act16会いたい
△月○日
今朝、いつもの様に琉依を待っていると琉依は私の前をそのまま車で通り過ぎて行った。何かあったのかな? と思っていたら、昼休みに琉依の退学騒ぎが! ……アンタ何考えているの?
突然のニュースが広場を駆け巡ったその瞬間、広場にいた人々からどよめきが聞こえてきた。
「え〜っ! 宇佐美クン退学しちゃうの〜?」
「うそ〜っ、やだやだ!」
叫んでいるのは、ほぼ女の子だけど……そうじゃなくて! 琉依が退学届を?
「ちょっと、どういう事?」
蓮子が口に出していたが、もちろん誰も理由を知る訳が無い……。
「渉!」
伊織の声で渉が立ち上がって走ったかと思うと、その衝撃のニュースを伝えに来た男を捕まえてこちらに戻ってきた。
「それじゃあ、詳しく教えて頂こうかしら?」
私たちに囲まれた男は、伊織にそう言われると何故か怯えた様に頷きながら話し始めた。
「お、俺もあまり知らないけれど、たまたま事務所の前を通った時に事務所の人間が国際学部の教授に話していたのを聞いただけで……」
事務所……。その言葉が脳裏を駆け巡った。以前、浅井クンの正体について話をしていた時、突然用事があると立ち上がった琉依……。あの時、確かに事務所へ行くと言っていた。
「まさか、あの時に……」
確かに、あの時の琉依の様子がいつもと違う事は感じていた筈なのに……。それでもまた元の琉依に戻ったからと、その時は気にしていなかった……。
「あっ……」
どうして、あの時に琉依に聞かなかったか……。
“事務所で何してきたの?”と……。
「とりあえず、琉依に連絡するんだ」
渉はそう告げるが、さっきから何回も電話を掛けているのに全く繋がらなかった。
「夏海ちゃん?」
梓が心配そうに声を掛けてくる。無理も無い……。そんな風に見られるほど、私は動揺を隠せないでいた。
「あ……私、教授に聞いてくる。何か知っているかもしれないし……」
立ち上がって歩こうと思っているのに、思うように足が動いてくれない……。
「俺が行って来るよ」
私の肩を軽く叩いて、浅井クンが国際学部の研究室へと走って行った。そんな彼を見てもまだ動けないでいる私を、梓が座らせてくれた。
「あの時よね……。私たちが尚弥の事を話していた時に、琉依は事務所に退学届を……」
伊織は頭に手を当て、俯き呟いた。
「琉依は私達の前では弱さをさらけ出したりしないから……」
仲間の悩みは聞いても、自分の事を話すのは少なかった琉依。今回、退学する事も聞かされていなかった。
「ナオトは? 兄貴なんだから何か知っているだろ?」
「それが、ナオトは今朝からアメリカに行ってるのよ」
渉の思いつきも空しく、私達はまた黙り込んでしまった。
しばらくして、やっと浅井クンが戻ってきたので、彼が得た情報を聞く事にした。
「国際学部長に話を聞いてきたよ。突然事務所に現れたと思ったら、何も言わずに退学届を置いて行ったって……。連絡を取ろうにも、繋がらないから困っているみたいだよ。だから、大学側も退学届は保留って形にしているみたいだよ」
長い付き合いだが、今回ばかりは琉依の事が分からなかった。何をしたいのかも……。
「今回受理されなかったのは、やはり宇佐美がトップの成績保持者だから、大学側も出来れば宇佐美を退学させたくないらしい」
だがこれには期限があり、一週間以内に琉依本人が大学へ来て取り消しを申し出なければ、琉依の退学は決定的になるそうだ。
「しかし、肝心の琉依の居場所が……」
また振り出しに戻ってしまう。私達は仲間の筈なのに、仲間が行きそうな場所すら分からないなんて。
結局、この日は何も収穫が得られないまま、それぞれ帰る事になった。琉依が行きそうな場所をずっと考えていたが、家の前に着いても結局何も見当がつかなかった。
琉依は私の事を何でも知っているのに、私は琉依の事を何にも分かっていない……。分かっていると自己満足していただけなんだ……。
玄関の扉を開けたその時、電話の着信音が静かだった家中を響き渡った。
「はい……」
「……」
沈黙でもわかる……。琉依、何か話して……。
「……会いたい」
かすれた琉依の言葉に、私は迷う事無く家を飛び出して琉依の家に向かった。