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『あの人の手紙』

作者: レイカ

『あの人の手紙』


さわやかな春風が頬をなでる。

木の間に渡されたロープに干された真っ白に洗われたシーツが風に煽られて太陽の光を遮った。


「ふぅ、今日の家事はこれで終了っと」


誰に言うともなくつぶやいたのは、春の日差しにも負けないさわやかな笑顔を持つ女性だった。

名を風香という。

先日結婚式を挙げたばかりである。

小さなこの村では結婚式は一大イベントであるため、村中総出で祝いの宴を催してくれたのがつい昨日のことのように風香の脳裏によみがえった。


「風香!」


穀物の畑から手を振るのは風香の愛しい相手。

にこやかに風香に向かって手を振る男は、農作業には慣れていないといった感じの様子だった。

手にもたれた鍬をぎこちなくふるって土を耕している。


「無理しないで、疲れたら少し休んでね」


風香の声に笑顔で答える男。

どこからやってきたのか、怪我をしてこの村にたどり着いた所を風香の父親に助けられて、自分のことを覚えていないという男を放り出すわけにも行かず、風香のうちで面倒を見ることになったのである。

自分のことは覚えていない男だったが、体力もあり、知識も豊富で、村人たちの仕事を手伝ったり、怪我の治療の仕方などを村人に教えたりしていた。


風香の目が細められる。

一月ほど前の光景が風香の心に映し出される。

父が戦場に旅立った日のこと、早くに母を亡くした風香にとってたった一人の肉親である父が兵として戦場に行くようにとの手紙を受け取った日のこと。

都からの徴集に断れるはずもなく、風香を残していく事を最後まで心配して父は旅立った。

その父親の戦死の知らせ。

泣くことさえ忘れた風香に彼は何も言わなかった。

ただ優しく風香の肩を抱き寄せた。


「戦争なんて・・・嫌い・・・」


つぶやいた風香の言葉が、男の記憶のどこかに引っかかった。




風が強く吹いた。

いつの間にか風香は考え事に夢中になっていたらしい。

慌ててシーツを取り込み、男のいた畑に目を向ける。

男も畑の真ん中で何事か考え込む仕草をしていた。


「あなた!雨が降りそうよ、そろそろ戻りましょう」


男に風香が声をかけると、男も我に帰って風香に手を振る。


「わかった、今行く!」


春の温かい日差しがいつの間にかすっかり黒雲に覆われ、嵐の気配を見せていた。

何か悪い予感めいたものを感じて風香は身震いする。

風香の後ろにいつの間にかやってきた男が、そんな風香の肩を抱いた。


「風香、話がある」


男の表情が翳りを見せたのを気づかない素振りで風香は明るく返事する。


「とにかく家に入りましょう、すぐに夕飯の支度をするわ」


肩に回された男の手をきつく握り締める風香。


「そうだな」


男も風香の不安に気づかない振りをした。

二人の間に微妙な空気が流れる。




「思い出したの!!」


夕飯のシチューに手をつけることも忘れ、風香は男の話に耳を傾ける。

その内容に、思わず声を上げてしまった。


「手紙が・・・来たんだ・・・」


男に手渡された手紙には、男が軍隊を指揮する指揮官であった事、彼が行方不明になって捜索を行っていた事、彼の復帰を心待ちにしているということなどが書かれていた。


「私は行かなければいけない、仲間の下に」


窓の外で春雷が鳴った。

ぽつりぽつりと振り出した雨がやがて大粒の雨になり窓を叩く。


「嫌!絶対に嫌!父さんのように帰ってこないかもしれない!そんなの絶対いや!!」


風香の瞳に悲しみとも、怒りともつかない光が燃える。

男はそんな風香をじっと見つめ、静かに語った。


「風香、私は君に会ってこの戦いの意味を考えるようになった」


男の顔が風香の見たことも無い表情を見せる。

決意を秘めた瞳が風香の心に突き刺さった。


「この戦いに意味なんてない、君のあの時の背の震えを私は忘れない、あんな哀しみをこれ以上生むことはない」


