スティーゴ=トゥルーガ
闘技場での一件から二時間程。マロナはスティーゴとニィネと共に掲剣騎士団達の地下食堂で夕食を摂ることにしていた。一度に数百人程度は収容出来るだろう巨大な石造りの空間に、簡易な鉄製の長テーブルと椅子が並べられているだけで、余計な装飾など一切ない。出入り口は三方の窓のない壁の片端に両開きのものが1つずつつけられ、恐らく正面と呼ぶのだろう扉のない方の中央にカウンターのようなものがある。一般的な食堂と違ってその日出てくる食べ物は決まっているらしく、そこから自分で配膳して好きな席に座る方式だ。マロナは先を行くスティーゴに習い、トレイに並べられた今日の夕食を受け取り運んで席についていた。部外者を二人も連れているせいか、それとも元々そういう気質なのか、スティーゴはわざわざ室内の端の一角に陣取った。
「そういえば、まだ君の名前も聞いていなかったね。聞かせてくれるかい?」
手を合わせ、食事にとりかかること数分も経たず、スティーゴはそう口を開いた。ん、とマロナがパスタを巻いたフォークを口の前で止めながら顔を上げる。
「……マロナ。マロナ=ラル=ロックテールだ」
食べる手を途中で止められたのが少々不快だったのか、ぶっきらぼうに手短に名乗り、噛み付くようにパスタを食べた。
一方で、スティーゴは自分が名乗るのも忘れ、目を見開いている。
「ロックテール……もしかして、マロリの」
「そうだよ妹だ」
なんでもないことのように、普段通りの無愛想な様子でマロナは答えた。
マロリ=ラル=ロックテール。二年前にアングァスト会戦で戦死した翳刃騎士の一人だった男だ。ロックテール家に発現する変質術の使い手で、陽気な仲間だったと、スティーゴは記憶している。いつも振り回されて過ごしていた二年前を思い出し、懐かしさに彼は少し目を細めた。
「……死んだんだよな、兄ちゃん」
まるで己に言い聞かすようにマロナは零す。スティーゴには返す言葉が見つからなかった。
「アタシさ、ニグランドから出たのが今回がはじめてでさ。兄ちゃんが死んだってのも、ちょっと風の噂で聞いたみたいなとこあってよ。イマイチ、信じられなかっていうか」
ニグランドはここアヴェンシスより北北西の島で、ノラル領だ。アヴェンシスとは長きに渡り争いが続いている。となれば情報もあまり入ってこないだろうし、信憑性にも疑いが残るところだ。
スティーゴは、トレイの上のコップを持つと一息に中身の水を飲み干し、意を決して口を開いた。遠い敵国から遥々兄の消息を探しに来た少女。例え事実が辛くとも、真実を教えるのがせめてもの救いだと彼は考えた。
「マロリが死んだのは、ここから北東の方角にある霊峰アングァストの麓での戦争。アングァスト会戦でだ」
そう口火を切ったスティーゴをマロナは真剣な眼差しで見る。瞳の揺れが、聞きたくないという思いの一部を表すが、彼女は視線を逸らさなかった。
「死んだのは、間違いない。俺の目の前で殺されてしまったから」
口惜しそうにスティーゴはそう吐き出した。俯く彼に、隣に座っていたニィネが心配そうに水を差し出す。
「ありがとう。でもいいよ。自分で取ってくるから」
小さく笑いながら礼だけ言って、彼はコップを片手に席を立った。行き場を失ったコップをニィネは自分のトレイに戻しつつ、斜め前に座るマロナをジッと見る。視線に気づいたマロナが眉間に皺寄せながら言った。
「……なんだよ」
強気な口調だが、そこにいつもの勢いはない。かつての仲間が言った死だ。それも、目の前でと言った言葉に嘘偽りがあるとは思えない。ニィネはゆっくりと、口を開く。
「ともだち……いなくなるの……さびしい」
ぎゅっ、と服の胸元を左手で握った。
「ここが、いたくなる。スティーゴも、きっと同じ……マロナも?」
