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黒月に涙哭を  作者: 弐村 葉月
第四章
31/88

母と子、少女。

 場所を移し、参謀長執務室。キルトとティカトの二人から話を聞いたイラは、その内容故に迷惑を承知でシュウを起こした。

 シュウは今、イラが話を要約したメモと二人が持っていた“ある人”から譲り受けた手紙に目を通しているところだ。イラは少しばかり勘違いしたが、手紙そのものが嘘ではなく、すでに送ったという部分が嘘で、二人はそれを持参してきていたのだ。

シュウは少しばかり睡眠を摂ったので、朝より幾分か血色は良いが、目つきは普段の三割増しでよろしくない。


「クアロッドからの亡命者、ね……」


 隣国より逃げ延びてきた亡命者だと、キルトとティカトは言っていた。向こうの王に身柄を狙われ、命からがらロロハルロントへやってきたらしい。当初は、同じく国を逃亡した者達が多く居たそうだが、皆散り散りになり、行方も生死ももはや不明だとか。


「兄さん、クアロッドとは?」


 普段、兄の仕事の内容は知っても口は決して挟まないようにしていたイラだったが、今回ばかりは自分も多分に関わっている為、そう問を発する。メモ書きと手紙から目を離さずに、シュウは答えた。


「ロロハルロントの東の海。その先にある島国だ。ずっと昔から鎖国政策を行っていてな。俺もどんな国かはよく知らん。それほど大きな国ではないが、国交を閉ざしているが故に、独自の文化を持っているらしい」


 海を隔てているとはいえ、そんな隣国があるとはイラは知らなかった。国交無ければ、確かに普通に生活している人間が知らずとも無理はないが。


「ちっ……ベルペレンの爺め。厄介事を押し付けてきてくれたもんだ。シェルモルドで匿っておけば良い物を」


 手紙の主の方へ向けて、届くはずのない悪態を吐くシュウ。しかし、シェルモルドは貧困区だ。外套で覆っていても、身なり綺麗な女性と子供では何をされるかわかったものではない。最近は暗部の活動のお陰で統治が進んでいるものの、中枢の一部をこちらで牛耳っただけで、まだ全域に広がる程ではなく、安全とは程遠い。


「で、イラ。その不法入国者は今何処に居るんだったか?」


「この真下の応接室で待っていただいてます」


 不法入国者。そのフレーズにイラの表情が曇った。確かに、国交もない場所から逃げてきたとすれば、それは不当に国境を越えてきた犯罪者には違いない。だが、あのキルトの必死の形相とティカトの何処か怯えた様子を思うと、イラには二人を犯罪人だと判断することが出来なかった。

 シュウは紙二枚を机の上に放り出すと、頬杖をついて何事か思案し始める。


「……兄さん」


「なんだ」


 何か言わなくては、そうイラは思い声をかけたが続きが思いつかない。何を言えばいいのだろう。いや、口を挟んで良い物でもないのは自覚している。自分は、ただの侍女なのだから。シュウはイラの言葉を待っているのかいないのか、彼女の俯いた顔を横目でジッと見上げている。何か言わなくてはと焦る程に、言葉は出てこないものだ。やがて、痺れを切らしたのだろうシュウが大きく息を吐いて、口を開いた。


「お前の見立てでは、その親子はいい身なりをしていたんだったな」


「は、はい……汚れたコートで幾分かは隠しているようでしたが」


 意図せず上ずってしまう声が恥ずかしくなり、イラはそっぽを向く。シュウはそれを気にすることなく、言葉を返した。


「なら、独房というわけにはいくまい。イラ、お前は屋敷にその二人を連れて帰れ」


「え……?」


 予想外のシュウの言葉に、イラの眼が見開かれる。驚かれたことが不満だったのか、シュウが舌打ちをした。


「ギブアンドテイクだ。クアロッドの情報は少ない。隣り合う国の事は知っておくべきだ。でなければ亡命者か難民として受け入れるか不法入国者として裁くかの判断も出来ん。それに、雑なもてなしをして、もしも向こうのお偉方だったとしたら後々大きな問題になりかねんからな。だが言っておけ。取り敢えず少しの間寝食の面倒は見るが、そちらの国の事情は洗いざらい吐いてもらうからそのつもりで、とな」


