第36話 聖地
俺達は、ミルバル国の首都――ミルバル教の聖地でもある、カタフィギオに来ていた。
カタフィギオの中央に位置するのは、ミルバル教の総本山である教会だった。三つの塔が突き出ている造りで、全面真っ白な壁に、巨大なステンドグラスが埋め込まれ、キラキラと輝いていた。
カタフィギオは、アースファルト王国の王都にも劣らないぐらい立派な都市だった。町並は華やかで、人の往来が激しく、店は繁盛していた。
そう、華やかだった……今まで見てきた他の村の惨状とは、比べられない程に……。
俺達が、神父さんと別れてから見てきた村は、どれも酷い状態だった。
魔物に壊された跡のある村、臨戦体制で閉じこもっている村。教会に税金を搾り取られ、餓死者を出している村。
どの村にも、同様に絶望が満ちていた。それがここには無い。俺が言うのも変な話だが、まるで別の世界に来たかの様に雰囲気が違う。別物だ。ここにいる人達は、魔物が増えている事を知っているはずなのに、何も知らないかの様に笑い合っていて、危機感を感じなかった。
俺は気分が悪くなる。何なんだ、この現実味のない光景は。あまりにも違い過ぎる。いや、まだ一般国民は分かる。だが、教会の人間が国の惨状を放置し、自分達だけ平和で贅沢をしているのは信じられなかった。
だが所詮俺はよそ者に過ぎない。何もする事は出来ない。せめて、魔物を退治する事で村の人から脅威を取り払う事ぐらいしか出来ない。それで、村が助かればいいのだが……。
俺達は、すぐに勇者を召喚したという教会に向かう。
魔物は増える一方らしい、早く解決しなければまずい。
その教会はミルバル教の総本山である教会だった。俺達は、取り次いでもらおうとしたが、時間が遅いという事で明日にしろと言われた。まだ、日が沈んでもいないのに。
ここで粘っても仕方がない、俺達は諦めて出直す事にして、宿を探す。
この町に宿は沢山あった。適当に宿を決め、泊まる事にする。
「すみません、空いてますか?」
「はい、空いていますよ」
俺が宿に入り受付で聞くと、受付の男が答えてくれる。
「じゃあ、五人で、え~、とりあえず一泊で」
「かしこまりました。一部屋にベッドは四つが限界ですので、五人様ですと、二部屋になりますが、いかが致しましょう?」
受付の男が聞いてくる。二部屋か、なら普通に――。
「二部屋ですと、もちろん、私がハヤト様と同じ部屋ですよね」
えっ? ミルシアはあたかも当然の事だという風に言う。
「違うの、あたしとハヤトさんが同じ部屋なの」
はっ? スンも負けずに言う。
「アタシがハヤトと同じ部屋ね。……約束もあるし」
ふへっ? エルメナも約束を持ち出す。
「おいおい、ちょっと待てよ。二部屋なら普通に――」
「仕方がないの。三人とハヤトさんが同じ部屋なの」
スンが俺の言葉を遮り、案を出す。
「仕方がないですね。エルメナさんの約束は気になりますが、それで良いです」
「や、約束は秘密なんだからね。アタシもそれでいいわよ」
ミルシアとエルメナもその案に乗る。俺の言葉は最後まで聞かれる事なく、話が進んでいく。
「えっ? 私が一人部屋ですか……」
いつの間にか一人部屋が決定しそうなハッシュベルが、ショックを受けている。
「ちょっと待て! 男と女で分けるぞ!」
俺は叫ぶ様に三人に言う。何故、美少女三人と同じ部屋で寝なければならないんだ。いろいろマズイ。
三人は、不承不承ながら了解してくれた。
「べ、別に、お前と一緒の部屋になりたかった訳じゃないんだからな!?」
ハッシュベルが何故かツンデレと化していた。……キモい。
「さて、どうする?」
俺達はチェックインすると部屋に集まった。晩飯までの時間はまだある。
