第四章「もう一度、君に触れた夜」
すべてを失ったと思っていた。
もう二度と会えないと、そう思い込もうとしていた。
それでも――
消えないものが、確かに残っていた。
この章では、二人がもう一度出会います。
終わったはずの関係が、
もう一度、動き始める。
けれどそれは、ただの再会ではありません。
少しだけ、覚悟をして読んでいただけたら嬉しいです。
――それから、半年。
何も変わらない日々が続いていた。
いや、正確には違う。
“何もない”日々だった。
あいつのいない時間は、驚くほど静かで。
どこか現実味がなかった。
仕事をして、飯を食って、寝る。
それだけの繰り返し。
笑うことも減った。
何かを楽しむことも、ほとんどなくなった。
ただ、時間だけが過ぎていく。
――終わったんだ。
何度も、そう言い聞かせた。
けれど。
胸の奥に残ったものは、どうしても消えなかった。
忘れられるはずがない。
あんな時間を、なかったことにできるほど、器用じゃない。
そんなある日の夜。
携帯が鳴った。
見慣れない番号だった。
一瞬、出るか迷う。
それでも――なぜか、出なければいけない気がした。
「……もしもし」
数秒の沈黙。
そして。
「……会いたい」
その声を、間違えるはずがなかった。
心臓が、強く跳ねる。
「……どこだ」
それしか言えなかった。
場所を聞いた瞬間、通話は切れた。
それでも、十分だった。
車に飛び乗る。
エンジンをかける手が、少し震えていた。
考える余裕なんてなかった。
ただ、アクセルを踏み込む。
――会える。
その一心だけで。
指定された場所に着く。
夜の街灯の下。
そこに――いた。
細い体。
少しだけ俯いたままの姿。
間違いない。
「……おい」
声をかけた瞬間。
彼女が、顔を上げた。
目が合う。
その瞬間。
彼女の目から、涙があふれた。
次の瞬間には――
走っていた。
一直線に、俺の方へ。
「……っ」
言葉にならない声。
そのまま、俺の胸に飛び込んできた。
「お願い……」
震える声。
「今すぐ……抱きしめて……」
そんなの、言われるまでもなかった。
強く、抱きしめる。
壊れてしまいそうなくらいに。
細い体。
温もり。
鼓動。
全部、ちゃんとある。
「……ほんとに、お前だよな」
情けないくらいの言葉だった。
けれど、それしか出なかった。
彼女は、何度もうなずいた。
「……会いたかった」
その一言で、胸が締めつけられる。
「……俺もだよ」
短く返す。
それだけで、十分だった。
しばらくの間、何も言えなかった。
ただ、抱きしめていた。
離したら、もう二度と触れられない気がして。
やがて、彼女が小さく呟く。
「……ごめんね」
その言葉に、力が入る。
「謝るな」
少しだけ強く言う。
「お前が悪いわけじゃない」
彼女は、首を横に振った。
「でも……私」
言葉が途切れる。
代わりに、涙が落ちる。
「……あのあと、結婚させられたの」
頭が、一瞬止まった。
「……は?」
思わず、声が漏れる。
「先祖の相性がいい人と……」
淡々とした言い方だった。
けれど、その奥にある感情は、隠しきれていなかった。
「……ふざけんな」
思わず、吐き出す。
「そんな理由で――」
言葉が荒くなる。
彼女は、静かに続けた。
「でも……無理だった」
その一言で、すべてを察した。
「風呂場……覗かれたりして」
その瞬間、頭の中で何かが切れた。
「もう、限界で……逃げてきた」
震える声。
抱きしめる力が、自然と強くなる。
「……よく来たな」
それしか言えなかった。
彼女は、少しだけ笑った。
泣きながら。
「……うん」
その笑顔が、あまりにも儚くて。
守らなきゃいけないと、強く思った。
「……また、会ってもいい?」
恐る恐る、そんなことを言う。
そんなの、決まってる。
「当たり前だろ」
即答だった。
その瞬間、彼女の表情が崩れる。
安心したように、また涙があふれる。
「……よかった」
小さく、そう呟いた。
――そのとき。
ふと、違和感が走った。
背中に、冷たいものが触れた気がした。
一瞬だけ、顔を上げる。
暗闇の奥。
街灯の届かない場所。
そこに――
“誰か”が立っていた。
動かない。
ただ、こちらを見ている。
彼女は、気づいていない。
俺だけが、見えている。
視線が、合う。
その瞬間。
ぞわっ、と全身に寒気が走る。
――まただ。
間違いない。
“見られている”。
それでも。
抱きしめる力を、緩めなかった。
「……大丈夫」
彼女にだけ聞こえる声で言う。
「俺がいる」
自分に言い聞かせるように。
そして、あいつにも。
――今度は、離さない。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
離れていた時間を越えて、
二人はもう一度出会うことができました。
触れられる距離に戻ったこと。
それだけで、どれほど救われるのか。
けれど同時に――
“見えない何か”も、決して離れてはいません。
この再会は、終わりではなく始まり。
取り戻したはずの時間が、
どんな形に変わっていくのか。
引き続き、見届けていただけたら嬉しいです。




