第30話 刺客
馬車はのんびりと、普通に歩くのとたいして変わらない速さで進んでいた。
ハッシュベルは馬を操る為に前にいる。必然的に馬車の中にいるのは、俺と美少女三人だけだった。
美少女三人は俺を放ってガールズトークに興じていた。俺は少し寂しく思いながら、専ら彼女達を眺めて楽しむ事にする。
スンの無邪気な笑顔。ミルシアの時たま見せる不器用な笑み。エルメナの性格を感じさせない優雅な微笑み。
エルメナのあらゆる物を明るく照らす様に光り輝く金髪。ミルシアの全ての光を反射するかの様な銀髪。スンの頭で揺れ動く猫耳。
ミルシアの動く度に揺れる胸。エルメナの出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだスタイル。スンの……あー。
という感じに楽しませて貰った。途中でジロジロ見ている事を気付かれて、三人に睨まれたが楽しめたから良しとする。
初日は野宿する事になる。エルメナは王女なのに野宿とか、大丈夫なのか?
俺の心配を余所に、手際よくテントを組み立てるエルメナ。なんでも、しょっちゅう自分の部隊を率いて、城から出ては、部隊の兵と一緒にテントで野宿していたらしい。……なんて姫なんだ。
ちなみに、エルメナとハッシュベルは、王都を離れると、目立たない鎧姿になっていた。赤マントと白い鎧姿は目立つから、安心した。
俺達は手軽に保存食を食べる。これにも、エルメナは慣れているみたいだ。宮廷料理のほうが慣れないわよ、と言っていた。本当に姫なのか?
何だかんだで、楽しい食事になった。
夜の見張りを決めるとなると、ハッシュベルが姫様に見張りなんぞやらせる訳にはいかん! と言っていたが、エルメナはあっさり無視して、アタシが最初にやるわ、と言っていた。
俺は、自分が仕えてるエルメナにすら、適当にあしらわれているハッシュベルが、少し可哀相に思えてきた。まぁ、だからと言って、どうという訳ではないけどな。
それから二日間は、特に何も起きずに、平穏な旅が続いた。魔物に少し遭遇したくらいだ。それも問題なく退治できる魔物だった。
変化は三日目に起きた。
その夜は、俺とエルメナが見張りをしていた。五人もいるし、一人で見張りをする事もないだろうとなり、見張りは二人ずつする事になった。
俺達は話すネタも尽き、会話もせずに焚火をボゥッと眺めていた。
「ねぇ、ハヤト」
沈黙を破り、エルメナが話し掛けてくる。
「ん? どうした?」
俺は焚火に枝を突っ込みながら聞く。パチパチと音を立てる。
「なんか、ゴメンね。無理矢理付いて来て」
「な、何だよ、今更……、いや、エルメナには世話になりっぱなしなんだし、全然問題ないよ」
俺は急に謝ってきたエルメナを不気味に思いながら、言う。エルメナはおもむろに、俺を見詰めてくる。
「優しいよね、ハヤトは。……ねぇ……アタシって――」
エルメナは一瞬、逡巡した後に、急に真剣な声色になり言ってくる。
「ハヤトにとって――」
一言一言区切って、しゃべるエルメナ。つい、俺まで真剣に聞き入ってしまう。
「一体――」
俺はいつの間にか、エルメナの碧い瞳に吸い込まれそうになっていた。そして、言葉も引き込まれる。
「一体、何なのかな?」
完全に雰囲気にのまれてる俺は、一体急に何なんだとか、考えもせず、無意識の内に答えを出している。そして――
「俺にとってエルメナは――」
俺が答えを言ってしまいそうになった時、何かが風を切る音が聞こえ、俺を正気に戻す。
俺は考えるよりも早く、エルメナを押し倒す。俺は自分の服が裂ける音を聞く。
「えっ? な、何、そんな急に――」