男の決意が固いことを感じる。

もう何を言っても無駄なのだ。

男は決心してしまったのだから。

知らず、涙が頬を伝う。


「私はこの戦いを終わらせなければいけない」


男に背を向け、冷めたシチューの器を手に竈に向かう風香。


「シチューが冷めちゃったわね、入れなおすわ」


「風香!」


椅子から立ち上がった男がシチューの湯気の向こうに見たのは、にっこりと微笑む風香の姿だった。


「いってらっしゃい」


これ以上は無いというほどの哀しい、しかし極上の微笑を浮かべて風香は男に向かって湯気の立つシチューを差し出した。

男が風香を抱きしめる。

シチューの器が音を立てて床に落ちた。


「約束する、必ず、必ず帰って来る」


風香の肩が小刻みに震えた。

両腕が男の背にまわされる。

やがて小さな嗚咽が漏れ始めた。

男も風香をきつく抱きしめながら何度も何度もつぶやいていた。


「必ず帰ってくるから」


その夜は二人、言葉を交わしはしなかった。

ただ互いに温もりを確かめ合うように抱き合った。




男が旅立って半月が過ぎた。

毎日風香は男の分も食事を作り、男のために花を飾った。

男の好きだったゆりの花。

いつ男がかえって来てもいいように。

いつ帰って来ても笑顔で迎えられるように。




季節は移り、いつの間にか春風が吹き始める頃、風香の元に一通の手紙が届いた。

手紙を見た風香の瞳から涙が溢れ出す。

涙を拭い風香が家に入ろうとドアに背を向けたとき、背中に懐かしい声が聞こえた。


「風香」


ゆっくりと風香が振り返る。

見送ったときと同じ、極上の笑みで風香は男を迎えた。


「ただいま」


男が風香に優しく微笑む。


「おかえりなさい、あなた」


風香は男を抱きしめた。

きつく、きつく、二度と離すまいというように。

男も風香を抱いた。

愛しげに、風香の体の一つ一つを確かめるように。


「さあ、中に入って」


家に入ると、再び二人はきつく抱きしめあった。

男の瞳に窓辺の花が移る。


「ありがとう」


男が囁いた。

その唇を自分の唇で優しくふさぐ風香。

男の唇は冷たかった。

その後は二人は何も言わなかった。

ただ黙って互いの存在を確かめ合った。

どのくらい時間が過ぎただろうか、不意に男が風香から体を離した。


「風香・・・」


何事か言おうとする男の言葉を遮って風香が言う。


「ありがとう・・・」


風香の瞳から大粒の涙が流れ落ちる。


「わかってるの、もう貴方は行ってしまうのね」


男が風香を抱きしめる。

その体は冷たかった。


「約束を守ってくれたのよね、ありがとう、もう仲間の元に行って」


男の姿がだんだんに薄れていく。

風香の服のポケットから一通の手紙がこぼれ落ちた。

男の死を告げる手紙が・・・。

消え行く寸前、男がいった言葉。


「風香、愛してる」




それから2度の春が巡った頃、ようやく戦争は終わった。

たくさんの犠牲と、たくさんの哀しみを残して・・・。

この戦争で何が得られたのか風香は知らない。

少なくとも、風香の目に映る戦争のもたらしたものは哀しみと別れだけだった。

今この国には平和が訪れたけれど、世界のどこかでまだ人は争っている。

豊かさを求めて、あるいは自分の主張を認めてもらおうと。

一体いつになれば、人は争うのをやめるのだろうか?

争いが何も生み出しはしないと気づくのだろうか?


さわやかな春風が風香の頬をなでた。

けれど、風香はその春風に血と硝煙の臭いが混じるのを感じていた。

もうあの日に戻れはしないのだ・・・。


「誰が悪かったんだろう・・・」


風香のつぶやきは春風にさらわれていった。


                  END


歌そのままともいえますが・・・。

歌の歌詞に肉付けして見ました^^;

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