@@『二章:最強の嫌われ者』@@
@@『二章:最強の嫌われ者』@@
「――――」
騎士団の団長である壮年の男の声が石造りの部屋に反響する。それを張り詰めた空気で固い表情で聞いている騎士達数十名。それが全団員ではなく、部隊長などの上級騎士達である。
内容は此の街へと迫る悪魔の群について。
此処とは違う別の世界に存在する悪意の塊である魔なる者共――悪魔。『傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲』の七つに大別される性質の一つを体現するソレらは、世界の狭間からこの世界へと現界する。
狭間――それはこの世界と悪魔達の存在する世界の境界の内、こちら側の世界の密度が疎である七つの個所。絶えず世界は活動する為その場所は常に変り座標を特定することが出来ない。故に悪魔達が何時、何処から現れるかわ予測が出来ない上にその全ての活動はこの世界を蹂躙するものであるので質が悪い。
今回はこの街より若干離れた場所での出現。悪意のみで行動する彼らだが、何故か付近の村々を襲うことは無く、最も近いこの街へと向け進撃の穂先を向けたのである。
「総数は約五千。その全てが人型だ。その内の三千程は既に領内へと侵入している。尚、報告があったのは昨日なので既に全ての悪魔が領内に入っていると考えられる。明日の朝には此処へと到達するだろう。国軍の援軍が到着するのは早くても明日正午になると思われる。故に、我ら『銀獅子騎士団』総勢二千によりそれを迎――」
「きっひひ。んな数が出てくるなんざ一千年に一度の大穴だな。んで、ちっせー人間の集落なんざ眼もくれねえで人間共の多い此処に向かってくるだから間違いなく『傲慢』だな。きひひひひ。『この世の全ては俺の物だ。故にこの近隣一の大きさのこの街は俺が支配する』とか何とか言ってたのは何時の奴だったか」
団長の言葉を遮ったのは集まった騎士たちの最後尾に座していた黒衣を纏う褐色の肌の男――否、悪魔『悪食』。哄笑を上げながら、振り返った騎士達の殺意すら感じられるその視線を受け止め尚も笑い続ける。
「……何か意見か? 『悪――』……ではない――」
耳障りな笑声を響かせる異形の男を無視し騎士団長はその隣に座る女騎士へと声をかける。無論、言いかけた言葉は『悪魔憑き』である。流石に畏怖と侮蔑の通称であるそれを規範を重んずる騎士達の長が言うわけにもいかず咳払いで誤魔化した結果、次の言葉へと繋ぐために少々言葉が途切れた。
「はい。そのような数の悪魔達を正面から迎え撃てば被害は甚大。最悪、援軍の到着まで保たない可能性もあります。故に私達が援軍到着までの数時間、時間を稼ぎます」
その間に、女騎士――『悪魔憑き』が淡々と言葉を紡いでいく。
「……それはお前と、その悪魔が。という意味で間違いないか?」
女の言う事は事実でもある。低級な者が相手であっても戦闘の際の彼我の力の差は歴然。よって通常はその差を数で補う。しかし今回はその数ですら劣る。
だが、僅か二名で数時間とはいえそれを抑えるという彼女の言葉にざわめく周囲。しかし蔑まれているとはいえ強大な聖性を宿し、強力な悪魔を連れた彼女の力は確かなものである。
そして、彼女とその悪魔はその自身の『奇跡』と『魔法』の特性とその戦い方により集団戦に絶対的に向かないのだ。悪魔ごと切り潰す勢いで振るわれる斬撃の嵐と、高笑い振るわれる魔剣の乱舞。まるで周りの仲間が見えないとでもいうように放たれるそれらは悪魔にとっても驚異であると同時、共に戦う騎士達にとっても驚異なのだ。
故に、騎士団長は案によっては彼女の言う通りにしようと考える。例え彼女と共に居る悪魔がしくじり死んだとしても、否、間違いなく死ぬだろうが、それなりの数の悪魔を道連れに果てるだろう。それ程に彼女らは強い。強すぎる。しかし普通の人間と肩を並べて戦うことは出来ない。ならば、その力を全霊で振るえる役と任を与えよう。それを彼女は望んでいる。その結果死しても良いと、冷たいがしかし猛る彼女の瞳が言っている。
そして、その彼女らが討ち漏らした残りを全軍で迎え撃つ。そうすれば、援軍が間に合うかもしれない。そうすれば、間に合いさえすれば、騎士団はその全てが殉死するかもしれないが街は残る。その住民達は護ることが出来る。
尚も収まらぬざわめきのその中で歪んだ角を生やした男は笑い続け、赤髪の女騎士は感情の起伏を感じさせない冷めた口調で肯定する。
「はい。ですが、可能ならばもう一人、連れて行きたいのですが」
誰だ? という騎士団長の言葉。既に彼女と悪魔が死地へと向かうことは決まったも同然だった。憎むべき対象である悪魔と共に居る彼女は騎士達にあまり好ましく思われていない。
しかし、嫌悪と畏怖の混じる視線を浴びても全く気にする体もなく答える『悪魔憑き』と呼ばれる女騎士。
この場の騎士達の誰もが自分の名前を呼ぶな。といった体で視線を泳がせるその中で、呼ばれた騎士は大きな返事と共にバネ仕掛けの玩具のように背筋を正して飛び上がる。滑稽なそれを見た彼女はニヤリと笑みを浮かべ――
「という訳なんだけど、手伝ってくれる? ジャン=バティスト=カサドゥシュ?」
――その若い騎士へと尋ねる。
その問いに若い騎士は大きく肯定の言葉を返した。