。しかし。


「いえ、恐らくそれはサナさんがティカトさんの来訪日に合わせた個人的な思いつきの産物かと」


 すかさず挟まれたイラの言に、サナの顔が別の意味で紅潮する。


「ちょっとイラ!」


「この前も『ティカトの奴全然顔見せに来なくて寂しい』とかなんとか」


「そんなこと言ってないでしょ! ただこいつが採血の日以外は全っ然来ないから――って何言わせんのよ!」


「えーっと……つまり?」


 突然二人が騒ぎ出した――主にサナが声を張り上げているだけだが――理由がわからず、ティカトは首を傾げた。いつもの涼しい表情ながら僅かに口角を上げているイラへ、立ち上がって机を叩きながら何やら抗議するサナ。さっき文句をつけていた紅茶がこぼれ始めているがいいのだろうか。ついていけなくなったティカトがぼんやりと天井を見上げた、その時。


「サナ様はティカト様が決まった日にしかいらっしゃらず、寂しがっているだけにございますよ」


「ひゃんっ!?」


 いつの間にか隣にやってきたオカっちがティカトの疑問への返答をした。彼女の驚いた声に、サナとイラが気づいて一騒ぎが終わる。


「オカっちさん。お邪魔しております」


「これはご丁寧にイラ様。どうかごゆるりと」


 丁寧に挨拶をするイラに、これまた礼儀正しく腰を折るオカっち。先程までサナと口論していたというのにこの変り身具合。兄妹の血の繋がりというものを感じずには居られない。


「随分と来るのが早いじゃないオカっち。ご飯できたんでしょうね」


 恐らく劣勢のまま舌戦が終了してしまったのだろう、不満気に唇を尖らせるサナ。腰に手を当てて、ツカツカとブーツを慣らしてオカっちの前にふんぞり返る。いつもの居丈高なポーズだ。


「いえ、何やら大きなお声が聞こえたもので何があったかと……あと十数分程で出来上がります」


「余計なこと気にしてないでさっさと作ってきなさいっ!!」


 叱咤と共に放たれた鋭い蹴りがオカっちの脛に突き刺さる。


「おぅふ!」


 いくら華奢なサナとは言えど、急所を蹴り上げられてはたまったものではない。蹴り追いやられるように、オカっちは部屋を出て行った。


「はは……なんというか、相変わらずだよね……」


 乾いた笑いを浮かべるティカトの台詞は、憤慨した様子のサナの耳には届かなかったようである。






 議会の当日夜は王宮内で会食がある。それは先代の王のそれよりもさらに前の次代より、古今続いていた一つの伝統でもあった。当代の王、また王族はそれに出席し臣下の者達と親睦を深める良き機会、とりわけ、人間三大欲求の一つである食欲が満たされる、さらに酒が入って気分が昂揚すると、どうにも警戒心というものが薄れるのが常であり、歴代の王の中にはこの会食を至上の楽しみとし、城下町を巻き込んだ祭りの日とした者も居たようだ。何にせよ、その時々の王の性格次第でその規模や内容が決まるのだ。

 そして、現王テルムデイムは、厳格にして冷酷。多くを語らず、群れることも厭う王は、伝統として会食自体は開くものの、出席するのは開始三十分程度であり、それ以降は好きにしろとでも言いたげに退席するのだ。それを知っている臣下達はその短い時間にこぞって話をしにくる故、王はその場で口にするのは一杯の酒程度。よって、退席した後、自室にて夕食とするのが通例となっていた。そこへ同席するのが、今や唯一の肉親となった、皇女ペルネッテである。


 落ち着いた深蒼の絨毯。光を吸い込むような艶具合の白い丸テーブルと椅子。綺羅びやかな宝石や金銀は家具や内装の殆どに見られず、繊細な細工や仕立ての良さで魅せているものばかりだ。明かりは、卓上の大きな燭台に灯る橙赤と、青白い月光。特筆すべきは、その月明かりだろう。王の私室に窓はない。王宮の最上階、頭一つ飛び抜けたところに存在する部屋には、扉というものすらないのだ。唯一の路は、部屋の中央に描かれている転送陣のみ。その他の手段を用いると慣れば、外から空を飛んでくるしかないのだが、王宮の周辺で許可なく霊翔もしくは道具による飛行は禁止となっている。そして、今現在、この王室は直に夜天が望める状態と化していた。明らかに物理的な力で破壊されたと見える部屋の一角。天井の半分程を吹き飛ばされているのが、大国の帝王の私室だというのだから笑えない。何があったにせよ、国の最高権威が住まう場所なのだから、早急に修理して当然の筈なのだが、王はどういうわけか、瓦礫や埃を綺麗さっぱり片付けさせた上で、その穴に不可侵と偽装の結界を張らせ、大きな天窓としてしまった。偽装の術により、外部からは以前の、破壊される以前の姿にしか見えないが、内に居ればこの有り様である。国の主が予算がないというわけでもあるまいに、こんな応急処置のような方法で満足しているその真意は、当人にしかわからない。本人は、決して語ろうとはしない。

