見慣れぬ故郷
昼下がりの午後。アヴェンシス教会始祖教会内、掲剣騎士団長室。相も変わらずうず高く積まれた資料の二山の間で辟易するグリム。ソファで紅茶を嗜んでいるメルシアと、それに向かい合って座るスティーゴ。その彼の膝の上にうつ伏せになって、寝息を立てているニィネの四人が室内に居た。
「――というわけでして。一先ずはトゥルーガ孤児院の方へ足を運ぼうかと思っております」
グリムとメルシアとスティーゴの三人は、以後のスティーゴの動向について話し合っていた。これまで戦死扱いであった、翳刃騎士。選りすぐりの精鋭により構成され、平時は世界中の友好国を巡り強大なフェルを排除し、戦時下にあっては遊撃隊としても活躍する者達だ。二年前の事件以降、メンバーの全滅により凍結されていたが、教会内部からはその再編を望む声も少なくなかった。そこに、スティーゴの帰還である。これからの彼の扱いを決める上でも、話し合いは必要である。とはいっても、いきなり議会の方に連れ出してはまとまるものもまとまらない。故に、メルシアとグリムはまず本人の意向を聞き取る事にしたのだ。
今しがた、スティーゴのこの二年の経緯、そしてどういうわけか彼に同行しているニィネについて二人に報告を終えたところである。スティーゴは、魔狼との戦いに敗れた後、その傷を癒やす為逗留していた村で、ニィネと会った。しかしその村は強大なフェルの襲撃に会い、壊滅してしまった。ニィネとスティーゴの二人だけを残して。
「孤児院にその子を預けると?」
メルシアが、目線でスティーゴの膝の上で眠る童女を指しながら言う。午前中の間、アヴェンシスの街中を遊び歩き、ニィネは疲れて眠ってしまったのだ。故郷を破壊されてしまった記憶からか、彼女は一人で居る事を頑なに拒み、寝ていても誰かが傍に居なければ落ち着かないので、取り敢えず膝を貸してソファに横にさせているといった具合である。
安らかな寝息を立てる彼女の薄紅梅色の髪を優しく撫でながら、スティーゴは答えた。
「この子がそれを望むなら、それが一番だと思います。少しここからも離れていて、不便なところもあるでしょうけど、静かな場所です。心の傷を癒やすには、悪くない」
スティーゴは翳刃騎士として居られるならそうしたいと、二人に伝えていた。そうなれば、ニィネの世話をしては居られなくなる。世界中を巡るその役目に連れて行くことは出来ないし、かといってアヴェンシスの自室にただ置いていくのも可哀相だと、彼は考えたからだ。始祖教会には孤児院はない。身寄りのない子供達を育てるには、この場所はあまりに人に溢れすぎている。そこにはありふれた幸せがあり、それを、当然の幸せを手に出来なかった子供達が日常的に目にするのは、辛いことだ。スティーゴ本人も孤児院の出であるが故に、その心情はよく理解している。そして、彼が育ちまたこれから目指そうしているトゥルーガ孤児院は、ここ始祖教会からもそれほど遠くはない。
「その子が拒否ったらどーすんだ?」
書類の処理に飽きたのか、机に半身を投げ出したままのグリムが、少しぐったりとした様子で問いかけた。
「嫌だって言われたら、強制する事は出来ないと思います」
押しの弱い正確を示すような、柔らかい笑みを浮かべながらスティーゴは答える。
「とは言え、翳刃騎士を続けると言った手前、あまり自由にさせて居られん」
グリムの問いから引き継ぐように、メルシアそう苦言を呈し、ふむ、と顎に手を当て数秒黙考して、言葉を続けた。
「翳刃騎士再編に当たっての人数設定。頭数の選定と、情勢の変化に伴っての活動方針の新策定……そうだな」
顎から外した手を、メルシアはスティーゴの前に出して、指を三本立てる。
「三ヶ月だ。三ヶ月後、翳刃騎士に関する最終決定を下す。解体なら解体。再結成ならその人員配置と活動綱領を。それまでに戻ってくるんだな。最も、自分の所属する隊だ。言いたい事があるなら早めに戻る事を勧める」
