第十七章「それでも、君と生きていく」
春だった。
やわらかい風が、街を撫でていく。
「……あったかいね」
隣で、彼女が笑う。
その声が、やけに現実的で。
「……ああ」
短く答える。
ちゃんと聞こえる。
ちゃんと届く。
それだけで、十分だった。
駅前の並木道。
桜が、ゆっくりと舞っている。
人の声。車の音。遠くの踏切。
全部が、ちゃんと“普通”だ。
「……ねぇ」
彼女が、少しだけ身を寄せてくる。
「今年も、一緒に見れたね」
その言葉に、少しだけ胸が詰まる。
あの時。
あの場所で。
何度も見られなかったはずの景色。
「……ああ」
もう一度、同じ言葉を返す。
「……なんかさ」
彼女が、空を見上げる。
「うまく言えないけど……」
少しだけ、首を傾げて。
「ここにいるのって、奇跡みたいだよね」
ドキッとする。
でも。
「……そうかもな」
それ以上は、言わない。
言葉にしたら、壊れそうだったから。
歩き出す。
ゆっくりと。
並んで。
その時。
彼女が、ふと手を伸ばした。
「……手、繋ご?」
少しだけ、照れた顔。
「……今さらかよ」
そう言いながらも、手を取る。
ちゃんと、温かい。
ちゃんと、ここにいる。
指が、絡む。
その瞬間。
――影が、わずかにズレた。
「……っ……」
足が止まる。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ。
彼女の影が、“別の方向”に伸びた。
「……蒼?」
彼女が、不思議そうに見る。
「……どうしたの?」
「……いや……」
言葉を濁す。
見間違いかもしれない。
そう思いたい。
でも。
ポケットの中で、微かな振動。
「……?」
取り出す。
スマホ。
画面は、真っ暗。
でも。
一瞬だけ、表示された。
【観測ログ:継続中】
「……は……?」
瞬きの間に、消える。
何もなかったかのように。
「……何かあった?」
彼女が、覗き込む。
「……いや」
スマホを、ポケットに戻す。
言うべきじゃない。
これは。
まだ、“終わってない”。
でも。
彼女の手を、握り直す。
少しだけ、強く。
「……行こう」
「……うん」
彼女が、笑う。
その笑顔。
守り抜いたもの。
取り戻した未来。
空を見上げる。
何もない。
裂け目も。
目も。
観測も。
……見える範囲には。
風が、吹く。
桜が、舞う。
その中で。
二人は、歩いていく。
“普通”の世界へ。
でも。
その背後で。
誰にも気付かれない場所で。
“記録”は、まだ続いている。
――例外個体:存続確認
それでも。
それでも君を取り戻す。
その物語は。
これからも、続いていく。




