第52話 吸血伯爵!?
「すみません、すみません、許して下さい。助けて下さい。命だけは――」
目の前にはロープで縛り上げられた吸血鬼が、必死に身動きしにくい体を動かし、土下座をしていた。
あれからセフィアが落ち着くと、俺は吸血鬼を縛り上げて、起きるのを待っていた。
吸血鬼は起きて状況を理解すると共に、すぐに謝り出した。困った事にそれからずっとこんな感じだ。
「いや、もういいから。殺すならもう殺してるから」
「いや~そうだよね。焦ったぁ~殺されるかと思った」
俺の言葉に殺される事はないと思ったのか、吸血鬼は顔を上げる。
なんだ、この変わりよう。こいつには主体性がないのか?
「いやお前、俺たちを殺そうとしてただろ? 何が殺されるかと思っただよ」
「いや、だってね。吸血鬼を探してるとか言われたら、殺されると思うでしょう。後は勢いで……」
吸血鬼はねえ、と馴れ馴れしく同意を求めてくる。何か一々うっとうしいな。
「……まあ、確かに不法侵入した俺たちも悪いんだけどな……」
「そうだろ! お前らが悪いんだよ。訴えんぞ! 早く縄を解け!」
俺が少し弱気になると、すぐに調子にのる吸血鬼。
「早く解けや! ゴラァ! 訴えんぞ、いいんか!」
俺は近づき、ごちゃごちゃとうるさい吸血鬼を蹴り飛ばす。縛られたまま成す術がないまま倒れ込む。
「おい、あんまり調子に乗んなよ――」
「すみませんすみません許して下さい助けて下さい」
すぐに変わり身して、謝り倒す吸血鬼。うぜぇ~。
「ああ、もういいから」
「そうですよね~」
「チッ――で、お前は吸血鬼でいいんだな?」
いらつく反応に舌打ちをして、一応確認を取る。
「ええ――私は、この屋敷の主である吸血鬼。スルノ伯爵である」
縛られたまま背を伸ばし胸を張り、偉そうに自己紹介をする。
「ふ~ん、俺はハヤトだ。こっちはセフィア。お前は町の人を襲ったんだよな?」
俺も適当に名前を名乗って、質問を続ける。
「ちょちょちょちょ! 俺の名前聞いてた? スルノ伯爵だよ。伯爵。分かる?」
俺の態度が気に入らなかったのか、質問に答えず逆に質問してくる。
「だ、か、ら?」
「いやいやいやいや。伯爵だぜ、どう考えても偉いって事は分かるだろ?」
「ああ、そうかもな」
若干呆れながらも、話に付き合う俺、我ながら出来た人間だ。
「だろ? 偉いんだよ、俺は。だから解放しろ。さもないと訴えるぞ!」
「また始まりました……何回やるんでしょう?」
セフィアも呆れたように呟いている。
俺は無言でスルノ――もう呼び捨てでいいだろ――に近づき、胸倉を掴み上げる。
「いちいち調子に乗んなよ」
スルノは俺に怯えたようで、カクカクと首を上下に動かしていた。
「調子に乗ってすみませんでした。実は伯爵というのは嘘です」
「嘘かよ!」
俺は思わず突っ込んでしまってから、スルノのニヤニヤ顔を見て、激しく後悔した。
「……で、お前は村の人を襲ったのか?」
「え……ええ、まあ」
イマイチ歯切れが悪いスルノ。
「何で襲ったんだ?」
「吸血衝動が抑えられなかったんです」
「吸血衝動?」
「はい、吸血衝動です。私は定期的に血を吸わなければ吸血衝動が起きるのです」
「だから村人を襲ったのか?」
「いえ、私も出来ればそんな事をしたくありませんから、家畜の血で我慢できるかと思ったんですが、無理でした」
つまり、吸血衝動が起きたが、人を襲いたくなかったから家畜を襲ったが、それでは我慢出来なくなったという訳か。
「じゃあ、お前は出来れば人間を襲いたくなったのか?」
「そうです!私も元は人間だったんです。何が楽しくて人間を襲うんですか」
「なるほどね。何で人間の血なら吸血衝動が収まって、家畜の血なら収まらないんだろ?」
「知りませんよ」
知らないと言うスルノから目を離し、セフィアを見る。
「私も分かりません」
吸血衝動か、血、血……
「そうだ、お前魔物の血を吸った事はあるか?」
「魔物、魔物はないな……」
スルノは予想外だったのか、俺が脅してから丁寧だった言葉が崩れていた。
魔物の血は吸った事はないか。確か魔物にも血は流れていた。なら、もしかしたら魔物なら。
「よし、試しに魔物の血を吸いに行くか」
「は……!? マジで」
俺は驚いているスルノの縄を解いて、洋館から連れ出して、俺たちがさまよっていた森に来た。
「マジで、魔物の血を吸わなきゃならない?」
「ああ、物は試しだ。お前が魔物化したら俺が責任を持って殺してやるから安心しろ」
不安そうなスルノに早くするように言う。
「どうなっても知らないからな!」
スルノは近くの魔物に襲い掛かった。
「いや~、まさか魔物でも吸血衝動が収まるとは」
口元を真っ赤に染めたスルノは嬉しそうに言う。恐いな。
「よかったな。もう人を襲うなよ」
「ああ。今日から魔物退治の旅に出る事にする」
「そうか、頑張れよ」
スルノは荷物をまとめると、魔物を退治しつつ吸血衝動を抑える為と、冒険者になると旅立った。
「いいんですか? また、人を襲うかも知れませんよ」
スルノが去ってから、セフィアが聞いてくる。
「いいんだよ……」
実を言うと少し心配だったりするんだが、信じるしかない。
元々殺してしまった方がよかったのかもしれないが、俺には勢いや怒りに任せて人殺しは出来ても、冷静な頭では出来ないみたいだ。
今回は今まで人殺しをした時と違い冷静だった。
そんな状態で俺に人殺しは出来なかった。
俺はなんだかんだ言っても、まだまだ甘い。
でも、それでもいいかなと思っている。
「行くか」
俺はセフィアに声を掛けて歩き出す。
ご感想お待ちしています。