第32話 暗殺
俺は自分の部屋に戻ると、ベッドに横たわる。
はぁ、自分を召喚した人を恨んでいるの、か。口にしたのは初めてだけど、恨んでないんだよな? 俺は自問自答する。
ここに来た頃なら、恨んでいたかもしれない。だけど、今は恨んでないと言いきれる。そう、ミルシアやスン、エルメナと出会ったんだし。
何だかんだ言って、恨んでないか聞かれて、内心では焦っていたのかもしれないな。
俺は、しばらく寝転がっていたが、全然眠れる気がしなかった。くそっ、変な時間に寝るんじゃなかった。
俺は暇を持て余し、外の空気を吸いたくなった。たしか、上に行けば外に出れたはずだ。
俺は起き上がり、剣を一本だけ持ち、部屋から出る。
廊下は静まり返っていた。何の音も聞こえない。そんな中、俺の足音だけがコツコツと、不気味に響く。こんな気分は久しぶりだ。この頃はいつも周りに誰かいたからな。
関所の屋上は外敵なんかを見張る為に全面出られる様になっていた。
屋上に出る時、兵士がいたが、俺は何も言われず通れた。エルメナと一緒に来たやつだと分かっているんだろう。屋上には見張りをしている兵士が何人かいるだけだった。
俺は外の澄んだ空気を吸い込む。胸に冷たい空気が入り心地良い。
俺はしばらく空気を堪能すると、空を見上げる。そこには空一杯に散りばめられた星たちが、決して都会では見れないであろう数が、輝いていた。周りに明かりはほとんどないから良く見える。
俺は屋上を少しの間歩き回ると、満足して、関所の中に戻る。
俺は、一人階段を下りていた。明かりは蝋燭の心もとない光だけ。
ん、確かこの辺りはエルメナの部屋があるはず。俺は自分の部屋より、大きい部屋が並んでいる階に来て思う。
俺の頭にエルメナの泣き顔が浮かんでくる。そういや刺客の事、また聞いとかないとな。
俺はそんな事を考えながら、階段を下りようとしていると、エルメナの部屋がある方から微かに人の気配がした。
俺はまさかと思うが、昨日の事もあるから、気配を殺し忍び足で、出来るだけ急ぎ気配の元を目指す。
俺はエルメナの部屋に繋がる廊下の手前の角まで来た。気配はその向こうから感じる。
俺は意を決し、息を潜めると、角から顔を出し廊下を覗き込む。
そこには人影があった。ちょうどエルメナの部屋の前に立っていた。俺は焦る。まさか、また暗殺を――。
俺はすぐさま角から飛び出す。すると、人影も俺に気付いた様で、こっちに向かって来る。
俺は一本だけ持って来ていた剣を抜く。相手も、細身の剣を抜いている。
その人影は多分見張りか何かじゃないかと思う。そうじゃなければ、俺に見つかった時に向かって来ないだろう。他の仲間がもうエルメナの部屋に入っているかもしれない。
俺は焦る。こいつの相手をしている暇はない。
人影に右手に握った剣を振りながら、魔力を込める。そして、左の拳を握りしめる。
魔力が込められ、炎を出す剣。俺は人影が炎の眩しさに目を押さえている。俺は目をつぶっていたから大丈夫だ。相手は俺の剣を何とか剣で受けていた。俺は拳を腹に叩き込もうと左腕を奮う。俺自慢の馬鹿力だ。チートだけどな!
俺は剣の炎の放つ光で、相手の顔が照らされた時、信じられない物を見る。あれ? ハッシュベルじゃん。だが、勢いのついた拳は止まらない。
俺は倒れるハッシュベルを見ながら、なぜか、ハッシュベルって普通の剣も使えたんだ、とどうでもいい事が頭によぎる。
何でハッシュベルが? 俺は混乱する。もしかして、ハッシュベルはエルメナの護衛をしていただけ? でも、確かエルメナは、護衛はいらないからハッシュベルも寝ておくように、言っていた。
俺がハッシュベルを起こして事情を聞こうとしていると、エルメナの部屋から、息を殺したような悲鳴が聞こえた。
「くそっ!」
何が起きているんだ!
俺は、ハッシュベルを投げ出し、エルメナの部屋に飛び込む。
「エルメナ! 無事か!」
エルメナはベッドの上で、人影によって剣を押し付けられていた。
エルメナは俺に気付き、俺の方を見てくる。何か言いたそうだが俺は、何が言いたいのか分からない。
「お前! エルメナを放せ!」
俺は叫ぶと同時に、エルメナの元へ走る。エルメナは必死に俺に何かを伝えようとしているが、俺には分からない。とにかく助けないと。
不意に、後ろから殺気を感じた。俺は咄嗟に身を捻る。だが、左腕に衝撃が。
俺の視界は真っ赤に染まる。
「ぐぁっ!」
後ろには黒装束がもう一人いた。ドアの陰に潜んでいたんだろう。エルメナが言いたかったのはこれか。
痛みが体中を駆け巡る。気を失ってしまいそうな痛みだが、エルメナを助ける為と意識をしっかりと持つ。
俺は左腕を押さえる。傷は深く、血は留まる事をしらず、流れ続けている。二の腕をザックリやられていた。
「ぐっ、お前」
黒装束は俺の血が滴る短剣を構え、再び襲って来る。
俺は剣に魔力を注ぎ反撃しようとするが、傷の痛みが酷く上手く集中できない。炎が出る事はなかった。
俺は諦め、そのまま短剣を剣で受ける。片手で剣を扱うのは慣れているが、左腕を庇いながら、さらに短剣を受ける度に左腕に響くときたら、きつい。
段々と意識が朦朧としてきた。短剣に毒でも塗られていたのか、左腕は紫色に変色していた。
「くそぉぉぉ!」
俺は叫び、気合いを入れる。痛みを無視して、黒装束に切り込む。一瞬怯んだ隙に蹴りで短剣を飛ばす。そのまま胴を切り裂く。
流れる様に振り向き、エルメナを捕らえている黒装束に剣を投げつける。黒装束は反応出来ない。エルメナの美しい髪に真っ赤な血が降り注いだ。
俺はそこで、左腕の痛みと体の毒に立っていられなくなり、倒れ込む。
「はっ! ちょっ、は、ハヤト大丈夫なの!」
呆然としていたエルメナは、自由になった事を理解すると、俺に駆け寄ってくる。
「よか、った、無事、だった……みたい、で」
「な、何で、こんなになってまで」
俺はエルメナに助け起こされながら、言う。
「それ……は、なか、ま、だから……」
くそ、出血と毒の両方はきつい。俺の意識は段々と薄れていき、気を失った。最後までエルメナが呼び掛ける必死な声を、聞きながら。
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