第二十章「再接続」
雨は、やんでいた。
雲の切れ間から、薄く光が差している。
「……なんか、不思議だね」
陽菜が、コーヒーに口をつけながら言う。
「こうやってさ」
少しだけ笑う。
「普通に話してるの」
向かい側。
小さなカフェの窓際。
「……ああ」
頷く。
確かに、不思議だった。
10年も空いているのに。
ぎこちないはずなのに。
どこか――
“懐かしい”。
「……ねぇ」
陽菜が、カップを置く。
少しだけ、真剣な顔。
「……なんで私たち、別れたんだっけ」
その問い。
胸の奥が、わずかに揺れる。
「……覚えてないのか?」
「……うん」
少し困ったように笑う。
「大事なはずなのに、そこだけ曖昧で」
沈黙。
思い出す。
あの違和感。
ズレ。
触れられなかった距離。
「……すれ違いだよ」
短く、答える。
それ以上は、言えなかった。
「……そっか」
陽菜が、小さく頷く。
「……なんかね」
視線を少しだけ逸らして。
「それだけじゃない気がするんだけど」
その言葉に。
一瞬だけ、空気が揺れる。
でも。
「……そうかもな」
それ以上、踏み込まない。
今は。
“今”だけでいい。
少しの沈黙。
窓の外。
水たまりに、空が映っている。
「……ねぇ、湊」
呼ばれる。
「……もう一回さ」
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「やり直さない?」
その一言。
心臓が、強く打つ。
“同じ言葉”。
どこかで聞いた気がする。
でも。
それがいつなのかは、分からない。
「……いいのか」
思わず、口に出る。
「また、同じことになるかも」
怖かった。
また失うことが。
でも。
陽菜は、少しだけ笑った。
「……その時はさ」
まっすぐ、こっちを見る。
「また、出会えばいいじゃん」
その言葉。
軽いのに。
重かった。
「……何回でも」
胸の奥が、締め付けられる。
それは。
偶然の言葉じゃない。
“どこかで知っている言葉”。
「……ずるいな」
思わず、笑う。
「それ言われたら、断れねぇだろ」
陽菜が、少しだけ照れた顔をする。
「……じゃあ、いいの?」
「……ああ」
頷く。
今度は、迷わない。
「やり直そう」
その言葉と同時に。
何かが、静かに繋がった。
切れていたはずのもの。
失われたはずの時間。
全部を越えて。
“再接続”された。
店を出る。
空は、少しだけ晴れていた。
歩き出す。
並んで。
今度は――
ほんの少しだけ、距離が近い。
その時。
陽菜が、そっと手を伸ばした。
一瞬、止まる。
でも。
今度は、迷わない。
その手を、取る。
指が、絡む。
ちゃんと、触れられる。
ちゃんと、繋がる。
「……あったかいね」
陽菜が、笑う。
「……ああ」
同じ言葉。
でも。
今度は、ちゃんと意味がある。
その瞬間。
足元を見る。
影。
――重なっている。
ズレていない。
「……」
少しだけ、息を吐く。
でも。
ほんの一瞬だけ。
影の奥に。
“もう一つの影”が、揺れた気がした。
「……湊?」
陽菜が、呼ぶ。
「……どうしたの?」
「……いや」
首を振る。
「……なんでもない」
そう答える。
今は、それでいい。
空を見上げる。
雲の向こう。
何もない。
……見える範囲には。
それでも。
二人は、歩いていく。
もう一度、始まった未来へ。
今度こそ。
“失わないように”。




