第21話 スンの家族
武器屋を出ると、既に日は結構高くなっていた。
ノーマス村まで五、六時間かかるらしいから、そろそろ行かないと途中で夜になってしまう。
「よし、そろそろ行くか!」
「そうですね」
「出発なの!」
ミルシアはいつも通りの淡々とした感じだったけど、スンのテンションが妙に高い。あの短剣がそんなに気に入ったんだろうか?
通りを歩いていると、露店からおいしそうな匂いが漂ってくる。
匂いの元を見てみると、肉を串で刺して焼いていた。焼鳥みたいな感じだ。
「なあ、ノーマス村は遠いみたいだから、少し早いけど飯を食べないか?」
「そうですね、さっき朝食を食べたばかりですけどいいと思います」
「あたしも食べたいの!」
俺が提案をすると、二人とも賛成だった。何かミルシアの言葉には少し毒を感じるけど……。
「俺はこれにするけど、二人はどうする?」
俺はさっきの焼鳥みたいなのを指差しながら聞く。
「私もそれでいいです」
「あたしも!」
俺は店員に話し掛ける。
「あの~、これを三人分下さい」
「はいよ! 十五セールになります」
俺がお金を払うと、スンがそわそわしている。ん、どうしたんだ?
「スンさん、お金は気にしなくていいんですよ。こういうのは、ハヤト様に払わせておけば良いんですよ」
俺が聞こうとすると、ミルシアが先に答えを出していた。そういう事か、一々気にしなくていいのに。
「そうだぞ、これくらい気にすんな!」
「ハヤト様なんて、これくらいしか出来る事がないんですから」
それは言い過ぎだが、スンが払わなくていい事に変わりはない。
「そ、そうなの?」
「まぁ、そういう事だから遠慮すんな」
スンはもっと人に頼る事を知った方がいいな。
「違うと思うの」
「何が違うんだ? パーティーのメンバーなんだし、それぐらい気にしなくていいんだぞ」
俺は優しく諭す様に言う。
「違うの! ……ハヤトさんはこんな事以外にも、出来る事はたくさんあると思うの」
「…………えっ! そこ?」
「………………」
まさかだった。違うって、そこを否定してたのか?
ミルシアもスンの意外な言葉に絶句している。
「ふ、ふぇ!? だ、だってハヤトさんは強いし優しいしあたしもいろいろ助けられたの!」
スンは焦ってまくし立てる。こう正面から褒められると、何か恥ずかしいな。
「冗談だったのですが…………」
ミルシアも呆れている。
スンは冗談が通じないのか? 何と言うか、ピュア?
あの後食べた焼鳥みたいなのは凄くおいしかった。腹を満たして俺達は町を出た。
ノーマス村へ行く方向へは道が整備されていて、他にも歩いている人がちらほらいた。
ノーマス村に近づき大きい道を外れる頃には、もう日が結構傾いていた。
スンが急に立ち止まるから、俺とミルシアがどうしたのかとスンを見ると、森の方を指差してこっちだと言う。
そこは細い獣道だった。これは中々見つけられないだろう。どうりで迷って行けなくなる訳だ。
スンの案内に付いて行くと、一時間程で開けた場所に出た。
そこには、魔物避けの為か柵を周りに張り巡らしている村があった。
柵の所には見張りらしき人が二人立っていた。俺達の姿に気付いたのか、一人が走って近づいて来る。
「お前ら何もんだ?」
男は警戒しながら聞いてくる。よく見るとエルフだ。
「俺達はギルドで依頼を受けて来た者です」
俺はギルドで貰った依頼書を手渡す。
「これは本物みたいだな。遠い所わざわざ済まない」
「そんな事してねぇで、早く入りな! 魔物が来るだろ!」
もう1人のドワーフの男が門の所で呼んでいる。俺達はエルフの男に連れられて村長の家に向かう。
村長の家は意外と小さかった。村の規模からしたら妥当なのかもしれないけど。
案内してくれたエルフに、応接間みたいな所に連れていかれ、そけにいる様に言われた。
「そういえば、この村スンの実家があるんだよな? 村長ってどんな人?」
俺は応接間のソファーに座ってスンに聞く。
「えっと、エルフでものすごく長生きしている男の人で、立派な髭を生やしてるの」
スンも座って答える。ミルシアは既に座っていた。いつの間に!
スンの説明は微妙だったが、村長がどんな人かは、何となく分かった。
少しすると、扉が開き村長が入ってくる。
想像通りの姿だった。長い杖を突いていて、白い髭が地面に着きそうなぐらい長い。
「お主らが依頼を受けた方かぇ? 遠い所から、よくぞいらした」
「そうです。それで依頼の詳しい事はここで聞く事になっていたんですが?」
「まぁ、焦るでない。今日はもう遅いし明日でも良かろう。今日はゆっくりしなされ」
「分かりました。では、依頼の説明は明日頼みます」
「今晩はこの家に部屋を用意するので、そこでゆっくりして下され。では――」
「それなら必要ないの! 今日はあたしの実家に泊まればいいの!」
スンが村長の言葉を遮って言う。
「んん? 主はこの村の出身じゃったか。ならばそうすると良い。ホホホッ」
「スン、いいのか? 俺達までお邪魔して」
俺はスンの家族水入らずの時間を、邪魔するのは悪いと思い聞く。
「いいの! みんなの方が楽しいと思うの」
「じゃあそうするか。村長さん、また明日ここに来ます」
「おう、待っておるぞ」
俺達は村長の家を後にし、スンの実家に向かう。
家の前まで来るとスンは表情を硬くして立ち止った。久しぶりの帰宅は緊張するみたいだ。
少しすると意を決した様に、家の扉を叩く。
「はいは~い。ちょっと待ってね~」
中から声が聞こえてくる。扉が開き小太りの獣人のおばさんが出て来る。
「は~い。何です――」
「あ、お母さんただいまなの」
「まぁ! スンじゃないの! どうしたの? 元気にしてた?」
スンの母親は嬉しそうに質問を投げかける。
「うん、元気だったの」
「あら、後ろの人はもしかして、スンの彼氏か何か?」
「そ、そんなんじゃないの」
その後も質問を繰り返し、スンが事情を説明すると、俺とミルシアを泊めてもいいと言ってくれた。
中に入ると、リビングから俺と同じくらいの年頃の女の子が出て来る。もちろん獣人だ。
スンに姉妹がいたのか、知らなかった。
彼女はスンを一瞥すると、そのまま二階に上がって行く。
「こらっ! スンが久しぶりに帰って来たのよ!」
「……ルンお姉ちゃん」
スンの母親の呼び掛けに返事はなく。スンは悲しそうに名前を零していた。何だか事情がありそうだ。
俺達は、一部屋貸してもらいそこでくつろぐ。
食事は、スンの家族四人と俺とミルシアの六人で囲んだ。
スンのお姉さんのルンさんは、食事中も機嫌が悪そうな感じで黙り込んでいた。やはり事情があるみたいだ。
スンのお父さんは寡黙な感じで、スンと一通り喋ると黙ってしまった。
スンは何か喋ろうとするが結局気まずそうに黙り込んでしまう。ミルシアは言わずもがな。
料理はおいしかったんだが、空気が重かった。
俺はどうにかしたかったけど、事情も分からないからどうしようもなかった。
唯唯、スンのお母さんの無駄に明るい声が虚しく食卓に響いていた。
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2012 2/24 加筆修正