「兄さんらしいですね……」


「仕事柄な。面倒は見ると言っても、本来は招かれざる客だ。その辺は分かれよ」


「はい」


 シュウの言葉は悪いが、詰まるところ現時点では判断保留にするということには違いない。仕事柄、それを名言を出来ないのも仕方のないところである。

 ともかく、二人は下の部屋に待たせっぱなしであるし、あまり長い間王宮内に留めておくのも良いことではない。イラはそそくさと、執務室を後にした。







 キルトとティカトへ、暫しの間オニキオスの家に居てもらう趣旨を話し、三人は宮殿の裏手からイラの通勤路を使って屋敷へと来ていた。一先ず安全だろう宿が確保された事に、幾らか安堵の色が見て取れる二人の表情に、自然とイラも目尻が下がる。


「大きなお屋敷だね……」


 玄関先に立ち、ティカトが屋敷を見上げながらそう呟いた。黒褐色のレンガ造りの、2階建ての屋敷は、玄関となる正門に屋根もなければ2階の窓から出れるバルコニーもない。遊びのない、平坦な造りなのだ。


「無駄に大きなだけですよ。現状、私含め数人しか使っていませんから」


 イラとしては、住めればなんでもいい。使う部屋は、汚ければ掃除すればいいのだから。


「取り敢えず中に入りましょう」


 言って、イラは扉を開けた。


「鍵はかけていないのかい? 不用心じゃないかな……」


 鍵も取り出さずに戸を開けたイラの後で、ティカトは何処か不安そうに言う。


「呪術です。さ、中へ」


「すいません。お世話になります」


 淡々と答えたイラに、キルト、続いてティカトが頭を下げて謝辞を述べて、二人は導かれるまま屋敷の中へと足を踏み入れた。


 一先ず、朝間買ってきて使わなかった食材――一旦執務室に置かせてもらっていた――を台所へ置いてから、イラは二人に屋敷の案内をした。一階は玄関正面の両開きの扉が食堂で、左手側に調理室と倉庫のへの扉があり、右手側には書庫や風呂場といった場所への扉が並ぶ。階段は左右の端にあり、2階は全て個人用の部屋だ。お手洗いは各階の階段の脇にある。単純な造りである上に特段隠すようなものもない。迷うようなこともないだろう、と早々に説明を終え、取り敢えず三人は調理場にある小さなテーブルを囲んで座っていた。

 テーブルの上には、イラが入れた紅茶が3つ、湯気を立てている。


「本当に、よろしいんですか? こんな立派な所に泊めていただいて」


「はい。当主の意向です。その代わり、先程もお話しましたが、そちらの事情その他諸々は全て聞かせていただきます。それが条件ですので」


 未だ戸惑いの抜けないキルトへ答えて、イラは紅茶を一口喉に流す。話を聞き出す、とはいってもそれはイラの仕事ではない。恐らく、シュウか幹部の誰かが明日にでも来るだろう。それは彼女らも分かっている筈だ。とすれば、あまり自分が事務的な対応をするのはよろしくないのではないか。そうイラは考えたが、あまり人と打ち解けるというのは得意ではない。兄やペルネッテのように昔から近しい人とならどうとでもなるのだが、今日はじめて会ったばかりの相手とどんな話をすればいいのか、彼女にはよくわからない。

 そうして何も言えぬまま、気づけばカップの中身が空になっていた。見れば、キルトもティカトも飲み終えている。すぐに注げぬなどメイドの名折れ。そう思い、席を立つ彼女だが、ふとティーポットへ伸ばした手を引っ込めた。