三ヶ月。それが、スティーゴに与えられた時間。それまでに、ニィネをどうするのか決めろ、という事だ。本来ならば、騎士に属する者にそんな自由は与えられない。
「ありがとうございます」
故に、スティーゴは深く礼をした。
「別にいいさ。何にせよ翳刃騎士をどうするか、今から協議に入らなければならん。正式に決まるまで一掲剣騎士としておいても、今のお前の能力なら持て余すだけだ」
教会の騎士団に身を置いたその時から、翳刃騎士の任を与えられていたスティーゴである。今更掲剣騎士の方へ置かれたとて、上手くやれる自信もなかった彼は内心安堵する。
そんな彼の様子を見るともなしに眺めていたグリムが、不意に体を起こし、席から立ち上がった。
「なあメルシア。翳刃騎士を再結成させんなら、試験みたいのも必要になってくるよな?」
何処か興奮したようすで、珍しく目を輝かせるグリムに少々驚きながら、メルシアは言葉を返す。
「あ、ああ。翳刃騎士はB級以上のフェルを相手にする事が常だ。協調性や忍耐力は元より、基本的な戦闘力もクリアしてなくてはならないが」
説明するメルシアの台詞を食い気味に、グリムは笑顔で言った。
「よし! じゃあまずはスティーゴと戦ってみねぇとな! なんたって今現在唯一の正式な翳刃騎士だ。基準として、騎士団長が直々に覚えておく必要があんだろ!?」
嬉々とした様子で傍らの大剣を持ち上げようとするグリム。スティーゴの頬を冷や汗が伝った。以前、彼は翳刃騎士の仲間と共にグリムと模擬戦をしたことが幾度もある。結果は惨敗どころか、大怪我をしないよう自分の身を守るだけで精一杯だった圧倒的な実力差で、スティーゴの脳に嫌というほどしっかり刻み込まれていた。
「え、えっと……俺、明日の朝には出発するつもりだから今日はゆっくりと休んでおきたいんだけど」
「おう。ならちょうどいい。適度な運動しといた方が休みやすいだろ?」
やんわりと断ったつもりがあっさり覆される。戦える事が余程嬉しいのか、無邪気な子どものような笑顔は一点の曇りもない。助けを求めるようにメルシアへアイ・コンタクトを送るスティーゴ。別に構わないつもりだったのか、我関せずと紅茶を飲んでいた巫女だったが、スティーゴの視線があまりに必死だったため、極小さな溜息をつき、カップをソーサーへと置いた。
「グリム。翳刃騎士の試験をするなら三ヶ月後だ。これからの選定をお前がひとりひとりやる程の時間はないんだからな。全員が決まったところで、お前が試してやればそれでいいだろう」
「えぇー……ひでぇよ。ここにきてお預けくらうのかよ。いいじゃねぇか。こいつ、二年前より明らかに強くなってんだぜ? 仲間の成長は確認するべきじゃねぇかよー」
文句を垂れるグリムに、メルシアは不敵に笑う。
「だからこそだよ。スティーゴが騎士としての仕事を再開するのは三ヶ月後。二年で大きく成長したこいつだ。翳刃騎士として新たな一歩を踏み出す為に用意した三ヶ月を経たら、お前とも本気で戦えるくらいになるかもしれんぞ? なあ?」
悪戯な笑みの矛先を今度はスティーゴに向けた。思わぬ言葉に、スティーゴの顔が更に引き攣る。
「成ーる程? 確かに、有り得ない話じゃねぇなぁ……仕方ねぇ。楽しみは後にとって置くことにするからよ。期待するぜ? スティーゴ」
「はははは……善処します」
乾いた笑いを上げるしか術のなくなったスティーゴは、いずれ確実にくるだろう悪夢を思い、胸の内で肩を落としていた。
――数日後。アヴェンシスより南東の森の中。
