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黒月に涙哭を  作者: 弐村 葉月
第三章
19/88

国の影

 轟音と地響きが部屋を揺らす。土中に造られた部屋故に、震動と共に、鉄板張りの天井の隙間から、パラパラと砂と土片が落ちてくる。 その様子を、一人の老人が静かな瞳で見ていた。天井と同じく無骨で雑な鉄の板の張り巡らせられた広い室内の奥に、畳を一枚だけ置いたその場所に正座し、少し湯気の立つ茶を両手で持って啜っていた。断続的に、音と揺れに苛まれている筈が、彼は泰然自若としてその居住まいを乱さない。部屋には彼一人で、室内の唯一の人物が外からの騒ぎに全く動じた様子を見せない為、本当は何事も起きて居ないのではないかと錯覚させる程だ。

 老人が、二度湯のみを回し、傾けたその瞬間。それまでとは一線を画した衝撃が室内を襲った。完全に崩壊する天井の一部。そこから落ちる鉄と土の破片が音を立て、土煙と埃を巻き上げる。


「ちっ……部屋の造りが脆すぎやしねぇか。呪印程度仕込んでおいて欲しいな」


 煙の向こうで、短銃を手にした青年の影がそう悪態を吐くのを、老人はほんの少し目を細めて見ていた。






 服の袖や肩や頭の土埃を手で軽く叩きながら、シュウは不機嫌そうな目線を上げた。見えるのは、先程の部屋と殆ど変わらない空間。それと、たった一つの畳とその上の老人。


「人を招待するならもう少しばかり清潔な場所にしてもらいたいものだな。それに、俺はあまり動物は好きじゃない」


 銃を持っていない左手をポケットに突っ込みながら、シュウは老人へとゆっくりと歩み寄る。


「君には口で説明するよりも、体験してもらった方がわかりやすいと思ったのです。暗部総括殿。まあ、あまり綺麗な場所ではないことは謝罪するのです」


「まあいいさ。わざわざ人を呼びつけたんだ。それなりの要件は出してもらおうか? ヨーザ=ストレングス師匠」


 横向きの畳の前で足を止め、シュウは正座しているヨーザをジッと見下ろした。ヨーザは見上げもせず、目を閉じて口角を上げつつ言う。


「ここではただ“頭領”と呼ばれているのです。郷に入っては郷に従って欲しいのですが」


「俺はあんたに郷に入った覚えはねぇよ。一応、こちとら急いでる上に俺は気が短い。話すつもりがないなら腹から上だけ持って行くが?」


 苛立ちを隠さずに足踏みをしながらシュウが何でもないことのようにそう言い放った。内容に反して特別な事でもないような声音が、それが脅しでも何でもないことを表す。

 ヨーザは湯のみを置き、右の眼だけを開いてシュウと目線を合わせた。


「呼んだのは他でもない……君達暗部が、ここシェルモルドで何をするつもりなのかを聞き出す為なのです」


 言いながら、ヨーザは自分の脇に置いてあった急須からお茶を自分の湯のみに継ぎ足す。


「先日、と言っても一月も前。ヅドナァバ=ファミリーのエーリケが死んだ。あれもこの荒んだ世界の成り上がり。それなりの実力も、それなりの周囲の人望もあった筈。しかし弱肉強食のこの世界。そのままファミリーは崩壊するか取り込まれるのが筋なのですが……その様子もない。潜り込ませていた部下の報告によれば、国の暗部が来たとの話。まあ、その部下との連絡もその話を聞いた次の日には途絶えたのですが」


 注いだ茶を一口飲んで喉を潤すのに、ヨーザは一旦言葉を切った。


「あんまり茶飲むとトイレ近くなんねぇか爺さんよ」


「私はそこまで歳ではないのです……と、話が逸れた。さて、暗部総括殿。お主は、この場所に何を望んでいるのです? この、世間から弾かれ外れ落ちた者達の最後の行き場で、何をしようとしているのです?」