ニィネの表情は変わらない。感情が表に出ないのか、それでも、マロナにはニィネの言っている事がしっかりと伝わった。
「ああ」
先程よりも幾分か語気を強くして、マロナは答える。そうしているうちに、スティーゴが水を汲んで戻ってきた。すかさず、マロナが問う。
「兄ちゃんを殺したのはどんな奴だった。あんた、見たんだろ」
先程とは打って変わって、強く瞳の奥に感情を滾らせるマロナの言葉に、スティーゴの表情が険しくなった。
「……復讐でもするつもりかい」
相手の事を聞くということだろう。先程までの柔らかい雰囲気から一変、そこに居るのは一人の厳格な騎士だった。苦虫を噛み潰したような表情で、マロナは言った。
「わかんね。兄ちゃんがやられた相手なら、多分アタシがどうこう出来るもんじゃないってのはわかってる。でも、知らずには居られない」
スティーゴには報復行動というものを否定する事が出来ない。自分自身も、同じ感情に囚われた事がある。もしかしたら今もなのかもしれない。そんな自分が「復讐なんてやめろ」とは言えない。しかし、今回はそれだけの話ではない。もしかしたらそれで良かったのかもしれないが。スティーゴは静かに目を閉じた。
「……吸血鬼だったよ。でも、もう死んでいる。マロリを殺したその後で、同じ戦場で」
「あんたが、やったのか?」
マロナの言葉にスティーゴは首を横に振って目を開いて視線を落とした。
「いいや。俺は、何も出来なかったよ。討ったのは巫女様。メルシアさんだ」
巫女。メルシア。それがどういった存在なのか、マロナにはわからなかった。教会に辿り着いてから会ってきた人物を思い浮かべるが、巫女、と言った感じの女に会った覚えはなかった。強いて言えば、騎士団長とやらの部屋に金髪のなんだか偉そうな童女が居たが、それではないだろう。そう思い立ったところで、彼女の隣から声がした。
「私の事を呼んだかな?」
驚き、上半身だけ飛び退くように引きながら、マロナは声のした右隣へと目を向ける。そこには、彼女がたった今思い浮かべた童女が頬杖をついて座っていた。
「あ、あんたが巫女なのか? ガキじゃねぇーかっ!」
びっくりして高鳴る心音を感じながら、マロナはそう言う。その光景を見て、スティーゴは苦笑い、ニィネはぽーっとした様子でマロナと突然現れたメルシアを見ていた。
「随分な言い草だな小娘。私は今はこんな形だが、少なくともお前の100倍近くは生きているぞ」
「はいぃ?」
何を言っているのかわからない、とマロナはぐぐっと首を横に傾ける。それはそうだろう。どう見てもニィネとそう歳の変わらなそうな童女が千年も生きていると言うのだ。疑問に思うなという方が無理だ。
「理解が及ばないとは思うが、事実は事実だ。何か聞きたい事は?」
事実と言われても、と思うマロナだったが、巫女は忙しいのかトントンと話を進めようとするメルシアに、少し慌てて聞く。
「あ、あんた強いのかよ」
実際のところ、兄だったマロリがどの程度強かったのかマロナは把握していない。だが、ロックテール家の変質術を教えてくれたのは他ならぬ兄だった事だけは鮮明に覚えていた。それ故か、彼女の中でのマロリの強さはかなりのもの、という事になっている。そこから沸いた問いだったのだろう。
ふむ、とメルシアは指を顎に当てながら少し考えた後に答えた。
「まあ伊達に長い間生きてはいないさ。それだけか? なら私は行くぞ。騎士団長と鍵乙女に夕食を配膳してやらないといけないんでな」
ひょい、とメルシアは立ち上がったかと思うとふわりと浮かび、その場を離れようとする。
その手を、マロナは飛びつくように掴んでいた。
「ちょっと待った!」
「ん、どうした。まだ何かあるのか」
