act21最高の殺し文句
×月○日
琉依とイギリスへ行こうか悩んでいる時、みんなが夢へと向かっている事に少し不安を覚えた。自分だけが取り残されているって……。そんな気持ちの中、私はイギリスへ……
インターホンを押さずに、合鍵でそのまま琉依の家に入る。いつもと変わらない事なのに、今日は緊張していた。
二階の琉依の部屋のドアを開けると、中にはすでに荷物が入った段ボール箱がたくさん積んでいた。生活感の無い殺風景な部屋の中で、琉依は一冊のアルバムを見ていた……って、
「こ、こらこら〜っ! どこから引っ張って来たの! 恥ずかしいから捨てなさいよ!」
琉依が見ていたアルバムは、幼い頃の私と琉依の写真がたくさん収められた物だった。恥ずかしいから、それを取り上げようとしたが琉依はそれを拒んだ。
「何で? こんなにも可愛いのに。本当、何で気付かなかったんだろうなぁ。君は妹なんかじゃないよって」
アルバムを見ながら、琉依は呟いていた。
また……恥ずかしい事を平気で言うんだから。
「今頃、私の魅力に気付くなんて遅いわね」
「そうだね」
笑って答える琉依を見ていると、言っている私が恥ずかしくなってくる。
「琉依、今から真面目な話をするから聞いてね」
そう言うと、琉依は見ていたアルバムを閉じて私の方を見た。琉依の真っ直ぐな目に、思わず自分の決意が揺らぎかける。
「私、自分が思っていた以上に琉依が私の事を考えてくれていた事、すごく嬉しかった。だから、私もちゃんと考えたよ。これからの事を……」
落ち着きながら話を始めた私を、琉依は黙って変わらない真っ直ぐな目で見ている。
「一緒にイギリスへ行こうと言ってくれて、本当に嬉しかった。琉依は私を必要としていてくれてるって、すごく嬉しかった」
……好きだよ、琉依……好き。
「私は琉依が好きだよ。一緒にいたいです。自分の手が届く所に琉依にいて欲しいと思ってる。だから……」
……好き。この気持ちは変わらない。
「だから……、一緒にイギリスへは行けない……」
私の言葉に琉依は驚きもせず、何も言わずただ私を見ている。私の好きなその目で……。
「琉依が好きだから、本当は行きたい。けど、行ったらそこでまた琉依に甘えてしまう。それに、自分がイギリスにいる意味を堂々とみんなに言えないから」
笑顔で私の話を聞いている琉依……。その笑顔にはどんな意味が込められているの?
「だから、こっちで私は頑張るよ。自分がしたい事を自分で決めて、現実にする為に頑張るから……。琉依の隣で堂々と出来るようになったら……出来るように……」
やばい……ちゃんと言うつもりだったのに、涙が溢れてきた。涙なんか見せても琉依には通用しないから無駄なだけなのに。
必死に涙を止めようとしてもすればする程、自分の意志に逆らって流れてくる。
そんな私の流す涙を、琉依が優しく拭った。そんな時も、琉依は何も言わない。
私は琉依の手を自分の頬から離すと、改めて琉依の顔を見上げた。
「琉依の隣で堂々と出来るようになったら、イギリスに行くから」
琉依の顔が、少し明るくなったのを私は見逃さなかった。
「私がそっちに行くまで何年かかるか分からない。もしかしたら、その間に琉依がイギリス女と付き合ってしまうかもしれない……」
琉依はうんうんと頷いている……(やっぱり、あんたは国際的バカだわ)でも……
「でも、そうなったら今度は私がアンタを誘惑してやる」
一瞬、琉依の片眉が上がった。そんな事を構わず私は琉依のシャツを掴み、琉依を自分の方に引き寄せた。
「アンタに別に好きな人が出来ても、もう一度振り向かせて今度は二度と離れられなくなる位、魅力的な女になってやるから」
うまく言えてるのかな……。こんな強気な事を言っていても、心の中では心臓がドキドキしている。そろそろ何かを言って欲しいのですが……。
「……あの〜、琉依さん?」
俯いていた頭を上げると、琉依は急に抱き締めてきた。突然の事に私もただ驚く事しか出来なかった。
「夏海からそんな言葉が聞けるとは思わなかったよ。……でも、最高の殺し文句だね」
そう言う琉依は、私を抱き締めていた手にさらに力を込めていた。
逆に私は、さっきまで強気な事を言っていたのに言い終わった途端、急に力が抜けてしまった。
「待ってるよ。魅力的な夏海に負けないように俺も頑張るよ」
しばらく会えない分、今日からしっかり琉依に甘えてやる。そして、甘えさせてあげる。
日本とイギリス間の超遠距離恋愛が待ち構えている。不安こそあるが、私はそれよりも次に出会った時の琉依の驚いた表情を見たい楽しみの方が強かった。なんて前向きなんだろうね。
大丈夫! 私は頑張るから。
琉依に甘えてばかりいた私を卒業して、いざ魅力的な私へ!