俺は意識がはっきりとしてくるのと同時に、さっきまでエルメナがいた場所に矢が刺さっているのを見つける。それは、俺の服の切れ端を地面に縫い付けていた。
俺は押し倒されて狼狽しているエルメナに、地面に刺さっている矢を示す。エルメナはすぐに状況を理解したのか、顔が青ざめてくる。
「な、何で、こんな所まで……」
エルメナは何か呟いていたが、俺は周りを警戒していて、全く聞いていなかった。俺は、他の三人を起こす為に声を出す。
「ミルシア! スン! ハッシュベル! 起きろ!」
「はい、ハヤト様!」
「今、行くの!」
ミルシアとスンの二人はすぐに起きてくる。まるで寝ていなかった様な早さだ。
「……ふう、危なかったですね」
「……油断も隙もないの」
二人は何かを呟くと、近づいて来る。同時にハッシュベルは一人遅れて起きてくる。
俺が三人に事情を説明しようとするが、その隙も与えず暗闇から突然現れた黒装束に、囲まれる。それを見た三人は、大体の事情を察っしたのか、臨戦体制を整える。助かる。
「お前ら、何が目的だ!」
俺は、黒装束に聞く。だが、黒装束は一言も言葉を発する事なく、短剣を抜くと向かって来る。不気味な奴め!
俺も両方の剣を抜くと、魔力を込め、迎え撃つ。
俺に向かって来た短剣を避けると、胴体を一刀両断にする。水を纏っているおかげで、軽く切れる。
俺は周りを見ると、ミルシアと、スン、ハッシュベルはそれぞれ、相手と戦っていた。
エルメナは、何故かまだ座り込んだままだった。そこに迫る三人の黒い影。
俺は急いでエルメナの元に駆け寄ると、左右の剣で、黒装束を切る。右では、炎に包まれて絶命する影。左では、音もなく上下に別れる影。
数分後には、俺達の周りに立っている黒装束はいなくなっていた。黒装束達は完全に不意打ち狙いだったのか、皆、短剣ぐらいの軽装備しか持っていなかった。
俺は、まだ地面に座り込んでいるエルメナに近づく。
「大丈夫か?」
命を狙われたのがそんなにショックだったのか? 俺は今だに青ざめているエルメナが心配になる。
「え、ええ……、ゴメンなさい。迷惑を掛けてしまって」
エルメナの声は弱々しかった。その声からは、いつもの明るさは全く感じられなかった。
「アタシが狙われてるのよ。だから、アタシ達がいると迷惑よね。ゴメンなさい。すぐに帰るわ」
エルメナは自分が狙われて、俺達に迷惑を掛けた事を言っているのか。
「待てよ! そんな、狙われている女の子を放って置ける訳ないだろ。それに、俺達は迷惑なんて思っていないよ」
「でも――」
「でも、じゃないんだよ! 俺はエルメナと旅を続けたいんだよ! さっきの話の続き、今はもう俺にとって、エルメナは大切な仲間になってるんだよ!」
「え……、あ、ありがとう。……でも、そういう答えなのね……」
エルメナは少し驚いた様に言う。後半は声が小さくて聞こえなかった。ミルシアとスンが、側に行って話している。
「ハヤト様ですから……、元気を出して下さい」
「そうなの、ハヤトさんだから……」
なんか失礼な事を言われてる気がした。だが、俺はハッシュベルに近づく。あの黒装束が何者かを調べなければ。
「なあ、ハッシュベル。あいつら何者か分かるか?」
「あいつらは――いや、私から言う訳にはいかない。聞くなら、姫様から直接聞いてくれ」
やはり、あのエルメナのショックの受け方といい、このハッシュベルの言葉といい、あの黒装束が何者か分かっているみたいだな。
でも、あんな状態だったエルメナに、これ以上詳しく聞くのは遠慮されるな。
太陽が顔を出す頃には、エルメナも普段通りに戻っていた。だが、俺は今更黒装束の事を聞く事は出来なかった。
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