第三章「決められた運命」
ここから、二人の運命が大きく動き始めます。
これまで曖昧だった違和感は、
少しずつ“はっきりとした現実”へと変わっていきます。
そして――
この章で、二人は初めて“選ばされる”ことになります。
守るのか、諦めるのか。
その答えは、まだ出ません。
けれど確実に、
引き返せない場所まで来てしまいました。
どうか、この先も見届けてください。
それは、何の前触れもなく訪れた。
いつものように会って、
いつものように笑って、
いつものように別れた、その数日後だった。
彼女から、ひとつのメッセージが届いた。
――「お母さんに、会ってほしい」
短い文章だった。
けれど、その一文の重さは、
今までのどんな言葉よりも大きかった。
「いいよ」
迷いはなかった。
むしろ、どこかで覚悟していたのかもしれない。
――いつかは来る、と。
約束の日。
指定された場所は、彼女の実家ではなかった。
少し離れた、古い一軒家。
玄関をくぐった瞬間、空気が違った。
重い。
湿っているようで、乾いているような、
言葉にできない違和感。
リビングに通される。
そこにいたのは、彼女の母親だった。
静かな人だった。
年齢は分からない。
ただ、“普通じゃない”ということだけは、はっきりと分かった。
視線を向けられた瞬間、
胸の奥がざわつく。
――見られている。
ただ見られているだけじゃない。
何か、もっと深いところまで。
「……あなたが、あの子の」
低く、落ち着いた声だった。
「はい」
短く答える。
それ以上、言葉が出なかった。
沈黙が、少しだけ流れる。
そのあと。
母親は、はっきりと告げた。
「結論から言います」
その声に、感情はなかった。
「あなたと、あの子は――結ばれてはいけません」
言葉が、すぐには理解できなかった。
「理由を、聞いてもいいですか」
なんとか、それだけを返す。
母親は、少しだけ目を細めた。
「……先祖です」
その一言で、空気がさらに重くなる。
「あなたとあの子の先祖は、かつて敵同士でした」
静かに、淡々と続ける。
「相性は最悪。交わることは許されない」
理解が、追いつかない。
「そんな……」
思わず言葉が漏れる。
「今の時代に、そんなことで――」
言いかけたときだった。
「関係あります」
遮られた。
その一言に、強い圧があった。
「これは“今”の話ではありません」
母親の目が、わずかに鋭くなる。
「“続いている”話です」
背筋が、冷たくなる。
「……もし、このまま関係を続ければ」
一拍。
「必ず、何かが起きます」
その言葉には、確信があった。
脅しではない。
“知っている”人間の言い方だった。
「……それでも」
気づけば、口が動いていた。
「俺は、あいつと――」
最後まで言えなかった。
母親の視線が、変わった。
ほんのわずか。
けれど、確実に。
その瞬間。
――“何か”が、いた。
視界の端。
部屋の奥。
人の形をした、影のようなもの。
一瞬で消えた。
見間違いかもしれない。
けれど。
確かに、“いた”。
「……もう、遅いのです」
母親が、静かに言った。
「向こうも、気づき始めています」
心臓が、大きく跳ねる。
「このままでは、あの子は――」
言葉が、少しだけ詰まる。
ほんの一瞬だけ、母親の表情が揺れた。
「……連れていかれます」
その一言で、すべてが凍りついた。
何も言えなかった。
何も、できなかった。
ただ、理解だけが、ゆっくりと染み込んでいく。
――これは、どうにもならない話だ。
帰り道。
何を考えていたのか、覚えていない。
気づけば、携帯が鳴っていた。
彼女からだった。
「……ごめんね」
電話越しの声は、震えていた。
「私……」
その先は、言葉にならなかった。
代わりに、泣き声が聞こえる。
「……会えないのか」
やっと、それだけを絞り出す。
しばらくの沈黙。
そして。
「……うん」
小さな声。
それだけだった。
通話が切れる。
画面を見つめたまま、動けなかった。
胸の奥が、空っぽになる。
出会ってから、まだそれほど時間は経っていない。
それなのに。
何か、とても大きなものを失った気がした。
――これで、終わり。
そう思った。
そう思うしかなかった。
けれど。
どこかで、分かっていた。
――終われない。
あいつを、あのままにできるはずがない。
静かに、拳を握る。
「……ふざけんなよ」
誰に向けた言葉かも分からない。
運命か。
先祖か。
それとも――見えない何かか。
それでも。
ひとつだけ、はっきりしていた。
――このまま終わらせるつもりはない。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この章で、二人は初めて“引き裂かれる現実”と向き合うことになりました。
想いだけではどうにもならないものが、確かに存在する。
それを、突きつけられた形になります。
それでも――
このまま終わるような関係ではないことも、
どこかで感じていただけたのではないでしょうか。
失ったものの大きさと、
それでも消えない想い。
この先、二人がどう動くのか。
引き続き、見届けていただけたら嬉しいです。




