第44話 セフィア
「――んっ……」
少女はうめくと、苦しそうに目を開けた。
「――っ!」
周りを見渡すと、自分が見られている事に気付き、息を呑み目を見開いた。
「あっ、起きたの」
スンの嬉しそうな声が虚しく響いた。
「……あれ、なの?」
スンは戸惑っている様だ。俺たちがみんなで喜ぶと思っていたのかな?
はっきり言って、この少女の事は全然知らないし、俺がほんの二、三言話しただけだ。
信用してない、と言うより寧ろ信用されてないだろう。急に起きたら自分が起きた事を喜ぶ人たち。――確実に怪しいと思い、警戒するだろう。
だからと言って、無言で居られても同じだろうが……。スンがこの空気を作り出した事で、一番話し安い雰囲気になったのかもしれない。
「俺は君を連れ出したんだけど覚えてる?」
出来る限り警戒されない様に優しい声を出す。無駄とか言うな。
「……勇者さま」
ポツリと呟く様に漏らす少女。
「おう、やっぱり覚えていたんだ。俺はハヤトって言うんだ、よろしく」
「……覚悟は出来てます」
急に何かに気付いた様に表情を変えた。
「はっ?」
思わず変な声が出てしまった。覚悟は出来てるってなんだよ?
「え~と……」
横に居るミルシアと目を合わせるが、ミルシアも首を振っている。反対のエルメナも両手を横に上げていた。
少女の方を見てみるが、顔を俯かせたままジッと動かない。その姿からは諦めの色が滲んでいた。
「……と、とりあえず顔を上げなよ」
俺は少女の扱いに戸惑いながら話し掛ける。
「……何ですか、もしかして体を所望ですか? 楽にいかせてくれないのですね」
はっ? はっ? あ~? この子何言ってんの。体を所望って! こんなスンより小さな女の子が発する言葉じゃねぇ。
ジッと、左右から視線が送られる。何を言わせてるんだというメッセージが簡単に読み取れる。だけど、これは俺が悪い訳じゃないだろ。
「そ、そんな事はないから、何も危害を加える気はないから、安心してくれ」
「……期待させようとしても無駄ですよ」
期待って何だよ。もう! 話しが進まないな。
「……さっきも言ったけど、俺はハヤト。君の名前は?」
とりあえず、攻め方を変えた。まずは名前を聞き出そう。
「…………」
そんな事は教えたくないと言う様に黙りこくった少女。
「あたしはスンって言うの」
そこでスンが名前を名乗った。少女は驚いた様子でスンを見た。まるで今まで気付いていなかったかの様に。
「アタシはエルメナよ」
「私はミルシアです」
「私はハッシュベルだ」
みんながそれぞれ名乗る。少女は呆然とその様子を眺めていた。信じられないと言った様子で。
「――君の名前は?」
俺は少女の目を見詰めて聞く。少女は迷う様に視線をさ迷わせると、決心した様に軽く頷く。
「……セフィア」
消え入りそうな声で自らの名前を告げた。
「よろしく、セフィア」
セフィアは俺の言葉に驚いた様に目を見開く。
「……何でそんなに親しくしてくるの」
「何でって、まあわざわざ危険を冒して連れ出したんだからな、親しくしないとな」
「……あなたは勇者なんでしょ、私があなたを召喚したんですよ、どうせ私に復讐する為に牢獄から出したんでしょう」
何だ、そういう事か。だから覚悟は出来てるって。
「何だよ、そんな事か」
「……そんな事なんて、私は教会に従う事しか出来なかった。そして、言われるままに働く事しか出来なかった。そして失敗したら牢に入れられた」
セフィアは顔を歪める。
「……怨んだ、教会を、従う事しか出来なかった私を。だから、選択肢無しにこの世界に呼ばれて、魔王を倒せと言われて、召喚した本人を怨まない訳がない!」
「そんな事はないさ。なら君より、君に召喚をさせた教会を怨むよ」
「……それでも――」
何処か必死な形相で言い返そうとするセフィアを遮る。
「それに、俺は別にこの世界に召喚された事を怨んでないよ。今じゃ感謝してるくらいだ」
感謝や喜びははしても、怨んだり怒ったりはしていない。だから、本当にどうでもいい。
「……元の世界に大切な人がいたんじゃ」
「いないよ」
両親ならいたけど、今の方が遥かに大切な物が多い。
「……急に魔王を退治とか言われて理不尽だとかは」
「思わなかった訳じゃないけど、俺には考える時間もあったし、大切な物も出来、この世界が好きになっていたから」
「……なら――」
「別に怨んでないよ。怨んでいたら牢に置いてきてるよ。だから俺たちと一緒に行かないか? セフィア」
セフィアは考え込む様に俯く。しばらくすると、ゆっくり小さく頷いた。
「よかった。これからよろしくセフィア」
俺はそう言い、手を差し出した。握手はこの世界でもあるみたいだ。
「……まだ、信用した訳じゃないから」
プイッと顔を背けて言う。その顔は微かに赤く染まっていた。
「はははっ」
その仕種が子供っぽくて、思わず笑ってしまった。
「……!」
セフィアに睨まれた。無言で睨まれた。
でも、何とかこれからもやっていけそうだ。
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