第十四章「記録」
世界が、軋んでいた。
黒い裂け目。
浮かぶ“目”。
歪む現実。
すべてが、同時に存在している。
「……っ……!」
膝が、崩れる。
頭が割れそうに痛い。
「……これが……」
分かってしまう。
これが、“代償”。
「“記録”への接続が完了した」
観測者の声。
静かに、告げる。
「お前は今までの“すべて”を知る」
「……やめろ……」
拒絶した瞬間。
視界が、強制的に引き裂かれた。
――知らない部屋。
でも。
“同じ場所”だと分かる。
男が、立っている。
俺と同じように。
震えながら。
「……返してくれ……」
その声は、俺じゃない。
でも。
“同じ願い”だった。
目の前には――彼女。
でも。
目が、死んでいる。
「……もう、遅い」
彼女が、そう言う。
違う。
“彼女じゃない”。
「器は、完成した」
その瞬間。
彼女の体が、崩れた。
闇に。
飲まれるように。
「――っ!!」
叫ぶ。
でも。
止められない。
「これが一つ目の“失敗”」
観測者の声。
冷たく。
ただ、事実として。
「やめろ……!」
叫ぶ。
でも。
次の“記録”が流れ込む。
――別の男。
同じように、抗っている。
同じように、彼女を取り戻そうとしている。
「今度こそ……!」
でも。
「境界を越えた代償は払われる」
彼女が、消える。
今度は、跡形もなく。
存在ごと。
「これが二つ目の“失敗”」
「……やめろ……」
声が、震える。
理解してしまう。
全部、同じだ。
何度も。
何度も。
繰り返されている。
――奪われる。
――取り返そうとする。
――失う。
それが、“記録”。
「……じゃあ……」
息が、詰まる。
「全部……無駄だったってのかよ……」
沈黙。
ほんの、わずか。
「……否定はしない」
その言葉が、突き刺さる。
「ふざけんなよ……」
拳を握る。
震える。
でも。
「……ならなんで、見せる」
顔を上げる。
「意味あんのかよ……」
その瞬間。
“最後の記録”が、流れ込んだ。
――暗闇。
彼女が、立っている。
一人で。
泣いている。
「……また……来てくれたのに……」
その声が。
震えていた。
「……ごめんね……」
「……全部、私のせいなんだ……」
心臓が、止まりかける。
「……私が、“器”だから……」
その言葉。
重すぎる真実。
「……だから……何回やっても……」
顔を上げる。
涙でぐしゃぐしゃの顔で。
それでも、笑っていた。
「……うまくいかないんだよ……」
――終わり。
視界が、戻る。
現実。
でも。
呼吸ができない。
「……っ……」
分かってしまった。
彼女は。
最初から。
“救えない存在”として設定されていた。
「……違うだろ……」
かすれた声。
震える。
でも。
「……そんなわけ……あるかよ……」
ゆっくりと、立ち上がる。
彼女を見る。
今、目の前にいる。
確かに、存在している。
「……関係ねぇ」
小さく、呟く。
「何回失敗してようが」
一歩、前へ。
「“今回”は違う」
観測者の気配が、揺れる。
初めて。
明確に。
「……それは、“逸脱”だ」
低く、告げる。
「なら」
笑う。
震えながら。
それでも。
「ぶっ壊してやるよ」
拳を握る。
「その“記録”ごとな」
その瞬間。
世界が、大きく揺れた。
“確定していた未来”が、初めて揺らぐ。
観測者が、沈黙する。
そして――
「……興味深い」
初めて。
感情のようなものを、滲ませた。
「では、証明してみせろ」
空間が、裂ける。
「お前の“例外”を」
完全なクライマックスが、始まる。