 世間からはみ出した者共の最後の行き場。シェルモルドは、そう言った者達の逃げ場所でもある。逆を言えば、反社会的な存在だったとしても、シェルモルドの中にだけでとどめておければ他方への影響は少なくて済む。無論、その無法者達が外へと出てくることがないわけではないが、大々的な動きは抑える事が出来ていた。

 だが、先月のシュウの行動はその荒んだ秩序を破壊するものだった。無論、シェルモルドの全てを壊したわけではないが、ほころびには違いない。ヨーザはそこの真意を問うたのだ。これまでずっと黙認、放置という管理方法を取られていた貝塚へ手を差し込んだその真意を。

 シュウはおもむろに煙草を取り出し咥えながら、言った。


「別に大層な理由はねぇよ。ただ、こんな場所に居る奴らでも助けてあげたいって我儘をあいつが言うから、そうしてるだけだ」


 大きく溜息のように煙を吐くシュウを、ヨーザの眼は怪訝に見上げる。


「……助けてあげたい、か。傲慢なのです」


「ふん。良いんだよ。王は我儘であってこそ、王だ。それに、その我を通させる為に俺が居る」


「では、先程お主に見せた者達はどうするのです? 術に蝕まれもはや二度と人に戻れぬあの哀れな者達も、救えるというか」


 射抜くように力が込められるヨーザの視線。シュウは煙草を捨て、靴でにじり、酷薄な笑みを浮かべた。


「ゴミと人の分別くらいするさ」


 吐き捨てるように告げられた言葉。その余韻が消えるよりも疾く、ヨーザの姿は畳の上から消えていた。同時、空気の弾かれる爆音と衝撃が室内のすべてを打ち据えた。

 鉄板に足跡を残す程の踏み込みから放ったヨーザの拳を、シュウが左の足裏を合わせて受けている。生じた威力の波に床と壁と天井の鉄板はひしゃげ、ヨーザが先程まで座っていた畳は見るも無残に木っ端微塵になっていた。


「……以前、お主の親父が言っていたのです。娘の方は歴史から見ても類稀なる才なれど、息子の方は凡にも劣る、と。それが中々、どうして」


 先程までの物静かな老人はそこには居ない。唯一人の戦士の眼光が、シュウを射抜く。だが、彼は何処か涼しい顔をしてそれを見返していた。

 やがて、ヨーザは何事もなかったかのようにその拳を収め、腕を両袖の中で組んだ。シュウもまた、足を下ろす。


「……度胸はある。力も。そして……残虐なまでの冷酷さも」


「そりゃどうも」


「救う、そう言ったが、お主が描くシェルモルドの先はどのようなものか、聞きたいのです」


「それを聞くって事は、その先が二択になるわけだが良いのか?」


「元より、そのつもりなのです」


 にやり、と何処か底意地の見えない二人の笑みが交わされる。誰が見ているわけでもない。だが、シュウは腰を曲げてヨーザの耳元に口を近づけて、何事がつぶやく。

 シュウの顔が離れると一瞬、ヨーザの眼が見開かれたが、すぐに彼は声を上げて笑い出した。












 ベルペレンの隠し部屋の出口で、シュウは一息とばかりに煙草を一服していた。この小屋、ベルペレンの本拠地というわけではなく、ヨーザがB-フォレストとの行き来に使う転送移動用の呪印があるだけの場所だったらしい。

 外、とりわけ空の端の方は既に夕闇に侵食されつつあり、ペルネッテとの約束の時間が近づいている事をシュウに知らせていた。煙草は歩きながらでも吸える、と踏み出そうとした彼の視線に、自分の足元が写る。そう、先程の動物と戯れた時の返り血その他がこびり着いた服の裾が。


