@@『四章:赤い雨』@@
@@『四章:赤い雨』@@
咆哮の斉唱。それに混じる嗤いの輪唱。振るわれる得物、腕、足、尾、それらが風切る音の多重奏。全てを埋め尽くす異形の群が各々で放つ赤い光の海のその中で、唯一つ青い光が周囲の赤を撹拌していた。
「――ァァアアアアアア!」
そう、文字通りの撹拌。超重量の巨剣の柄を片手で握り、細剣でも振るっているかの如く軽々と振り回す白銀の騎士――『悪魔憑き』。異形達のそれに負けぬ大音声を張り上げながら悪魔達を斬り潰していく。
「ギヒャヒャヒャヒャ!! 喰い放題だなおい!!!」
止まること無く激しく振るわれる鉄塊とも言うべき巨剣の軌跡。その合間を縫うように舞うのは一体の異形――『悪食』。
『悪魔憑き』の剣撃を辛うじて躱した悪魔達を獣爪よりも鋭い左手の爪によって四肢を引き裂き、達磨となった胴体を右手の湾刀によって細切れに。
「ああ、美味いッ! やはり悪魔が一番美味いな! 手前ぇら俺が喰うまで灰になって散るんじゃねえぞ!!!」
そして飛び散るそれから覗く黒く煌めく拳大の石に大きく口を開け喰らい付き、硝子を砕くような音と共に咀嚼し嚥下する。
それと同時、『石』を喰われた悪魔の身体や、断続的に振り回される青い燐光を纏った巨剣を食らった悪魔達が灰となり崩れ落ちる。
悪魔は人間や他の生き物達とは違い、四肢が斬り落とされ、身体を両断され頭を砕かれる程度では死にはしない。
「ギ――」
「グギャ――」
更に別の悪魔へと文字通り喰らいつく『悪食』。それごと斬り砕く勢いで巨剣を振るう『悪魔憑き』。更に悪魔の数が減っていく。
不死とも言える悪魔達。しかし、その身の内に在る拳大の石――『核』が傷つくか、或いは許容量以上の聖性をその身に受けた場合、悪魔は灰となりその身を散らす。故に劇薬。故に聖性持ちは悪魔に対抗しうる。
圧倒的戦力差の群勢と戦う二名の周りには降り積もった灰の山。それは何体、十何体、何十体の悪魔の果てか。
「……勿体ねえな。馬鹿みたいに砕きやがって。手前ぇらが飯喰う時は神とやらに祈るクセに、俺の飯は撒き散らすのか?」
「あら、それだと私は何も出来ないじゃない。この世の全て食い尽くす『暴食』、その中の『悪食』。悪魔さえも自分の餌、『皆喰い』の『悪魔喰い』さん? 貴方の食べないモノしか干渉出来ないのだったら私は何に触れられるのかしらん? それと、私は神には祈らない。忘れたの?」
軽口を言い合いながら悪魔を屠る一体と一人の動きに合わせるように、ジャラリ、とその黒衣の悪魔と白銀の騎士とを繋ぐ鎖が舞う。重さの無いそれは互いを決して逃さぬという誓いの呪いのその具現。伸びるそれの限界を超える程に離れなければ動きを阻害することは無い。
「わはははッ!! 僅か二体で我らと戦うか! なんという傲慢!! 面白いぞ貴様らッ。だが死ね! 我らの行く手を阻むモノは全て死すべき運命である!」
そう金属質な耳障りな声で高く宣言しつつ迫る一体の悪魔。賛同の意を表しながら数多の悪魔達がそれに続く。
「否! 死すべき運命とやらにあるのはお前達よ!」
「きひひ。喧しい。食い物が喋るな」
激情の咆哮と共に青い光を帯びた剣嵐が吹き荒れ、冷たい笑声と共に赤い光を帯びた顎が喰らいつく。
灰が血煙の如く舞い散る中を、しかし誰も止まらない。
莫大な量の聖性を鎧い、その効力である身体能力の補助を受け自身の数十倍の重量の鉄塊を振り回す女騎士。しかしそれだけではまだ足りない。重量のある全身甲冑を纏いて藁の如く巨剣を繰るにはまだ力が足りない。
故に己が固有の奇跡『万象強化』によって自分の身体能力を更に強化し補いつつ剣を振るう。全身に浮かぶ精緻な青い文様の光を着込む鎧の隙間から覗かせながら彼女は悪魔を灰へと変えていく。
世界の理を書き換える『奇跡』。後方でジャンの張る、このキリングフィールドとの境界線は確かに『奇跡』だが、ある程度の聖性を持つ者ならば誰でも作り出せるものである。もう一つ、聖性に指向性を持たせ放つ『光弾』というものもあるが、これも聖性持ちならば誰でも放てる。