「そういえばお二人共、あまり休まる日々ではなかったでしょう。服も少し汚れているようですし、お風呂お使いになりますか?」


「えっ、ごめん……そんなに臭うかな……」


 イラの進言にティカトが自分の袖などをかぎ始める。そういうつもりではなかった、と内心落ち込むイラ。どうにも上手くいかないものである。


「ありがたいのですが……その」


 今度はキルトが何か言いづらそうに目線を逸らしていた。今回は、イラもしっかり察する。


「着替えでしたらあります。この家に住んでいた方の古着になりますが、それでも良ければ」


「本当ですか? 助かります。では……ティカト、お借りしましょ」


「あ、うん。わかったよ」


 立ち上がる二人を確認し、イラもまた踵を返した。


「着替えの方は見繕って脱衣場の方へ置いておきますので。脱いだものは籠がありますのでそれに」


「はい。ありがとうございます」


 礼儀正しく頭を下げるキルトに会釈して、イラは調理場を出て、着替えのある2階へと上がっていった。







 着替えを届け終え、イラは取り敢えず自室へ戻っていた。

 少女はベッドの端に座り、布と針を手に持ち、裁縫をしている。唯一と言っていい彼女の時間つぶしの方法、ぬいぐるみ作り。彼女の寝床の枕の周りにある、猫やひよこやアルパカやパグらのぬいぐるみは全てお手製である。布を切り、縫い合わせて綿を詰めていく。単純に見えて、最終的に綺麗な形で仕上げるのは中々難しい。作り方は、以前ペルネッテに教えてもらった。最初の頃は難しいものは作れなかったし、完成しても拙さがにじみ出る程だが、数年続けてきた今やその腕はプロ級である。とはいっても、誰かに見せたりする事はないのだが。恥ずかしいので。

 と、不意にイラの手が止まった。


「……身が入りません」


 彼女の作品である動物には、全てそのモチーフとなる人物がいる。目つきの悪いシャム猫は兄であるシュウ。毛並みのいいペルシャ猫はペルネッテ。といった具合だ。しかし、今作っているものにはその元となる相手がない。何となく犬でも、と形だけ切ってみたものの、いまいちやる気にならなかった。

 仕方なく、道具を箪笥の一番上の段の右端にしまう。適当に作られる作品ではやはり可哀相だ、と思い直したのだ。

 やることがなくなり手持ち無沙汰になったイラの視線が、何となく窓の方へと向かった。朝差し込んでいた陽気はなりを潜め、いつの間にか雨が降り出している。通り雨だろうか、と窓に近づき見上げた空はいつの間にか曇天で、しばらくは続きそうな雰囲気だ。今頃、洗濯係のメイド達は慌てて取り込んでいるのだろうと少しだけ憐れむ。

 そんな雨音に混じり、部屋の扉が二度ノックされた。はい、とイラが応対すると少し間を置いてから、ゆっくりと扉が開く。


「お風呂いただいたよ。どうもありがとう」


 現れたのは、兄のお古のシャツとハーフパンツを着た、緑を帯びたくすんだ茶色の長髪の少女。


「どうかしたのかいイラさん?」


 目を点にして黙ったままだったイラを訝しみ、少女が小首を傾げる。


「…………ティカト、さん?」


「ん?」


 名前を呼ばれ、ティカトもまた首を横に傾けた。さらりと自然に解かれた長髪も一緒に動く。耳の上のハネだけは頑固なようだが。髪型一つで性別が転じる程印象が代わる人も珍しいと、イラは少し関心した。


「女の子、だったんですね」


「どういう意味かなそれは」


 悪気はないがあまりに率直なイラの台詞に、ティカトが腕を組んで唇を尖らせる。その所作だけなら、生意気な少年にも見えなくはない。が、すぐに彼女は腕を解き、諦めとほんの少しの自嘲を混ぜた眼を明後日の方へと向けた。


「まあ……ぼくはずっと男の子として育てられてきたから、あながち間違いではないんだけどさ」


 何か理由があるのは間違いないだろうことは、すぐにわかる。意味もなしに、偽った育てられ方をする必要もないのだから。いや、偽りではなく、何かの為だったのかもしれない。何か大切な役目か、もしくは他人のエゴか。どちらにせよ、人形のように、マリオネットのように、役割に当てはめられた存在だったのかもしれない。


「……似てますね」


 そんな言葉が、イラの口を衝く。何かの為に生かされてきた、それを強要されてきたことが。


「え、っと……」


 しかし、イラのそんな考えまでティカトにわかる筈もない。彼女の視線は、どうしてかイラの顔とそこから3,40センチ程下とを行き来する。しばし眉間に皺を寄せたまま繰り返していたティカトだったが、やがてイラを指さして言った。