「ああ……」


 いくらなんでもこれでは行けない。彼が気にしなくともペルネッテが気にする。仕方ない、といった様子でシュウは軽く耳に手を当てて呟いた。


『ケイゼン。ケイゼン、聞こえるか』


 耳元に寄せた右手の中には透明な宝石が一つ。口は動いてるものの、その声は僅かも周囲へ漏れない。暗部の使う通信方法だった。


『はい、お呼びですか総括』


 一秒も経たず、ケイゼンからの応答があった。彼は眼鏡に今シュウが使っているのと同じ宝石を持っているので、それを外していない限りは応答が一番速い。


『服が汚れた。替えが欲しい。俺の位置は……まあ言わずともわかるだろう。できれば早急に頼みたい』


『了解しました。把握しています……して』


 ケイゼンの了解を受け通信を切ろうとしたシュウだったが、最後に何か彼が言いかけたので、もう一度耳を傾ける。


『――の方はどう致しますか』


 しかし、一瞬遅れた為声が半ば途切れていた。急ぎでと言った手前のこれで少しシュウは苛立った。


『なんだ、もう一回言え』


『ですから、下着の方は入り用なのかと――』


 宝石の砕ける音がケイゼンの声を遮った。パラパラと落ちる無色の石片を、シュウは冷たく見ていた。


「……頼む相手、間違ったか…………」











 ポーター・レントの中心街より少し南にそれた場所。そこに、無事着替えを終えたシュウと、大きな白い日傘とフードで姿を隠したペルネッテの両名は来ていた。南区には大きな公園があり、いつも一定以上の人が居る。しかしそこは公園としての景観を保つ為に何かを建造する時には厳重な審査があって、大人数が集まる場所の割には店はあまり構えられていない。だがその人通りの多さは魅力的、というわけで移動屋台が多く公園内外を練り歩いているのだ。ペルネッテがシュウに持ちかけたのは、その中の一つらしい。


「今日はありがとうございます。お仕事の後で疲れているでしょうに、私の我儘に付き合っていただいて」


「別に良い。戻っても事務仕事があるだけだ。それよりは遥かにマシだ」


 ケイゼンから受け取った着替えをした後、彼はまず王宮内の自室へと戻った。そこで、どっちゃりと積まれた報告書の一山を確認していたのだった。無論、見なかった事にしてきたのだが。


「そういえば、目的の屋台って言うのはどんなものなんだ」


「ええとですね……作りは味の濃いポトフに近いらしいです。スープの色は茶色で、温かいものらしいですよ」


 ペルネッテの言葉にシュウは茶色いポトフを思い浮かべる。茶色い、となるとカレーに近いのだろうか。


「なんでも、お店は一つではなくて、いくつかあるそうです。ですから、お散歩していればその内見つかるでしょう」


「気楽なもんだ」


 言葉とは裏腹にシュウは穏やかな表情で、それとなく辺りを見回し始める。この公園は、いつでも周囲の都会の喧騒というものから離れられるようにか、通路の両側は所々高い生け垣に覆われていたり、木々に視界が阻まれたりしている。と考えれば、客商売の者がそんな通路の上には居ないのは当然だ。比較的開けていて、人も集まりそうな場所といえば、公園内には一つしかない。


「噴水の方へ行くとしよう」


「はい」


 そんなシュウの意図を知ってか知らずか、ペルネッテは嬉しそうに返事をし、シュウの腕を取った。

 公園は、中心部に大きな噴水を、そこから十字の水路に繋がり、通路は噴水のある広場を円、そこから輪を描くようにして広がっている。人の数倍はある大きな噴水だが、決して水音はうるさくなく、静かに流れる小川のせせらぎ程度に抑えられている。建物の立ち並ぶポーター・レントの他地区とは違った趣だ。


「ねーねーそこのカップルさん! チョコバナナ買ってかなーい?」


 と、二人が広場の入り口へと差し掛かるや否や、突然声が掛けられた。キンキンと耳に響くような声のうるささにシュウが顔を顰めながら右を見ると、そこにはやけに綺羅びやかだが下品な装飾のされた屋台が一つ。黒に近い茶色や青緑やピンクのチョコレートでコーティングしたバナナを串に差したものが並べられている。