 それでも、いつも娘と月が一望できる位置座る父王の眼が、何処か憂いを帯びているように見えるのを、ペルネッテは毎度気にしていた。


「今宵の月は如何ですか、父様」


 テーブルの上には、種類様々ながらも分相応の量に工夫された、芸術品のような料理が並べられている。それらを少しずつ味わいながら、時の流れを半歩ずつ踏みしめるようなゆっくりとした会話をするのが、ロロハルロント王家の今の在り方であった。

 ペルネッテの問いかけに、テルムデイムは手にしていたブランデーグラスを掲げ、満ちた月を浮かべるように見据える。


「相も変わらず、忌々しい程に美しい、とでも言おうか」


 本当に憎々しげに、それでいて自嘲を含んだように王は僅かに口角を上げてから、蛮勇を誇るか如くグラスの中身を体内に流し込んだ。

 ペルネッテは、この部屋が破壊された理由も、その犯人も経緯も全てを知っている。そのままの姿を残している訳は幾度と無く問うたが、彼女の父は決して答えはしなかった。故に、もう直接聞くことはしない。ただ、関連しそうなことを問いかけて、僅かに動く感情の機微から読み解こうとするばかりだ。そんな時が過ぎてもはや二年。最初こそ、読み取れる情報量は多少なりともあったものだが、今となってはテルムデイムもそう易々と腹の中を垣間見せたりしない。


「それよりもペルネよ。今日の議題に登っていた暴動の件。『憂慮している』と言っていたが、どうするつもりだ。慰問でも行うのか」


 真っ直ぐに自分を見つめてくるペルネッテに何を思ったのか、テルムデイムは隣に控えさせている側近へ新たな酒を注がせながら問う。思考の森に入林仕掛けていたペルネッテが、ハッとした様子でそれに気づき、すぐに困ったような笑みを浮かべた。


「嫌ですわお父様。こんな時にまで公務のお話だなんて」


 冗談めかした様子でペルネッテは言う。これが王の臣下の者共であったならば、すぐに冷徹な視線と言葉か、耐え難い沈黙が訪れるのだが、流石の彼もたった一人の娘にそうはしないようだ。

 暴動。以前、メゲゼの村で起きたのと類似した事件が、ここのところ立て続けに起こっており、各地の領主が対応に苦慮しているという話が上がっていた。メゲゼの件は、軍団長エルリーン自らが鎮静に向かったとの逸話が広まっており、領主の側も「国として対応してくれる問題」と捉えている者が大半である。被害は大小多岐に渡っているが、まるで住民の殆どが突然気が狂ったかのように暴れ始める、というその症状だけでも人々には脅威だ。それを、ペルネッテが懸念しないわけもない。


「シュウ君、その件についてはどの程度?」


 国として大きな問題には違いない。ペルネッテはにこやかだった表情から、視線だけを少しだけ細めて、隣に立ってもらっているシュウへと問いかけた。


「件の鼈甲飴については、新たに傘下となった貝塚の住人の協力を得ながら目下調査中です。これまでに暴動が起こった場所、規模等から想定するに、起点は恐らく東沿岸部と見ています」


 メモも何も開かず、後ろ手に組んだまま、真っ直ぐ前を見た姿勢でシュウは発言する。


「貝塚の住人、か。信用出来るのか参謀長」


 シュウの台詞の中へ、今度はテルムデイムの左に立つ側近の男が声を上げた。貝塚、シェルモルド。一般的にこの王宮下首都ポーター・レントにおける“膿”の溜まり場と認識されている地区だ。王に最も近いこの男が、苦々しい顔をしないわけがない。故に、ここにおける正答は「問題ない」の一点張り以外にはない。だが、シュウは何でもないことのように、むしろ当然といった素振りで首を横に振った。


「いいえ。全く」


「何?」


 不遜な態度とありえない返答に側近の眉尻が不機嫌に釣り上がるのを、シュウは見据えながら言葉を続ける。


「彼らに信用、信頼、それに類推する言葉は存在し得ません。彼らから見て私達がそうであるように。あるのは単なる等価交換。得られるもの、提供するもの、それらの価値を擦り合わせるだけのことです」


