最終章「それでも、君と生きていく」
春だった。
また、同じ季節。
でも――もう、同じじゃない。
「……湊、ほら」
呼ばれて振り向く。
そこにいるのは、陽菜。
少しだけ大人びた笑顔。
でも、変わらない優しさ。
「写真撮るよ?」
「……はいはい」
苦笑しながら、隣に立つ。
シャッター音。
その瞬間を、残すように。
それから、少し時間が流れて。
「……ねぇ」
陽菜が、静かに言った。
「ほんとに、いいの?」
その言葉の意味は、分かっている。
指先に、少しだけ力が入る。
「……今さらだろ」
小さく笑う。
「ここまで来て、引き返す気ないよ」
その答えに。
陽菜が、少しだけ泣きそうな顔をする。
「……そっか」
そして。
ゆっくりと、笑った。
白いドレス。
静かな式場。
優しい光。
「誓いますか?」
その問いに。
迷いは、なかった。
「……誓います」
その声は。
確かに、自分のものだった。
隣を見る。
陽菜も、頷く。
「……誓います」
その瞬間。
何かが、“確定した”。
もう、奪われない。
もう、消えない。
それから――
時間は、穏やかに流れていく。
季節が巡る。
日常が積み重なる。
そして。
「……湊」
陽菜が、少し困ったように笑う。
「……産まれたよ」
その一言。
世界が、静かに震えた。
腕の中。
小さな命。
「……」
言葉が、出ない。
ただ。
見つめる。
確かに、ここにいる。
「……すごいね」
陽菜が、隣で言う。
「……うん」
やっと、それだけ答える。
その小さな手が、動く。
ぎゅっと。
指を、掴む。
「……っ……」
息が、止まりそうになる。
こんなにも。
“確かなもの”があるなんて。
窓の外。
桜が、また舞っている。
「……ねぇ」
陽菜が、優しく言う。
「名前、どうする?」
少し考える。
でも。
「……まだ、いい」
そう答える。
「……もう少し、このままでいい」
陽菜が、少しだけ笑う。
「……そっか」
その時。
ふと、足元を見る。
影。
三つ、並んでいる。
重なっている。
ズレていない。
……はずだった。
ほんの一瞬だけ。
子供の影が、わずかに揺れた。
「……っ……」
目を凝らす。
でも。
すぐに、元に戻る。
「……どうしたの?」
陽菜が、心配そうに見る。
「……いや」
首を振る。
「……なんでもない」
そう答える。
でも。
分かっている。
“完全に終わったわけじゃない”。
それでも。
それでもいい。
腕の中の、小さな命。
隣にいる、陽菜。
守るものが、ある。
「……行こう」
静かに、言う。
「……うん」
三人で、歩き出す。
春の中を。
未来へ。
それでも君を取り戻す。
その約束は――
形を変えて。
これからも、続いていく。