しかし、個人個人固有の『奇跡』というものがある。
ジャンが悪魔達を誘い出す為に用いた『認識誤認』や巨剣を繰る女騎士のあらゆる事象を強化する『万象強化』等がそれである。主にこの固有の奇跡を使える者を指して『奇跡使い』と呼称する。
「キシャアア!」
奇声。一体の悪魔が地面へと掌を着けると、魔力の赤い光がジワリと大地へと滲んでいく。
「――ッ!?」
その赤く滲んだ地面へ巨剣を振り下ろした『悪魔憑き』の足が降りた刹那、まるで液体のように沈み込む。
しかし――
「舐め、る、なぁッ」
――足が沈み切る前に彼女の青い光が閃く。
「ッな――」
液体と変わった地面、その表面の張力を極限まで強化。結果、鎧と巨剣の重量を受けても沈まない。
驚きの途中でその声は鉄塊の暴風に掻き消える。
「きひゃひゃひゃッ。魔法なんて使うな阿呆共が! 魔力が逃げる!! 味が落ちる!!!」
他の数多の悪魔達がその身に赤い文様を浮かべ、世界を書き換えるその中で『悪食』が吠える。
開かれた口腔内に光る微細な幾何学模様。そして響くは『悪食』に喰われた悪魔の断末魔に咀嚼音。
女騎士の力があらゆる事象の強化ならば、この悪魔の力は『暴食悪食』。自身の喰ったモノを僅かの減退も無く己が魔力へと変える、ただそれだけの『魔法』。
だが、それだけの力しかない魔法はしかし無類の威力を発揮する。
「ギャアハッハハハハハハハハハハハッ!! もっと、もっとだ! 俺の飢えを! 乾きを! 満たすためにもっと喰われに来い!!」
獣よりも凶悪な魔爪で引き裂き、並の聖剣よりも鋭い魔剣で切り刻み喰らいつく美貌の悪魔。
それに殺到する数多の異形達。各々の『魔法』を放ち、纏い、『悪食』を狙う。
それを見据える黒衣の悪魔は悦楽を満喫するかのような蕩けた笑みを浮かべそれらを切り刻む。そして肉体を細切れにされ現れる核である『石』へと喰らいつき壮絶な笑みと共に咀嚼する。
悪魔を引きちぎり切り刻み、喰らう悪魔は身体能力強化の為に魔力を纏っている以外は殆んど魔力を使用していない。例外としては『悪魔憑き』の騎士とを繋ぐ鎖だが、それも戦闘に使用することはしていない。
魔力は悪魔の命そのものであるが故に『魔法』を使えば僅かながらに悪魔は弱る。
だがしかし、『悪食』の『魔法』は魔力の補充を効率よく行う為のもの。
故に、『悪食』は喰えば喰う程に魔力を蓄え強くなる。
魔力の消費を抑え、『暴食悪食』の魔法のみを行使し魔力の塊である悪魔を喰らう『悪食』の、蓄える魔力は今やどれほどか。大悪魔か。それとも魔王にすら届くのだろうか。或いは――
「――ッァアア! 灰へと還れ悪魔共!」
絶えることのない泉の如く青い激光を発しながら鉄塊を振るう白銀の女騎士。その凶風に周囲の悪魔達は灰燼へと化す。
「さあッ!! まだ私は死んでいないぞ悪魔共!! ――」
一千年に一人とさえ称され、神代の英雄に比肩するとまで讃えられる量の聖性を宿す女騎士が巨剣を振りかぶり周囲の悪魔達へと視線を巡らせ叫ぶ。
「キヒヒヒッ! 次はどいつだ?! ――」
金銀妖瞳を飢えた獣のようにギラつかせた褐色の悪魔は、バリボリと口内の物を咀嚼しながら左の魔爪と右の魔剣を持つ腕を大きく、まるで十字架のように開き、首を傾げ視線のみを周囲の悪魔達へと巡らせ叫ぶ。
「――かかって来い!!」
「――かかって来い!!」
そして同時、一方は凛とした声色の中に劫火の如き意思を込め、もう一方は粘ついた声色の中に熱砂の如き乾きを込めてもう一度大きく吠えた。
その刹那。
「――ッ!?」
「――キヒャハ、こりゃスゲエ」
息を呑み、小さく呟く一人と一体の視線の先には空を覆い尽くす程の数多の武具の群。
宵闇に沈みかけた天空高く浮かぶ武具の一つ一つが纏う赤い光。不気味な赤い雲のように空を覆うそれらの刃先は全て大地へと向いている。
怛刹那後、蠢くそれら全てが赤い豪雨の如く降り注いだ。