人や馬の足跡が作り上げた林道の上を、ガラガラと音を立てながら引きずられていく荷車。荷車とは言っても、それは砂漠でニィネが乗っていた橇に強引に車輪を四つつけただけのもの。スティーゴお手製の、その少々荒削り感が過ぎる一品を見た巫女が「餞別だ」と言って、強力な強化の呪術を施した品でもあり、もはやただの板切れではなく、ともすれば下手な対霊術用の盾よりも強靭な荷車という、実にちぐはぐな物に化けてはいるものの、搭乗するニィネには関係のない事だ。
林内は陽樹が多く立木もそれほど多くない為、柔らかな陽光が枝葉の合間から降り注ぎ、また秋の入り口のそよ風が実に心地が良い。旅というよりは殆ど散歩気分で、スティーゴはニィネの乗る車を引いて歩いていた。
「スティーゴ……楽しそう?」
勾配が殆どないとは言え整備された道でもなく、音を立てる車の上で、ニィネは不意に呟いた。スティーゴが首だけでそれに振り向きながら、足は止めずに答える。
「そう見えるかい? やっぱりそれなりの年数を過ごした地域だからね。何となく見たこともある気がするし、体が覚えているのかも」
普段から穏やかな表情をしている彼だが、ニィネにはより一層リラックスしているように見えた。
孤児だったスティーゴにとって、トゥルーガ孤児院は実家と呼んでも差し支えのない場所だ。二年前の騒乱が起きる以前は、少なくとも一年に一度は立ち寄っていた場所でもある。そう、これはスティーゴにとって久方ぶりの里帰りでもあるのだ。
「孤児院には、スティーゴの……友達も、居る?」
思いがけないニィネの問いに、スティーゴは苦笑いをした。孤児院で育った子供達は、自身で道を見つけるか、そうでなかった者はアヴェンシス教会で仕事をもらう事になる。それが大体15才になる辺りで決まるため、それを過ぎてから孤児院に行ったとしても知り合いは少ない。教会から仕事をもらえるとは言っても、人手の足りない場所に飛ばされる事も多く、スティーゴも何年も会ってない人間が殆どだ。彼に至っては、15を迎える前に翳刃騎士に引きぬかれた為、尚更である。
しかし、ふとスティーゴは例外がいた事を思い出した。彼が住んでいた頃の院長はもう随分と歳をとった女性であり、跡継ぎが必要だったのだが、それを買ってでた人間がトゥルーガ孤児院には居た。運営する教会側からしても、長年そこに住み、慣れ親しんでいる人間の方が適任と考え、その子を引き継ぎとしたのだ。
「多分、一人だけ居るよ。他の子達は友達というには歳が離れすぎてたからなぁ……ニィネと同じくらいの子も、居る筈さ」
言いながら、スティーゴは不意に立ち止まって辺りを見回した。鬱屈としているわけではないが、明るい森はどこまでも続きそうだ。林道もずっと平坦に真っ直ぐ続いている。少し、スティーゴは眉を顰めた。孤児院は森の中にあるのだが、こんな木々が立ち並ぶ場所に隠れるようにして存在しているわけではない。少し小高い丘のような場所が開いけていて、その中心に存在しているのだ。森事態もそれほど深くはなかった筈であり、入林してからの大まかな感覚で言えば、そろそろこの道が上り坂になってもおかしくない筈だった。いくら帰るのが久々だからと、何年も通った場所を早々間違える筈もない。
「どうしたの……?」
突然立ち止まった彼を不信に思い、ニィネが声を上げた。
「……迷子?」
「…………だったら、良いんだけど」
邪気のないニィネのセリフに、スティーゴは少し押し殺したような声で返事をした。道に迷ったなら、少し上空に跳び上がって孤児院を探せばいい。開けた小高い丘なら、見つけるのは簡単だ。だが、迷ったわけではなかったら、その方が問題だ。彼が先程立ち止まったのは、自分の一歩に何か違和感を感じたからである。通い慣れたとはいえ、完全に道なりを記憶しているわけではない。感覚でおかしいと思える程度だ。だがその違和感は、止まって辺りの様相を注視してから感じたものではない。だとすれば。
