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@@『五章:諦めろ。』@@

    @@『五章:諦めろ。』@@


「――オォォォォ!」

 耳障りな咆哮を上げて殺到してくる異形達。それを真正面から見据えるは金属製の短杖を握る騎士――ジャン。

 しかしその異形の波も彼の眼前で阻む『壁』の青い光に蝕まれ灰となり崩れ散る。

 しかし悪魔達はそんなものは見えなかったという風に瞳を血走らせ疾駆。牙を剥いての死の決まった突撃は止まらない。

 何故か。それは彼の『認識誤認』によって『壁』の存在とそれに触れ崩れ落ちる悪魔の認識をずらし、何も無い平原に唯一人自分が立っていると誤認させているから。

 獲物じぶんを狙い、次々と聖性の青い『壁』へと赤い光を散らしながらぶつかり合い、そして消滅していく悪魔達。

 しかし、一向に減る様子を見せない。正に赤い津波の如く押し寄せてくる。

「――ッ……ぅおおぉぉぉぉおおおおおおお!!」

 異形蠢く死地と化した平原の侵食を防ぐ最前線にして最終防衛線にて咆哮するは『壁』作り手。

 しかしその咆哮も、絶対的な質量の差をもって奏でられる異形達の濁った喊声かんせいに塗り替えられる。

 悪魔がぶつかる度に消費される聖性を補うために自身の身に宿る精神力それを振り絞る。

 数多の蟲が蠢動しゅんどうするような醜悪な情景を睨みつける。彼が睨みつけた前方の空間に青い幾何学模様が浮かび上がる。僅かに彼の周囲で青い燐光が散った。

 舞う燐光。世界の理が書き換えられたその残滓。

 刹那、彼に向かい迫っていた一群の進路が急に反転。そのまま元来た進路を逆走し始めた。そして前進するもう一群と正面から衝突。地響きに混じり肉と肉が潰れ骨が砕ける音が。

 そして数十体の悪魔を轢殺した数百の悪魔達は何も無かったかのように彼へと向かい殺到する。

 悪魔達の認識をずらし今度は自分の居る方向を誤認させた故の悪魔達の奇行。しかし『誤認した悪魔達を認識させない』という誤認は行っていない。

 だがあれらは『傲慢』。自身以外は取るに足らない下等なものだとみなす者共。故に誰が死に、誰が操られようと関係ない。

 只々、己のみを高所に置く存在。

 そういう奴らだからこそ、唯一人で群勢を抑えようと街を後方に背負って立つ自分を許せないのだろう。傲慢故に他の傲慢は許せない。

 嗚呼、反吐がでる。

 しかし、圧倒的な彼我の戦力差。雑魚ならば比較的僅かな聖性によって崩壊してくれるがそればかりではない。

 砂糖菓子に群がる蟻が如く迫る異形の群れと対峙しながら彼は歯を喰いしばる。

 また数十の悪魔が『壁』に触れ消滅する。

 それにより消耗した聖性を補充しようと幾度目かも分からない程に繰り返した精神集中を行なおうとした刹那――

「――ッ。……ぐ、ぁ」

 ――ぐらり、と視界が揺れる。次いで奈落の底へと落ちるかのような喪失感。意識が沈む。

 歪んだ景色が暗く閉じていく。微睡みに誘われるような不快な多幸感の中、思うように動かぬ篭手に覆われた手を鎧の腰へと伸ばす。その先には革紐でぶら下げた宝石が。

「……未だ、未だだッ! 未だ終わりじゃないッ!!」

 聖性せいしんりょくの尽きかけたことによる意識の暗転の中、彼はそう叫びその手に掴んだ『輝石』を粉砕した。

 次瞬、砕かれた『輝石』発せられたから青い激光が彼――ジャンに向かい迸る。

 そして、『輝石』の内に蓄えられた聖性を己の内に還元し、『壁』を存在させ続ける為に世界の書き換えを続行する彼。

 真っ直ぐと、未だ数え切れぬ程の異形達と相対する騎士。

 その彼に『傲慢』の悪魔達は口々に虫の羽音のように不快な声色で嘲笑と共に言い立てる。

 諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。諦めろ。

 諦めろ。

 たった五音のその言葉が幾百の言葉の群れとなって彼を襲う。

 確かに此処で諦められたらどんなに楽だろう。

 諦めろ。

 哄笑と共にそう言いながら肉薄してくる悪魔達が『壁』によって灰へと帰す。

 諦めろ。

 徐々にだが確実に聖性が削がれていく。『輝石』も用意したその大半は使ってしまった。残りの個数で幾程の時間を耐えられるか。

 諦めろ。

 不自然に聖性せいしんりょくを補ってきた反動か、思考が混濁し始めた。何故、自分はあの女に付いて来た?