宙に浮かんだままで向き直り、腰に手を当てるメルシア。手を離し、マロナは言った。
「鍵乙女って、あいつの事だろ。話があるんだ。一緒に連れてけ」
ジッとメルシアを睨むような視線。苛立ちが感じられるが、それはメルシアに向けられたものではないだろう。そういえば、と昼間アーノイスにマロナが何事か言っていたのをメルシアは思い出す。が、彼女は首を横に振った。
「駄目だ。鍵乙女の場所への立ち入りは禁じられている」
「じゃあちょっとこっち連れてこいよ」
無茶とも言える要求に、メルシアは小さく溜息をつく。教会の最重要人物を呼びつける、という芸当をしたのは後にも先にもマロナくらいかもしれない。
「会うかどうか、聞くだけ聞いてみるが期待はしない事だな。お前、名前は」
「マロナだ」
はっきりしない返答にマロナはまだ少し不満だったようだが、取り敢えず話をしてみるという事に一応納得したらしい。
「あいつが会うと言ったら知らせてやろう。二時間もして何も無ければ無理だったと思えよ。じゃあな」
言って、メルシアはくるりと振り向いて去って行った。
話の見えなかったスティーゴが、遠慮がちにマロナに聞く。
「えっと……鍵乙女様の事、知っているのかい?」
スティーゴの方に向き直り、腕を組んで鼻を鳴らしながら、マロナは明後日の方向を向きながら答えた。
「鍵乙女様ってのの事はよく知らねぇけど、あいつの事は少しは知ってる。多分」
要領を得ない答えにスティーゴは首をかしげるが、マロナはそれ以上言わず黙って、すっかり冷めた夕食をかきこみはじめた。
――深夜。第拾壱修練場。
屋外に設置されているそこは、優しい満月の明かりが降り注ぎ、一人の青年の影を映し出していた。双子の手斧を両手に握り、昼間の騒ぎから一変して元通りに修復された舞台の上を滑るように駆け、時に力強く踏み、飛びながら、二つの刃で空に弧を描く。まるでその動きは、彼にしか見えぬ敵を相手にしているかの如く鋭く、疾く、滑らかで柔らかく不規則だ。強く短く繰り返される呼吸。それと共に雫となって飛ぶ汗が舞台の上に小さな染みをつくっていく。
翳刃騎士スティーゴ=トゥルーガ。二年前の魔狼の叛乱、その一連の動乱の中で仲間であった翳刃騎士全てを失い独りとなった青年。二年もの間彼自身もまた音信不通であった為、教会側からも戦死したものと思われていた人物でもある。アヴェンシスより北方にある孤児院にて、厄災孤児として保護され育てられた。物心ついた時には既に霊力を扱うという才能に長けていた彼は、偶然その孤児院に立ち寄った当時の翳刃騎士隊長バーンによって才を見出され、同行することとなった。
スティーゴが一旦動きを止め、独り武闘をやめた。汗は顎先から滴る程だが、呼吸は乱れていない。ふっ、と一つ少しだけ力んで息を吐くと共に、彼の姿が忽然と消えた。それと共に、黄色がかった光の円盤が舞台より遥か上空へ螺旋を描きながら高速で舞い上がっていく。その先、修練場の周囲を取り囲む教会の建物を遥かに越えた先の上空、アヴェンシスの街並みが一望出来る程の高さに、スティーゴは立っていた。霊翔。体の内より霊力を発し、飛翔する技術だ。騎士の養成学校では、まずはじめに纏霊。その後に霊力を足場に宙に立ったり、壁に張り付いたり等の術を教えられた後、修得させられる基本技能の一つだ。全身に霊力を行き渡らせる纏霊。それを使っての飛翔、霊翔。高空に達して足場を形成し直立する。これら一連の動作を一呼吸の一瞬で行う事が出来るのは、世界を見回してもそうは居ない。さらに、彼は手に持って下げていた手斧を二つ投げて操作もしているのだから。