がさり、と風に起こされたのではない葉擦れの音が聞こえた。咄嗟に、荷車の紐を掴んでいない右手で、腰のホルスターの手斧を取る。瞬時に展開された霊覚が、音の方向を捉えると共に、スティーゴは手斧を回転させて投げた。
方向は、彼の右側。申し合わせるように、透明な風の塊のような何かが草花を散らして手斧と衝突した。不可視の何かが霧散すると共に、その力に弾かれた手斧がスティーゴの手元へと舞い戻る。
「ニィネ。ジッとしているんだ」
短く強い語気で伝えられる言葉に、ニィネは無言で頷いた。
手綱を離さないながらも、左腰の斧をいつでも抜けるようにしておく。先程の攻撃は、スティーゴに向けて放たれたものだった。ニィネから離れた方が安全だろうか。しかし、まだ早計である。攻めるにしても引くにしても、情報が少なすぎる。
と、動きあぐねるスティーゴに気づいたか、先程の謎の霊力を放ってきた方向で何かが動いた。霊覚がその姿を鋭敏に捉える。少し遅れて、もう一つが反対側から動いた。
「子供……?」
茂みに隠れながら動いてるお陰で視覚には入らないが、霊覚が伝えるソレの姿形は子供に思える。しかしながら、動きが速い。いくら子供といってもこの開けた森の中で姿を隠すには姿勢を低く保たなくてはならないだろうが、まるで滑るようにその二つは移動していた。しかし、その疑問に解決を得る前に、先程の攻撃が二つ同時に襲いかかる。見えはしないが、霊力により構成されているそれを捉える事は容易だ。2つ目の手斧を抜き、左右に同時に投げる。先程と同じように、斧が力とぶつかり相殺して弾けると同時、スティーゴは直上にもう一つの霊気を感じ取った。纏霊もせずに木の上にでも隠れていたのか。二つに比べて幾分か大きいそれは、スティーゴ目掛け落下してきていた。
咄嗟に手綱から手を離し、後ろに飛んでニィネを小脇に抱えると、そのまま大きく高く後ろに跳ねて逃げる。スティーゴが立っていた最初の位置に落ちる人の影。両手に握られた二振りの十字架を模したような剣が、地面に叩きつけられ荷車の手綱を寸断していた。
大きな木の枝の上に飛び乗ったスティーゴは、ニィネをそこに座らせ、吸い寄せられるように飛んできた手斧二つを掴み、地面に立つ3つ目の襲撃者を見据えた。紺色の修道服。フードを目深に被っており、顔は見えない。両手に握られた両刃の剣は、柄と鍔と刀身で十字架を模したような形をしていた。不可視の攻撃を放った二人は、まだ距離を取ってスティーゴを地面から挟んでいる。どうやら、あの二人は陽動で本命がシスターのようだ。ならば。
「ここに居て。すぐに戻る」
スティーゴの足が軽く枝を蹴り、シスターへ飛びかかった。頭上から振った右の斧の刃が、交差した二つの剣に遮られる。甲高い金属音と火花を散らす衝撃に、シスターの踵が土を抉るのを、スティーゴは見逃さなかった。もう一方の斧をわざと剣に叩きつけて相手の体勢を崩しつつ、身を翻し空中で前転して背後に降り立つスティーゴ。ゆっくりと振り向く彼に対し、シスターは地面を蹴って襲いかかった。二つの刃から繰り出される連撃を、また二つの刃が受け、いなす。風を切り振るわれるそれは鋭く疾い。一振り一振りが風を巻き起こし、軌道上にある葉や小枝を風圧で寸断する程だ。
しかし、最初の一合からこの数秒のやりとりの間で、スティーゴは一つの確信を持っていた。動きは速く、慣れがある。決して、一介の修道女がやけくそになって剣を手にしているわけではない。だが、軽い。体重は乗っているが、相手と真正面切って戦うには力不足だ。
「どうしたの!? 受けてるだけじゃ私は倒せないよ! やっぱりボスが居ないと何も出来ないのねあんた達は!」