 諦めろ。

 どうして悪魔などという悪しき者と共に居るあの女に?

 諦めろ。

 何故自分は唯一人でこの群勢を相手にしている?

 諦め――

 ……一人?

 諦――

 視界の端に、『魔法』の残滓である赤い光を撹拌する青い閃光が写った。

 目を凝らす。

 鉄塊というより他無い無骨な巨剣を振り回し、異形達を斬り潰す暴風と化している白銀の騎士が目に入る。

 それを見て、彼の乱れた思考が落ち着いていく。

 諦めろ。

 何故。誰が。どうして諦める。

 何故付いて来たか?

 彼女が自分を必要としてくれたから。

 あの軽薄な『悪食』を連れ、他に誰も連れて行くことの無かったあの彼女が。大悪魔をもあの雄々しき力の嵐でもって屠る、最強の聖女である彼女が。

 そんな彼女が自分を必要としてくれた。

 死地へと赴く理由はそれで十二分。

 誰にも理解されず、しかし蹂躙される者の為に己が力を振るう。例えその結果が畏怖の視線と恐怖を帯びた罵詈雑言だろうとも。

「諦めろ? 誰に物を言っている下種共が!! あの女騎士ひとの力になると誓った俺に言う言葉ではないぞ!」

 逸脱した力を持って、異形と共に異形を屠るその姿を格好良いと憧れた。

 そして、誰もその味方であろうとしないなら自分だけでも力になりたとそう思った。

 神代の英雄と化物にも比肩する人間と悪魔に追いつくために死に物狂いで自分を磨いた。天賦の才能だと他人に言われ讃えられた。しかしあの二人の足元すら届かない。それどころか影さえ見えない。

 だが、それでも諦めなかったではないか。

 誇れジャン=バティスト=カサドゥシュ。貴様の執念は彼女らの足の爪先程度には届いたぞ。

 肩を並べて戦えぬことは未練だが、彼女が護ろうと剣を振るう者達のその最後の守り手に選ばれた。

 諦める、など今後一切微塵も思うな。

 ――足を引っ張ってはダメよ?

 妹の言葉が心に響く。

「さあッ!! これより先に進みたいならかかって来い!! 悉く灰へと帰してやろう!!」

 脳裏に浮かぶ優しいが口うるさい妹の言葉へと「ああ、分かっている」と小さく呟いた後、声を張り上げ叫ぶ若騎士。

 その咆哮に反応するように悪魔達の突撃は一層に激しく、密になる。

 秒毎に著しく消費されていく『壁』の聖性。それを鎧の腰に吊るした残り少ない『輝石』を全て砕き補う。

 しかしそれも焼け石に水。補ったそばから消費されていく。

「――アアアァァアア!! 未だ、未だぁあああ!!」

 知らぬ間に叫んでいた。もう、そうでもしなければ意識を保っていられない。聖性が尽きかけている。

 ……。……聖性せいしんりょくが尽きそうならば、自身の生命力いのち聖性それへと変換する。

 そんな考えが半ば闇に落ちた思考に浮かぶ。

 あの下種共に出来るのだから出来ぬ筈はない。

 否。出来なくてもやる。諦めることは今後一切無いのだから。

 その結果がどんな結末だろうと構わない。願うなら、この異形の波を防ぎきることの出来る防波堤へとなれることを。

 声など吹き飛んだ無音の絶叫が彼の口から迸る。

 精神を、薪も炭も石炭も油をも超える燃料へと変換する。

 この肉体を、血も精神力も命をも燃やす機関へと変える。

 多分、天賦の才など自分には無かった。

 あった長所は諦めの悪さ。只これだけ。

 彼の身体から発せられた半ば白と化した青い激光。

 それが全て、死地と街とを分かつ絶対の『壁』へと注ぎ込まれた。




 それと同時、悪魔達を掻き散らし続けていた青い暴風の周囲を巻き込んで、上空から赤い燐光を散らしながら数多の武具が降り注いだ。

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