「せっかくだから、町を見ましょうよ」
「そうですね。ここには色々な店があるみたいですから」
「良さそうなの」
「そう――」
「じゃあ町を見て回ろうぜ」
ハッシュベルの意見は聞きたくなかったから遮り、俺達は町に行く事にした。自分の部屋に戻り準備する。ハッシュベルは何故か涙ぐんでいた。
「何処に行くんだ?」
「とりあえず、お店が並んでいる通りに行きましょう」
俺の問いに答えるエルメナ。
俺達は同意すると、歩き出す。
店が立ち並ぶ通りは異常に人がいた。何か祭でもするのかと思った程だ。
人を掻き分けながら、店を見て回る。
色々な店に入った。服屋でエルメナとハッシュベルの私服を買ったり、夕食前だというのに、露店で食べ物を買ったりした。
「ハヤトさん、次はあっちに行くの!」
スンが走って行くのを追い掛け、人を掻き分けていると、服が引っ張られる。
「んっ?」
俺の服を引っ張っていたのはエルメナだった。
「ねぇ、ちょっと一緒に来てくれない?」
俺の服の袖を指先で摘みながら、上目遣いで聞いてくる。その頬は紅に染まっていた。
「あ、ああ」
俺は了解してしまう。あの頼み方はダメだ、断れる訳がない。
俺が頷くと、エルメナは俺を連れて、三人と反対に歩き出す。三人は気付いてななかった。
「お、おい、何処に行くんだ?」
俺は引かれるままに歩きながら聞く。すっかり三人とは離れてしまった。
「いいから、行くわよ」
エルメナはそう言って、歩き続ける。人が少ない所まで来るとエルメナは振り返る。
「ど、どうした?」
「あ……アタシはハヤトと二人で町を回りたかったの!」
エルメナは恥ずかしかったのか、最後は叫ぶ様にして言う。
「え? 何だ、そんな事か」
「そんな事はないでしょ! べ、別に嫌ならいいのよ」
エルメナはそう言うと、三人の所に戻ろうとする。
「待てよ。二人で回ろうぜ。何ならもっと早く言ってくれたらよかったのに」
俺はエルメナの腕を持って、引き止めながら言う。
「よかった……な、なら、連れ回すから覚悟しなさいよ!」
エルメナは安心した様に呟くと、振り返り、うれしいそうに言ってくる。
まずは、アクセサリーショップに連れて行かれた。
エルメナは物珍しそうにアクセサリーを見ていた。
「どうした、そんなに珍しいか?」
「う、悪かったわね。アタシはあんまりこういうのに興味なかったのよ」
王女だからって高価なアクセサリーに囲まれていた訳じゃないのか。まぁ、想像通りだな。
「ふ~ん、そうなのか」
「ねえ、どれが似合うと思う?」
ネックレスの所に来ると、聞いてきた。
「う~ん、そうだな」
沢山並んでいるネックレスを見る。その中からピンとくる物を見つけた。
「これなんかどうだ?」
俺が渡したのは、十字を象っていて、真ん中には小さな赤い宝石が埋められているものだった。
「うん、良いじゃない!」
エルメナは嬉しそうに言う。
「すみません、これ下さい」
俺は店員さんに声を掛ける。
「ちょっ、アタシが買うからいいわよ」
「気にすんな、もっともエルメナがするには安すぎるかも知れないけどな」
「そんな事ないわよ。ありがとうハヤト」
エルメナはニコリと笑い掛けてきた。
俺とエルメナはその後二人で回り、楽しんだ。エルメナも楽しんでくれたみたいだ。よかった。
途中で三人に見つかり、エルメナはハッシュベルに説教されていた。
俺はミルシアとスンに怒られた。ミルシアさんマジ恐ぇ。
スンとミルシアの、何であたし(私)達があんな人と一緒に回らないといけないの(ですか)、という言葉にハッシュベルが泣きそうになっていたのは些細な事だ。
ご感想お待ちしています。