止まぬ連撃の合間に浴びせかけられる女の暴言。フードで顔が見えなかったが、声で相手が若い女である事がはっきりとした。それにしても、ボスとは一体何のことなのか。スティーゴには全く覚えがない。やっぱり、という言葉からも彼女が常日頃何かを狙っていた事を示している。チラリ、とスティーゴは左右に視線を配った。茂みに隠れたままで未だ自身に追従してくる二つの気配。物盗りならニィネの方に向かってもおかしくはないが、その気配はない。と、スティーゴは相対している女の霊気が強くなったのに気づき目線を戻す。
「他所見なんて、余裕じゃない!」
連撃から一拍置いて、両手を振り上げるシスター。業を煮やし、叩きつけられる双剣を、スティーゴは手斧を内側から交差するようにして払った。一際大きな衝突音を鳴り響かせ、軌道を強引に無茶苦茶にされ、ブレる双刃。予想外の方向からの衝撃に痺れた腕を広げて、後ろに飛ぶ修道女を、スティーゴは逃さなかった。
一瞬にして懐に飛び込み、右手の斧を上から、持ち手を変えた左手の斧を下から振り、挟むようにして女の右手側の剣の根本を捉える。上下同時に加わる衝撃に、痺れた女の細腕では剣を握っていられない。離れたそれを体ごと捻って右足で上空に蹴り上げる。シスターの顔が飛んだ剣を追う。スティーゴは確信した。技術はあっても、彼女は戦い慣れていない。振り上げた足をそのまま左の剣の柄、握る手元目掛けて容赦なく振り下ろした。意識を飛んでいった得物の方に向けていた女に反応出来る筈もなく、剣が地面へと強引に叩きつけられ切っ先から半分程が埋まり、手が離れる。前のめりになるその体、顎下にスティーゴは左腕を差し込み、強く押すと共に足を裏からかけてシスターを宙に浮かせ、そのまま倒れこんだ。
首元に腕を押し当てたまま、動きを封じる。逆手に握っていた斧を持ち替え、刃を女の首の方へと向け直したところで、空から降ってきたもう一本の十字の剣が二人から1メートル程先に落ちてきて突き刺さった。磨き上げられた刀身が、優劣を決した二人の姿を写す。
「ぐっ……」
「動くな。これ以上は無意味だ」
身動ぎしようとする女に釘を刺すように、強い語気でスティーゴは告げる。ギリ、と音のなる手斧が首筋にあり、女も抵抗をやめた。
「ふん……殺すなら早くしてよ」
動くことはやめたものの、シスターは毅然として言い放つ。そのつもりもない事を、果たしてどう伝えたら良いものか、スティーゴは逡巡した。抑えを解けば、すぐに噛み付いてでも来そうな勢いである。どうにか説得を試みたいところだった。
「そのつもりもない。どうやら勘違いしているみたいだけれど、俺はアヴェンシスの騎士だ」
「へぇ? 騎士様ってのは女の子を生かさず殺さず押し倒すものなの」
彼女は見ての通り修道女であるから、教会の騎士と言えば話は通じるかと思っていたスティーゴだったが、どうやら彼女は大分頭に血が昇っているらしく、冷静に会話をしてくれない。
「スティーゴ?」
どうしたものかと考える彼の元に、童女の声が届いた。いつの間に樹の枝から降りてきたのか、ニィネの姿が、修道女の向こう側、ちょうど剣が落ちてきた辺りにあった。シスターを抑えこんだところから動かない彼を心配してきたのだろう。
「ニィネいつの間に……っていうか降りてきちゃ駄目じゃないか」
「スティーゴ……? え?」
小言を言おうとしたスティーゴを遮り、ふと、シスターが彼の名前を呟く。何か動揺しているような声音だ。
「ああ。俺はスティーゴ=トゥルーガ。この先にあるトゥルーガ孤児院出身の翳刃騎士、だけど……」
怪訝に思いながら答えて、手斧を握ったままの右手が修道女のフードを取る。パサリと落ちて顕になった少女の二つの瞳に、スティーゴの驚いた顔が写った。
「…………ハーティ、なのか?」
栗毛の髪。翡翠の瞳。自身と同じ年頃の、修道女。トゥルーガ孤児院現院長、ハーティ=トゥルーガ。彼の記憶が正しければ、紛れも無く、その人だった。
「スティーゴ……嘘……だって、死んだって……」
互いに、忘れる筈もない人物との思いがけない形の再開に、二人は暫しの間絶句した。