「イラさんって、もしかして男の子?」


 ぷつん。と、音がイラの耳の内側から響く。それは、ぬいぐるみを作っている時に、古くなっていた糸が擦れて繋がりを失ってしまった時の最期の悲鳴、断末魔に似ていて――つまるところ糸が切れた音だ。


「ほう……それはそれは、そう見えますか。へぇそうですか。へぇー」


「いいいイラさん? 何か雰囲気がさっきと違わないかなー……なんて」


 項垂れ、幽鬼の如くひたひたとイラが前進するごとに、気圧されるようにティカトが一歩一歩下がる。簾のように降りている前髪の奥の瑠璃色の眼が、ティカトの胸部――男物のシャツ故に微かにだが確かに主張する胸囲――を射抜く。


「いえ、見えないからですよね。見えるんじゃなくて見えないからですよね。ええ。わかってますよ。はい」


 徐々に追い詰められていくティカトの背が壁に触れた。尚も近づくイラから逃げるように、横に移動していくティカトの手が、開けっ放しだった戸に差し掛かる。


「ご、ごめんなさいぃっ!」


 脱兎。


「待ちなさい!」


 猛追。

 屋内など関係なく、まるで飛び跳ねるように逃げるティカト。先程まで来ていた着物とは違い、活発な少年のコスチュームたるシャツと短パンは動きを全く阻害しない。気にすることなく体を動かせる。だが、そんな余裕など彼女の中にはない。背中には、叩きつけるような殺気がビシバシ伝わってくるのだから。階段を駆け下る。半ば数段飛ばしてドタバタと。踊り場を経由し、すぐに一階が見えた。首だけで後ろを向き、背後を確認する。が、それが仇になった。階段の、最後の一段に乗せた踵が滑る。尻もちを付かないようにバランスを取ろうと前に体重を動かしたおかげで、ふらついていた右足に自分の左足が引っかかって転けた。


「痛っつつつ……」


 自分自身に足を取られるという実に間抜けな転び方だったが、勢いはそこまでではなかったので外傷はない。と、すぐさま追跡者を確認とばかりに首を巡らせたが、イラはすぐには現れなかった。どうしたのだろう、そう思いながら体を起こして服についた埃を払う。その所作があらかた終わった頃に、ようやくイラが階段の踊り場に姿を現した。


「はーっ、はーっ、ゴホッゴホッ」


 壁に手をついて、思い切り肩で呼吸をしながら。


「えー……」


 あまりに体力がなさ過ぎる。ティカトはそれに驚き、つい数秒前まで感じていた恐怖心など露と消えてしまった。


「その、大丈夫?」


「す、すみません……み、水……」


「う、うん」


 一歩一歩ようやっと、と言った感じで降りてくるイラの要望に、素直に調理場へ水を汲みに行くティカト。

 階段の途中で、イラはへたり込んだ。彼女には体力がないのだ。本人もそれは自覚している。自覚している筈なのに全力で走ってしまった。数メートルだが。


「良いんです……日常生活には必要ないんです……」


 荒い呼吸を繰り返しながら、誰にともなく言い訳をする。


「いや、でもちょっとはいるんじゃないかな。ないよりはあった方が」


「またそうやって持たぬ者を馬鹿にして!」


「違うからね! 多分だけどそれ別の話だよね!?」


 ボタンをかけ違うような言葉の応酬を挟んで、イラはティカトからコップを受け取り、中身の冷水を喉に流し込んだ。ひんやりとしたそれは、自然と胸の内の熱も洗い流す。ふう、と小さく息を吐き、ようやくイラは冷静さを取り戻した。


「……はあ。あ、えと、その。申し訳ありません。取り乱しました」


 クールダウンした矢先、自分の短絡的な行動が恥ずかしくなったのだろう。イラは立ち上がって、恭しく謝罪の礼をした。


「いやいや、ぼくだって失礼な事言っちゃったしね。おあいこって事で、ね?」


 言って、ティカトは右手をイラに向けて差し出す。握手の要求に慣れないイラは怖ず怖ずと手を伸ばしたが、もどかしさにティカトが半ば強引に手を取って二、三度振ってから離した。