 ようは働きに見合う対価を用意するかしないか。結局は問題ない、ということは側近の男にも理解出来たが、如何せん回りくどい言い方が気に食わず、顔を顰めた。


「少々話が逸れました。ペルネ皇女の慰問に関する件ですが、殿下のご希望通りに全てを回ることは不可能です」


 さらに告げられるシュウの言葉に、ペルネッテが僅かに視線を落とす。慰問の話は先程既にシュウとしており、元よりわかっていたことだが、落胆だけは抑えようがない。


「よって、向かうのは大きな被害の出た街、そして既に鎮圧され、私の手の者が調べ尽くした場所。そして――ダ・ルフヘイム」


 告げられた地名に興味を示し、ほう、とテルムデイムが身を乗り出して頬杖をついた。


「ダ・ルフヘイム。エルフの里か」


 シュウが顎を引く。


「今回議会では話題になりませんでしたが、私の調べでは近隣の街に出ていたエルフの里の者が、運悪く暴徒と化した住民と接触、争いになったようです。エルフは無傷、住民は死亡とのことですが、あの里にはこちらの情報が行き届いておらず、要らぬ軋轢を生む要因になりかねません」


 高い知能と美貌、そして長寿を誇る亜人。それがエルフだ。彼らは今でこそ人間と共存の路を歩んでいるものの、ここロロハルロントにおいても積極的な干渉はせず、閉鎖的な社会を形成している。シュウからしてみれば、治安の良いシェルモルドのようなものだ。誰も近寄らず、しかし時として外部へと顔を出す厄介者。情報程度は外から仕入れているに違いないが、ダ・ルフヘイムの里もロロハルロント国内である以上、説明をしといて損はない。お互い“不利益”にならないことで均衡を保っているのだから。


「ダ・ルフヘイムは西の国境付近。ポーターレントからはかなり距離がありますが、エシグイへ通じる転送陣が先日完成したと、技術長から報告も受けています。首都より遠く離れたエシグイへの慰問。そして、里への説明。二つを同時に行えると考えます」


 シュウの提案は確かに合理的だ。要件も満たしている。だが、と側近はずっとへの字に曲げていた口を開いた。


「その転送陣とやら、私は用いたことがないのだが、トラブルが発生する事はないのだろうな。それに国境付近の異種族の里に殿下をお連れするのは、御身が危険に晒されやせんか、参謀長」


 良い質問だ、とシュウは内心でほくそ笑む。気になる点がその程度であれば、丸め込むのは容易だからだ。


「トラブルが予想される代物を、完成したなどとは私とて認めないと誓いましょう。国境際、とのことですが境を越えた先はアヴェンシス教会の地。現状、あの地以上に他国で安全な場所はないと考えます。エルフは閉鎖的な種族ですが、それ故に理性的であり、話の通じる相手です。無論、私自ら同行する故、信頼していただきたい」


 頭を下げるシュウにペルネッテが続いた。


「私からもお願いします。ヘインリヒ卿。国の代弁者として、私にエシグイとダ・ルフヘイムへ行かせてください」


 王の手前で皇女に請われ、流石のヘインリヒも慌てて居住まいを正す。


「い、いえ! 姫殿下がそう仰られるのであれば、私めから言うことは何も……」


 慌てて汗をふく父王の側近に、ペルネッテは柔らかい笑みを返した。


「大丈夫です。シュウ君が共に来てくれるのです。仮に万が一の事が起ころうとも、彼と一緒ならば問題はありません。無事に帰ってくると約束いたしましょう。如何ですか、父様」


 対面の父王へ、ペルネッテは目線を注ぐ。テルムデイムは杖にしていた腕を戻し、ただ一言。


「よかろう」


 そう告げた。

 許可を得られたことに、安堵の息を一つ吐くペルネッテ。喉が渇いた、とばかりに既に汗が大分出ているシャンパングラスの中身を煽った。


「さ、固いお話はこのくらいに致しましょう父様。私もすっかりお腹が空いてしまいました」


 気の抜けるような、不相応な幼い笑みでペルネッテは食事を頬張り始め、シュウがグラスにシャンパンを継ぎ足す。

 王のグラスにはヘインリヒが酒を注ぎ、テルムデイムは先程のようにグラスを月に掲げてから流し込む。味わうように閉じた瞼は、充足と寂寞を乗せていた。

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