「バナナですか……ここでは少々珍しいですね」


 シュウ越しに屋台を見ながら、ペルネッテがそう呟いた。ポーター・レントは大陸の少し北方よりにある。南部の特産物であるバナナはあまり出回らないのだ。


「でっしょー? 奥様わかってるー! あまーいバナナにあまーいチョコレートで頭もしゅーしゅーしちゃうよ! 一本300スエル!」


 公園の静けさには似合わない高いテンションで薦めてくる、若い女性の店主。染めているらしいラメ入りの金髪と濃い化粧。あまり見ていたくなくて、シュウは目を逸しつつ腕を取っているペルネッテを引くようにして歩を進めた。


「あおー……買ってくれないのー」


 後ろの方から声がしたが、シュウは気にしない事にした。


「出回りが少ないと言っても先々月見なおした輸入ルートで大分値が下がった筈だ。それが300スエルとは、あいつは馬鹿か?」


「まあまあ……商魂たくましい、というところでしょう」


 適当な雑談をしながら、シュウとペルネッテは噴水の周りをなぞるようにして歩いて行く。周囲には、彼らと同じように散策を楽しんでいる者や、噴水から少し離れたベンチに座り談笑している者。ジョギングをしている者等、皆思い思いに時間を過ごしていた。


「見てヨ! リーゼちゃんケイゼンくん! これチョー美味そうじゃナイ? チョコバナナだってサ! 一本300スエル」


「300スエル……? それ、原価30スエルもしませんよ? それにただ串を刺したバナナをチョコにつけただけでそれは……」


「両手一杯に持っちゃってまあ……だから毎月お給料なくなるのよジョージ?」


 一部、騒がしい者も居るようだが、全体的には落ち着いた雰囲気の空間である。


「あら、今聞き覚えのある声が……」


「気のせいだから振り向くな……お前の言っていた屋台、あれじゃないか?」


 声に振り向こうとするペルネッテを制し、シュウが前方を指差した。噴水から離れた広場の際の、一本の巨木の下に一つ屋台があった。木造で車輪のついた箱型。よく見れば、微かに湯気が立っている。屋台はポトフみたいなものと言っていたペルネッテの証言にも一致している。


「そのようですね。少し変わった、美味しそうな香りもします。嗅いだことのない匂いですね」


「ま、行ってみるとしよう」


 ペルネッテの興味が後方の喧しい連中からそれた事に内心安堵し、シュウはペルネッテの手を引いて屋台の前までやってきた。

 木造の屋台の上には、大きな寸胴が二つ並べられ、湯気を立てている。茶色いが透明な液体が満たされていて、中には見たこともない具材が色々と入っていた。


「らっしゃい」


 屋台を挟んでシュウらと反対側の赤毛の男が気怠そうにそう言った。無精髭が生え、髪も無造作。タレ目なのも相まって、どこまでも気怠そうな20代後半といった男だ。


「こちらは、なんというお料理ですか?」


「あー……おでんっていうらしい」


 はじめて見る料理に興味津々といったところのペルネッテだが、対する男の反応は薄く、あまり商売意識がないのかもしれない。


「一杯150スエルな」


「二杯いただこうか」


 ペルネッテはまだ何か聞きたそうだったが、この男に聞いても答えは得られそうにないと思ったシュウが、屋台に銀貨を三枚置き、注文をつけた。銀貨を見て枚数だけ確認すると、男は金に手をつけるより先にお椀を二つ取り出して寸胴の中から具材と汁を大雑把に入れてフォークを中に差して出した。


「このおでんとやらの屋台は幾つかあると聞いたが」


「んー? ああそうだよ。朝出来上がったこいつを屋台に乗っけて売るだけ。俺の仕事はそんだけの楽なもんさ」


 どうやら前述の「らしい」という台詞通り、この料理の造詣についてはこの男は詳しくないようだ。なら、聞いてもわかるまい。ペルネッテも理解し、仕方なくといった様子で質問しそうだったのを飲み込んだ。