螺旋を描きながら昇ってくる手斧に合わせ、スティーゴの両腕が水平に広がり、そこに吸い込まれるようにして光を纏った斧が翔び、開いた掌に触れる直前で止まった。自身の霊力を武器に纏わせる事。常に手に持っている、もしくはただ込めて放つだけならいざ知らず、投擲したものを操れる程まで、その繋がりを維持出来るのはもはや才能によるところがある。不得手な者では通常の訓練では到底身につく事はない。
開いていた腕を下ろし、スティーゴは深く息を吐いた。その向日葵色の視線は、夜のアヴェンシスの街を写している。時は深夜。清廉である事を美徳とするアヴェンシスの風潮もあり、建物の明かりが漏れている所は少ない。が、常夜灯により教会を中心に放射状に走る主要な通りが、均等な感覚で重ねられたアステリスク記号のように浮かび上がっている。世界に初代鍵乙女が現れた後、それを指示する者達の手で建てられたというここ始祖教会。戦年もの昔からこの場にあり、栄え続け人口が増え、今のような一大都市になったと言われる場所。掲剣騎士、翳刃騎士そして従盾騎士。三様ある騎士の総本山であるここには、無論スティーゴの部屋も用意されている。バーンに才を見出された時に、それまで住んでいた孤児院を出てきた彼にとっては、そこは自宅と呼ぶに相応しい場所だろう。だが、彼にはどうにもその実感が無かった。翳刃騎士とは、アヴェンシスに留まらず友好な国々の各地へと出向き、フェルを討伐する任を負う騎士である。フェルは、その力が強大になる程に、活動域を狭める傾向にある。その理由は諸説あるものの、はっきりとした結論は未だ出ていない。力のあるフェルが一箇所に居着くという事は、その周辺に生命が栄える事が出来ないのとイコールであり、彼らが向かうのはいつも人里離れた方々だ。それ故に、彼ら翳刃騎士は世界を常に転々と旅をし続ける定めにある。だから、少年期の頃から翳刃騎士に連れ回されていたスティーゴにとっては、ここは世界各地にある教会と同様ただの休息地という感覚に過ぎない。違うとすれば、教会総本山たるここには基本的に、教会の最高戦力とされる掲剣騎士団長と巫女の二人が在住しており、また多くの掲剣騎士も居るためあまり彼自身が気を張らずともいい、という事だろうか。
「女神讃える街の夜景か。存外、悪くない」
そんな、ふとした気の緩み。油断というにはあまりにも残酷なその一瞬に、男の声がスティーゴの耳に滑りこむように届く。同時、スティーゴは両手の先に浮かばせていた手斧を手中に引き寄せ、半回転して背後に振るう。夜闇に火花が散り、それから逃れるようにスティーゴは“足場”を蹴って後ろに飛んだ。手斧を構え、見据える視線に写る、目元から鼻を隠す鳥を模したような仮面をした長身痩躯の男。右手を腰に当て立つその姿は何処か気品が漂う。手斧が何かとかち合った感覚と散った火花から相手も何か金属の武器と呼べるものを持っているのだろうが、自然体に下げられている右手には何も手にされていない。咄嗟に振るった手斧の一撃で弾き飛ばせるわけもない。だが、そこには何もなかった。
「ほう。よく受けた」
スティーゴが一連の情報を確認するのを待っていたかのように、仮面の男は口元を歪ませる。そこへ、スティーゴは飛び込んでいった。
空を蹴ると共に左手の手斧を投げる。弧を描き男へと向かうそれを追い越すように加速して、右の斧を横薙ぎに振った。その進路に直角になるように、男が左手を下から上に振るう。金属音を響かせて手斧が何かに阻まれた。よく見れば、男の左手は何かを握っているようにも見える。目に見えない武器なら、とスティーゴが霊覚でその正体を探ろうとするが、彼の脳に写る男の左手の先の像は、一本の2m程の棒がまるで靄に包まれたように、いや棒状の雲を掴んでいるようにしか映らず、定形を認めさせない。だというのに確かにそこにありスティーゴの打ち込んだ手斧とかち合っている。しかしスティーゴは慌てず、努めて冷静にその事実を認識していた。相手が正体不明など、フェルと戦う身としては常だからだ。
