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黒月に涙哭を  作者: 弐村 葉月
幕間
11/88

無辺の中で

 暗がり。闇。暗闇。暗黒。常闇。深淵。この場所を言い表すのには、それらの言葉だけで十分、いや、他にないだろう。風もなければ暖かさも冷たさもそこにはなく、ただ空間だけが広がってそこにあるだけだ。

 無辺に広がると思えるその黒一色の空間には、一人の人間と一柱の巨人。大きさの差は酷く、対比するものも一切の風景もないおかげでわかりづらいが、優に百倍以上はある。巨人には首がなく、背に四対の自身を覆えそうな翼を生やし頑強そうな筋肉が盛り上がった裸の上半身に膝の上までくらいに腰布を巻いている。その腰布までもがこの暗闇の中で唯一の光源たる純粋なる光を発していた。その光りのお陰で、もう一人の人間の容姿がわかる。年は二十歳前後、黒い髪に黒い瞳をし、白いカッターシャツに黒のベルボトム。顔立ちは端正で薄く笑みを浮かべていた。二人は相手の存在を認知しつつただ立っている。いや、巨人の光に照らされる空間に床や壁や天井や地面や空といったものは何一つなく、立っているのか浮いているのかの区別が付かない。

 ゆっくりと、両者は動いた。巨人が左手で拳を作りゆっくりと引く。合わせ、青年も右腕を引く。お互いに拳の向く先を合わせ、激突した。リーチが違う故か、青年は動かず、巨人の一撃に己の拳で真っ向から撃ちあう。直近で雷が落ちるよりも遥かに激しい衝突音が空間を割らんと鳴り響く。


「そろそろ、外では時期が来ますかねぇ……」


 完全な静止を見せる押し合いを演じる中、ポツリと青年が口を開いた。首のない巨人がそれを聞いているかはわからない。と、青年の姿が消える。力の均衡を失った巨人の拳が前のめりになり、さらに加速をつけて吹き飛ばされた。少し進んでから、七枚の翼の羽音と共に背後に振り返る。先程まで巨人の居たその場所に、彼は居た。赤く染まった右手に、巨大な一翼を握って。顎を引き、眼下の巨人を見やり、青年は呟く。


「折角近くに来ていただけるのですから、僕としてもゆっくりしたいですし。早めにお黙りになっていただきましょうか」


 そう言い切ると、青年の血塗れた手から闇が、黒い焔のようなものが静かに吹き出した。禍々しく揺らめくそれは手を伝い巨人の翼に絡みついたと思うと一気に燃え盛るが如く広がり、覆い尽くした。光放つそれを飲み込み、徐々に小さくなって青年の手の中へと戻る。一瞬、笑みを深くした青年の左目が一瞬満月のような光を放っていた。それを隠すように、青年は右手で自分の顔を覆う。隠れ切れない口元が、弧を描く。巨人もまた、両の拳を握り締めていた。力む全身が怒りか戦意かのどちらかを如実に表している。それは、首のない巨人からでも十二分にわかった。

 固く握られていた巨人の拳が、開かれると共に勢い良く突き出され、その掌から光の柱が伸びる。己目掛けて一直線に迫るそれを、空を蹴り舐めるようにギリギリで避けつつ巨人へと肉薄した。そして、発射口たる掌を過ぎ、その手首を蹴り上げ、踏み台にして再度飛ぶ。青年の左腕が巨人の胸部に突き刺さった。青年に向かって吹き出す鮮血が彼の姿を赤く染める。同時にその反対側、巨人の背中の一翼の根本から黒闇が噴出し、先程と同じように翼を喰らう。と、青年の喰らいつく胸部目掛け巨人の左腕が迫った。真っ赤に染まった腕を引きぬき青年が退避、巨人の腕がその傷口を叩き、再び血が噴き出した。避けた青年はそのまま巨人の肩を駆け上がり、下り、黒闇に包まれた翼の根本を掴んで引きちぎり、その闇を吸い取る。そのまま背を駆け下り次の翼を狙わんとする青年の周囲の足元に、突如として巨人と同じ色をした小さな手が幾多も生えて囲んだ。小さい、とは言っても通常の人のサイズである青年の腕と遜色ない。青年は駆け下るのをやめ、足元にしがみつこうとする手を黒闇を放って消滅させると共に蹴って飛び出した。霊翔した体を反転させつつ、減速して止まる。巨人もまた、既に青年の方に振り返っていた。青年が剥ぎ取った翼は右背側の二枚。だが、最初に奪った筈の翼は既に少しずつ新しいものが生え始めている。彼の方から見えるべくもない位置だが、子葉のようなそれが小刻みに震えながら生えてくる様を、彼は霊覚でもって把握していた。くすり、と青年は笑う。


「調子でも良いんですか? 今日は随分と再生が早いですね。まあ少しばかり退屈しないで済みそうです。最も、貴方に首があれば少しばかり会話でも出来そうなものですが……なんて言っているとシヅカさんに怒られそうですね」


 ただの直立の体勢から、青年は立ち方を変えた。腰を落として上半身を立て、両腕はだらりと力を抜く独特の体勢。薄ら笑みの消えた冷たい黒目が、静かに光る巨人を見据えた。黒闇が青年の体に纏わりつく。







 白い巨人と黒の人が戦い続ける。無辺の世界の中。虚無に満たされた世界の中で。喰らいあうように。

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