「では、もらっていく。器は後で返せばいいのか?」


「屋台の上にでも置いてってくんな。居なくなってたら捨てておいてくれや。まいどありー」


 器を二つ持ち、言って、シュウは一先ず近場のベンチへとペルネッテを座らせた。湯気が立っているだけあって、お椀も少々熱い。


「こちらは……どのようにしていただくのが作法なのでしょうか」


「ポトフと同じで良いんじゃないか? フォークもあるしな」


 王宮の外とは言え、やはりペルネッテは王族である。日傘を器用にベンチに立てかけ、シュウから渡された両手の中のおでんをジッと見つめていた。シュウはと言えば、特に気にせず、器の中身に適当にフォークを差し、具材の一つを口に運んでいた。


「これは……ラディッシュか? ふむ……熱いが、美味いな。変わった味だが悪くない。よく染み込んでいる」


「ああっ、ずるいです。私も」


 先に食べられてしまったのが悔しかったのか、シュウにならって器の中のものを選り好みせずに取り出したものを頬張るペルネッテ。


「熱っ……熱いですけど、なんでしょうこれ。柔らかくて、マシュマロみたいにふわふわしてます。でも甘くなくて、不思議ですけど美味しいですね」


「冬に食べればこの熱さもありがたいかもしれないな」


 二人共、思い思いの批評を述べながら異国の食べ物に舌鼓を打った。

 やがて、料理を完食した二人は容器を先程の屋台へと返した後、噴水の周囲を散歩していた。シュウとしては、用が済んだので早々に引き上げたいところだったが、ペルネッテの気持ちを汲んで噴水を一周することだけ許可をしたのだ。彼女は正真正銘の王族である。故にこういった公務が関係しない外出は滅多に許可されない。

 噴水の周を3分の1程回ったところで、ペルネッテが組む腕を少しだけ強くし、シュウに半ばを身を預けた。


「……今日は、血の匂いがしますね」


 噴水の水音にかき消されてしまいそうな小さな声で、ペルネッテはそう言う。一応着替えは済ませたが、敏感な彼女にはばれてしまったらしい。小さく、シュウは舌打ちをした。


「そう思うなら離れたらどうだ」


「いえ。だって、貴方にそうさせているのは私の責任でしょう? ならば、背を向けるのは不義というものです」


 シュウの言葉に反し、ペルネッテはさらに腕を掴む手に力を込める。歩きづらい、とシュウが眉を顰めるもお構いなしである。


「お前が気にする領分じゃない。お前が掲げる理想の影を振り向く必要はない。ただ綺麗事だけ言ってくれていればそれでいい」


 淡々と並べ連ねるように告げられたシュウの台詞に、ペルネッテは歩みを止めた。自然、腕を取られているシュウも立ち止まる。


「それでは……あんまりではありませんか?」


 彼女の声は悔しそうに少しだけ震えていた。ペルネッテは、シュウの事をよく知っている。それは、昔馴染みというだけでなく、一国の主の娘として国の影たる暗部の長を知っているという事だ。彼女が、彼女の父が掲げる夢の旗の影に暗躍する彼らの所業を。表沙汰には決して許される事のない彼らの事を。


「それがこの国の形だ。ペルネ。お前が綺麗事を言い続けてくれる事が、俺達の誇りになる」


 シュウの声音は静かながらに力強い響きを持って、ペルネッテの耳に届く。不意に、彼女は顔を上げて、掴んでいたシュウの腕を引っ張ると自分と相対させた。


「シュウ君、しゃがんでください」


 何故、と彼が言葉を返す前にペルネッテはシュウの腕を引っ張って少々強引にしゃがませる。腕から離した手を、彼女は自分より低い位置となったシュウの頭の上に乗せ、ゆっくりと撫で始めた。


「……何の真似だこれは」


 されるがままになっているものの不満気に唇を尖らせる彼に、ペルネッテは優しく微笑む。


「一人の妻として、夫の労をねぎらうくらいは、許してくださいな」


 慈愛に満ちながら何処か物悲しそうな声音に、シュウは何も言い返せず少しの間ただ黙って目を閉じていた。

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