↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/21

第六章「暴かれる関係」

その一言で、世界の温度が下がった気がした。


「……は?」


振り返ると、そこに座っていたのは、彼女の父親だった。


見たことはない。

けれど、分かる。


血の気が引くような圧。

ただ座っているだけで、空気を支配する存在。


「いつからだ」


低く、抑えた声。

怒鳴っていないのに、心臓を直接掴まれるような感覚。


彼女の手が、わずかに震えた。


「……違うの、お父さん、これは――」


「黙れ」


短く、切り捨てるように言い放たれる。


その瞬間、彼女の肩がびくりと跳ねた。


――おかしい。


ただの父親じゃない。

この“圧”は、異常だ。


「お前か」


視線が、俺に向けられる。


逃げろ、と本能が叫んだ。

関わるな、と警鐘が鳴る。


なのに。


「……俺です」


口が勝手に動いていた。


彼女の手を、強く握る。


離したら、もう戻れない気がしたから。


「この子と、ちゃんと向き合ってるのは、俺です」


言い切った瞬間、空気が歪んだ。


――いや、違う。


“歪まされた”。


視界の端が、微かに揺れる。

床の影が、不自然に伸びる。


父親の背後。

そこに、“何か”がいた。


見えないはずなのに、分かる。


黒く、重く、粘つくような存在。

形はないのに、確かに“そこにいる”。


「……気付いたか」


父親が、わずかに笑った。


その笑みは、人のものじゃない。


「この家の“もの”に」


彼女の手が、ぎゅっと強く握り返される。


震えている。


恐怖で。


「やめて……もう、やめて……」


彼女の声が、かすれる。


「この子は、もう“決まっている”」


父親の声に、もう人の温度はなかった。


「お前が触れていい存在じゃない」


その瞬間――


彼女の体が、ぐらりと揺れた。


「……え?」


支えようとした腕が、すり抜ける。


いや、違う。


“離されている”


見えない何かに、引き剥がされるように。


「やめろ!!」


叫んだ。


届かないと分かっていても。


彼女の指先が、するりと俺の手から滑り落ちる。


「……ごめん……」


最後に見えた彼女の表情は、


泣いていた。


次の瞬間――


消えた。


音もなく。


跡形もなく。


そこにあったはずの存在が、完全に。


「――は……?」


理解が追いつかない。


現実が、崩れる。


「これが“しきたり”だ」


父親の声だけが、静かに響く。


「先祖が決めた、絶対の掟」


足が震える。


怖い。


理解できない。


逃げたい。


――それでも。


それでも。


「……ふざけんなよ」


気付けば、顔を上げていた。


心臓は壊れそうなのに、目だけは逸らせない。


「そんなもんで、奪われてたまるかよ」


声が、震える。


けれど止まらない。


「返してもらう」


一歩、踏み出す。


「何に奪われようが――」


父親の背後の“それ”を、睨みつける。


「必ず、取り返す」


空気が凍る。


沈黙。


そして――


「……愚かな」


父親の声と同時に、背後の“何か”が、わずかに蠢いた。


まるで、笑ったように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。