「母さんが、そろそろ出来るから待ってろってさ」


 言いながら、調理場の方へ小走りしていくティカト。何を言っているのだろう、と疑問に思うイラだったが、鼻孔を何やら芳しい香りが通り過ぎて行くのを感じ、はたと気づいた。ティカトの後を追って調理場に行くと、台所の方で鍋を火にかけているキルトの姿が目に入った。


「あ、イラさん。ごめんなさい、キッチンと食材、勝手に使わせてもらっちゃって。イラちゃんもお昼まだだったと思うから、勝手に作っちゃってるけど」


「いえ……助かります」


 ゆったりとしたワンピースに身を包んだキルトが、おたま片手にそう言う。服は、この屋敷に住むリーゼロッテのものではない。もう何年も前に死んだらしい、オニキオス夫人、血縁上はイラとシュウの母のものだ。その女性の母としての姿を一度も見たことがなかったイラにとっては、何ら見覚えのある服でも何でもない。


「いやー、朝から何も食べてなかったからぼくお腹空いちゃってさ。母さんの料理は美味しいから、イラさんにもきっと気に入ってもらえると思うんだ」


 にこやかに語るティカト。“母さん”。その言葉は、イラにとってあまりに縁遠いものだった。最初から彼女の世界には存在していなかったから、気にかけることすらしてこなかったもの。ただの単語として、人の立場を表すだけの言葉だと認識していた。

 無言で、イラの瞳はティカトを見る。食卓について、母の作る料理の出来上がりを、今か今かと待ち侘びている子の姿を。期待の眼差しを背に感じているのか、ちらりと見えたキルトの横顔は、何処か笑っているように見えた。

――きっと、そういう、ものなのだろう。

 無意識に少女は服の襟元を掴み、ただ静かに目の前の情景を、一つの絵画のように眺めていた。ありふれている筈だが、未だかつて見たことがなかった景色を、珍しがるように。


「イラさん?」


「さ、出来ましたよ。ティカト、鍋敷きないからタオルでも敷いて貰える?」


 視線が向けられていたのに気づいたのだろうティカトが、イラに何か言いかけたが、そこへ鍋を持ったキルトが割って入った。キルトの言葉にティカトは頷き、台所から布巾を一枚持ってきて、鍋底が収まる程度に折ってテーブルの中央に敷く。その上に乗せられた鍋の中身は、刻まれた野菜と鶏肉、そして米のようだ。


「……これは?」


 見たことのない料理にイラが思わず問いを発する。鍋つかみをキッチンに置いて、器とおたまを持って戻ってきたキルトが答えた。


「雑炊ですよ。この国には馴染みがない、かしらね。お米もちょっと物が違うみたいですし」


 リゾットとはまた違うようだ、とイラは見た目から分析する。ペルネッテ辺りが居れば詳しく話を聞く展開になりそうである。


「さ、イラちゃんも席についてください。お口に合うかどうかはわかりませんが、はい。召し上がれ」


 言われるがまま座るイラの前に渡される、雑炊の入ったお椀。受け取ると、器まで少し熱く、湯気と一緒にいい香りが立ち上っていた。器に刺さっていたスプーンを手に取り、スープのように具と米も一緒にすくって口に運ぶ。ほんわかと優しい味だ、とイラは思った。


「……温かいですね。美味しいです、とても」


「そう? 慣れない食材も使ってるから、自信はなかったのだけど、気に入ってもらえたなら良かったです」


 これは後でレシピを聞いておこう。そう考えながら、二口、三口目と食が進んでいく。そういえば、とっくに昼は過ぎていたのだな、と熱がお腹に染み渡っていく感覚を覚えていた。


「うん! こっちのちょっとサラサラしてるお米も悪くないね」


「そうね。ふふ、ティカト。ほっぺたについてますよ」


 満面の笑みで批評するティカトの頬を、キルトの手が優しく拭う。


「母さんってば、言えば自分で取るのに……」


「はいはい。なら自分で気づきましょうね」


 目の前でごくごく自然に行われる親子のやり取り。

 温かいものだな、とイラは再び噛み締めていた。

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