肉薄する前に投擲した手斧を呼び戻し、男の背を狙う。
「ふっ!」
不自然に急カーブを描き向かってくる斧が加速しながら飛んでくるのに合わせ、スティーゴは強く息を吹きながら押し合っていた手斧を強引に押し切った。「棒」の上で手斧を滑らせるように進み、そのまま相手の下方へと潜り込む。と共に、回転しながら宙を突き進んできた手斧が男の背の間近へと飛来した。くるり、とスティーゴが体を捻る。先程までと正反対の向きで男の方を向く体勢。世界を逆さに見たそのままで、スティーゴは飛んできた手斧の峰を蹴り、叩き込んだ。
見えぬ刃と甲高い金属音。先程よりも遥かに大きな、爆発のような衝突音と衝撃波が二つの影を吹き飛ばす。突風に揉まれながら、スティーゴは蹴った方の斧を器用に手に取り、霊翔して姿勢を直立へと戻す。相対していた仮面の男も、まるで何事もなかったかのように、スティーゴの反対側に佇んでいた。
「中々、果敢な攻め方をするようになった」
嬉しそうに、男は笑う。下げている見えぬ剣線は余裕ではなく戦意の消失を表す。スティーゴもまたそれを確認すると、構えていた手斧を下げ、軽く、礼をした。
「お久しぶりです……クオン師匠」
くっくっと、クオンと呼ばれた男が喉の奥で笑う。
「その呼び方はやめろと言った筈だがな。教会の人間である筈の貴公に敬われる謂れなどない。単に、戯れだ」
クオン。その名を知らぬ者は教会の人間では殆ど居ないだろう。二年前に起きた魔狼の叛乱。それと同じくして、教会へ反旗を翻したのが彼、エトアールの亡霊と呼ばれた者達だ。彼らは教会に国を滅ぼされたとして、前騎士団長ダズホーンその他多くの騎士と教会の最高意志決定機関であった審判団を殺害し、現鍵乙女アーノイスら教会の重要人物までもを狙い、そして“儀式”の要たる“門”を破壊した張本人。それが彼、クオン=ツェン=エトアールだ。魔狼が教会へ牙を剥く数ヶ月前、彼ともう一人のたった二人でここアヴェンシスに攻め入り、最後は魔狼の手によって倒された。その後は姿を消し、教会からも追われている身というわけではないが、それでもそんな人物がこの始祖教会の中に姿を現すなど非常事態も良い所である。だが、スティーゴは別段動揺した様子を見せない。それどころか、師、と敬う始末である。端から見れば、スティーゴ自身の信にも関わるが、幸い時間が深夜で人の使わない第拾壱修練場ということもあり、辺りに人目はなかった。故に、クオンも堂々と現れたのだが。
「お変わりないようで、何よりです。アヴェンシスに来ていたんですね」
戯れ、と自分の行動を嗤うクオンに、スティーゴは少し微笑みながら返した。そういえば、とクオンが何かを思い出したようにスティーゴの方を向いた。
「貴公を探している少女と会った。確か、マロナとか言った筈だが」
「会いましたよ。俺の……死んだ仲間の妹でした」
「そうか」
失った仲間を思ってか、声に覇気のなくなるスティーゴに、クオンはただ了承の意だけ延べ、くるりと踵を返す。
「我はこれから南へと向かう。そっちの方に居ると先程連絡を受けたのでな。では」
ス、とクオンが左手を上げる。とその隣に突然と黒紫のメイド服を来た美女が現れた。夜闇から染み出したように。その手には巨大な鎌を手にし、背後にはそれで切り裂かれたのだろう空間の断裂が見える。
「また会おう」
その断裂へと踏み入る間際、クオンはそう言って裂け目の奥へと消えた。女もまた深く一礼して、後へと続く。
途端に静けさを取り戻した修練場の上空で、スティーゴは静かに手斧を腰のホルスターへと納めるのだった。