第42話 脱出
目の前で力無く座り込み、俺をその碧い瞳で見上げている少女を見る。
この少女が俺を召喚した少女か。見えないな、俺より全然幼く見える。実際に幼いのかもしれないけどな。
そう彼女が俺を召喚した少女。その少女がいるという話しを聞いたのは、二日前。
「なあ、聞いたか。あの巫女、牢に入れられたらしいぞ」
「えっ、あの勇者を召喚したとかいうあの巫女か?」
エルメナたちと模擬戦をした日の夜、俺は何となく眠れなくて教会の外を散歩していた。
すると、近くから声が聞こえてきたのだ。おそらく、見張りの兵士だと思われる男たちの会話が。
教会のくせに見張りを立てたりして、完全に軍だった。町を襲っている魔物は倒さない癖して自分たちは、しっかり守るってか。嫌な国だな。
俺はとっさに隠れて話しに聞き耳を立てた。勇者を召喚したとかいう気になる内容だったからだ。
「ああ、あの巫女、勇者を召喚するのに失敗したんだろう?」
「そうらしいな」
「で、上の人たちを怒らせちまったらしいぞ。あの娘にはそれしか期待してなかったみたいだ」
「マジかよ。怖いな」
「心配すんな、俺たちは何も期待されてないよ」
「ハハハッ、それもそうだな。無能でよかった。でもあの巫女、可愛かったのに残念だ」
「お前狙ってたのか? お前じゃ無理だよ」
兵士たちは笑いながら遠ざかって行った。
何? 俺を召喚した巫女がここにいる? しかも牢に捕らえられているらしい。
俺は次の日すぐに情報を集め出した。さりげなく兵士たちに聞いたり、兵士たちの会話を盗み聞きしたりした。
どうにか、その巫女がいるらしい場所を突き止めた俺は、夜他の四人を集めた。
気になるな。俺が本物の勇者か調べてほしいし、そんな理由で牢に入れられているなんてかわいそうだ。助けてあげたいな。……別に可愛いって聞いたからじゃないぞ。
俺がその巫女を助けたいと言うと、みんな賛成してくれた。
「もちろんです。ハヤト様らしいですね」
「いいに決まってるでしょ。ハヤトはそうでなくっちゃ!」
「もちろんなの。ハヤトさんはやっぱり凄いの!」
「私は反対だな。姫様が危な過ぎる」
みんなそう言って、快く協力してくれた。
ちなみに最後の人の意見は聞いていない。邪魔さえしなければそれでいい。
詳しい事を決め、その日は解散した。そして今に至る。
「……勇者さ、ま…………」
少女はそう呟いた。
それは、俺を自分が召喚した相手だと分かって言ったのか、ただ助けてくれた人が勇者に思えたのかは分からない。だから、聞いた。
「それは、俺が君の召喚した勇者だからか?」
少女は黙ったまま頷く。そして、顔を伏せたまま上げない。
まあ、何にしてこれで俺が勇者だと証明された。なんたって、召喚した本人が言うんだからな。
「行くぞ!」
少女は俺の声にピクリとも反応しない。何してんだよ、早く逃げなきゃならいんだよ。
「――えっ……!」
俺は少女を抱き上げた。逃げないなら、無理に連れ出すだけだ。
「……な、何で?」
何でもじゃない。残念ながらここは俺の自己満足に付き合ってもらう。
少女の膝の裏と背中に手を回した状態。つまり、お姫様抱っこで持ち上げた少女はすごく軽かった。ちゃんと飯を食ってるのか心配になる。まあ、牢に入れられていたからたいした物は食べてないんだろう。
来た道を走り戻る。階段を上り、地下一階に着く。そのまま、また階段を上り地上に出る。
教会内は騒がしかった。エルメナたちが上手くやってくれたみたいだ。
「…………」
少女はずっと黙り込んでいる。諦めた様に目を虚にしていた。
東に向かって走る。ひたすら急いだ。身体強化も使って全力で。
「あれは、勇者様!?」
くそっ、見つかったか! やばいぞ。
「あれは、巫女? まさか待て、待つんだ!」
誰かが気付きやがった。少女を落とさない様に抱き直し、走る。
「ハヤトさん、早くなの!」
スンの声が聞こえた。もうすぐか!
前に見えた馬車に飛び乗る。中にはもうみんないた。
俺は少女を優しく下ろし、ハッシュベルに叫ぶ。
「出せ!」
「分かってる!」
叫び返された。
馬がいななくと共に馬車が勢いよく進み出す。
馬車の作りは天井があり、そこから横に垂れ幕みたいに布が垂れる様になっている。今は全開で周りがよく見える。
神官たちも異常に気付いた様で、何人かが行く手に並んで魔法を唱えるようとしていた。
ミルシアとエルメナが身を乗り出し、魔法を放つ。神官たちはまだ戸惑いがあったのか、何もしない内に吹き飛ばされる。
「急いで下さい」
「分かってるって言ってんだろ!」
馬車はどんどんとスピードを出して行く。教会からかなり離れた所まで来た。
「ふう、もう安し――」
安心しかけると、後ろから馬が何頭か神官を乗せて走って来た。
どんだけ必死なんだよ。確かにこの少女は大事かも知れないし、俺が魔王を倒さずに逃げると思ったのか。とりあえず、神官は必死に追って来ていた。
「追い付かれるわよ!」
エルメナとミルシアは魔法で攻撃するが、流石に相手は魔法の本場の神官。上手く防いでいる。
聖剣を使う事が頭を過ぎったが、まだちゃんと使いこなせない。下手したら馬車まで巻き込まれる。
くそっ、どうしたら!
俺たちが焦っている内に段々と近付いている神官たち。数も増えてきた。
馬車が揺れる。神官の魔法が届き出した。マズイ。
エルメナとミルシアは魔法を放つが、ことごとく防がれている。
聖剣を使う事を覚悟する。駄目で元々。運が良ければ助かる。
俺は馬車の後ろから身を乗り出す。神官たちはすぐ近くにいた。
「魔王はちゃんと倒してやるから安心しろ!」
覚悟を決め聖剣を振ろうとした、その時。
後ろからぶつぶつと消え入りそうな声が聞こえたと思ったら、周りの景色が真っ白になる。
「うわっ!」
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