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@@『序章:終わりは唐突に』@@

      @@『序章:終わりは唐突に』@@

 赤。赤。只々真紅なこの世界。少し前までは赤の他にも様々な色で溢れていたのに。と、彼女は漠然と考える。

 咽ぶ程に充満している鉄錆の臭い。さっきまで香っていた夕食の匂いは何処へ。

 グチャグチャと『ナニか』を咀嚼する音。ピチャピチャと粘ついた雫が垂れる音。硝子を擦り合わせるかのような不快な笑い声。

 数瞬前まで笑い合っていた家族達は一体何処に?

「――――」

 目の前で『ナニか』を喰らっている『ソレ』が此方を向き何か言っている? しかし耳には入ってこない。

 『ソレ』の大きく裂けた口。その中に並ぶ鋭利な牙。長い舌から赤の混じったぬらつく唾液が滴り落ちる。

「――――」

 また『ソレ』がその締まりの無い口を動かす。だがやはり理解出来ない。

 石のように固まっていると『ソレ』は獣のようなその足を踏み出し此方に歩を進めてくる。その途中、床に転がっていた『ナニか』に気がつく。それを拾い上げ無造作に口へと放り込んだ。

 ボリボリ、グチャグチャ。美味しそうにその『ナニか』を咀嚼する『ソレ』。

 緩んだ口元から僅かに覗いたそれは――

 ――そういえば、お姉ちゃんの手はとても綺麗だったな。

 何故かそんな場違いなことを思い出す彼女。

 視線が泳ぐ。床に散乱する別の『ナニか』が視界に入ってくる。それは。それはそれはそれは――

 ――お母さんの髪は夕陽のように綺麗な赤で、お父さんの腕はとっても太かった。

「……あ、」

 そんな間の抜けた声――否、音が口から漏れた。その刹那後に膝の力が抜けその場へとへたり込む。手をつくと、粘つく赤に覆われた床が気持ち悪い。

 焦点の定まらないまま、歩み寄ってくる『ソレ』を仰ぎ見る。

「さあ、次はお前の番だな今のとどちらが美味いかな?」

 粘ついた声で『ソレ』がそう言った。しかし言葉の大半は理解できない。

 次? 前は何を?

 私の番? 他に誰かの番が?

 今のとどちらが美味しいか? 今のというのはあの『ナニか』?

 ……。嗚呼そうか、私は目の前の異形に食べられそうなのか。

 歯車が噛み合うように、今まで混沌としていた頭の中の情報が整理されていく。

 その結果、今度は凍っていた感情が混沌と化した。吐き気と悲しみと恐怖と怒り、様々なもの体の中で沸き上がり循環しそしてその全てが正常に作用しない。

 全て理解した。しかしどのような行動を起こせば良いのかわからない。只、溜まり続ける言いようの無い感情のその不快感がたまらない。

 強張る身体。気温は低くない。なのに震えが止まらない。

 『ソレ』が眼前へ。見下ろす『ソレ』と目が合った。

 つぅ、と細められる金色の瞳。

「――ッ」

 それを見た瞬間、身体の中の混濁としたその何かが弾けた。

 閃光。陽の光を直視するよりも強烈な青い光が『ソレ』へと向かい放たれる。

「――ッギ!?」

 青光に吹き飛ばされる『ソレ』――悪魔。

 家の中の家具を砕きながら、ようやく止まる。呻きながら立ち上がるその異形は血走った瞳で睨みつけてくる。

「テメエ。……聖性持ちか」

 苦々しげに言いながら二足歩行の獣のような体躯を前傾姿勢に。その刃のような牙に赤い精緻な幾何学模様に似た文様が滲むように浮かんでいる。それの意味する事はただ一つ。世界の理のその書き換え。

 この世界を蹂躙する『ソレ』――悪魔共が持つ力は『魔力』と呼ばれ、それを用いて世界を書き換える技は『魔法』と称される。

 対する人間達が持つ力が『聖性』。此方を用いて世界を書き換えることは『奇跡』と呼ばれ、それを繰る人間は『聖性持ち』或いは『奇跡使い』と呼ばれ崇められる。

 世界の理を書き換える。例えるならそれは火種のない場所で劫火を生み出し、空を撫ぜるだけで暴風を起こすようなもの。

 悪魔が魔の方法で行うならば、人が起こせば奇跡というより他は無い。

「聖性持ちは喰えねえからな。解体してから喰ってやるよ」

 何故ならば、『聖性』それ自体が悪魔達にとって劇薬である故に。

 悪魔の牙が纏う赤い光が強くなる。

 大きく開かれた顎。それが勢い良く閉じられた。ガキン、と空を噛む音が響く。

 不可視の圧。離れているのに、あの悪魔の口が目の前にあるかのような威圧感。それを彼女が感じた刹那――赤い燐光が巨大な顎を作り出し、彼女を噛み砕く。

「きひゃひゃ。莫迦かお前は。こんな美味そうなもんが不味そうたぁなぁ?」

 だがしかし、その前に何者かの軽薄な哄笑と共に彼女は宙を舞った。否。舞うなどではない。着ている服の襟首を掴まれ振り回され、強引にその場を動かされた。

 次瞬、掴まれたそれが離される。受身も取ることが出来ず崩れるように倒れこむ彼女。

 彼女を悪魔の牙から救ったそれは――

「ハラワタが爛れ落ちそうなくらいに美味そうな聖性だ。手前ぇみたいな三下に殺させねえよ。勿体ねえ」

 二体目の悪魔であった。その美貌を大きく歪ませた異形の男が彼女の傍らに存在していた。

「キヒャハハ。おい餓鬼、アレに殺されるのと俺に聖性喰われた果てに死ぬのどっちがいい?」

 左右で色味の違う、金銀妖眼の悪魔は自分を見上げる彼女へと視線を向けてそう尋ねる。

「まぁ、答えはどうでもいいんだが。良いも悪いも関係無え。俺はお前の聖性を尽きるまで食い尽くす。拒否権は無い。逃がすつもりも無い。死ぬことも許さない」

 己で質問しておいて選択肢は一つのみ。どこまでも勝手な当に悪魔そのものの物言いで宣言する。

 それを聞いて彼女は――

「ふふ。あははッ!」

 ――何故か笑った。幼いが聡明な彼女の思考の中で何が起こったのかは彼女自身わからない。

「うん。いいよ。私の聖性、あなたに食べさせてあげる。でもその代わりに――」

 幼いその顔に似合わない妖しい声色で答え、クスクス笑う彼女。続く言葉は――




 故にその日、彼女は死んだのだ。


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