第弐弾 最終章「その先の、その先へ」
それから、どれくらいの時間が流れただろうか。
日常は、穏やかに続いていた。
何も起きない日々。
何も奪われない時間。
それが、どれだけ尊いものなのかを、
俺たちはもう知っていた。
「ねえ」
隣で、彼女が空を見上げる。
「最近、ほんとに静かだね」
その言葉に、少しだけ考える。
確かに。
あのとき感じていた“圧”はない。
見られている感覚も、ずいぶんと薄くなっていた。
「……ああ」
短く返す。
「いいことだろ」
彼女は、少しだけ笑った。
「うん」
その笑顔は、どこか安心していて。
それでも――
ほんの少しだけ、引っかかるものがあった。
言葉にできない違和感。
消えたはずの何かが、
完全には消えていないような感覚。
その夜だった。
帰り道。
彼女と別れて、車を走らせていたとき。
ふと。
視界の端で、“何か”が動いた。
反射的に、バックミラーを見る。
――いない。
けれど。
今のは、見間違いじゃない。
確実に、“いた”。
「……まだかよ」
小さく、吐き捨てる。
完全に終わったわけじゃないことは、分かっていた。
それでも。
ここまで静かだった分、油断していたのかもしれない。
信号で止まる。
静かな夜。
そのとき。
携帯が、震えた。
画面を見る。
――知らない番号。
嫌な予感が、走る。
「……もしもし」
出た瞬間。
空気が、変わった。
「……まだ、終わっていませんよ」
低い声。
知らない声。
けれど。
“向こう側”の声だと、直感で分かった。
「誰だ」
短く、問う。
「あなたが壊したものは」
一拍。
「ひとつではありません」
心臓が、強く脈打つ。
「どういう意味だ」
問い返す。
けれど、返事はなかった。
代わりに。
――ノイズ。
いや、違う。
“声”。
無数の、重なった声。
聞き取れないのに、意味だけが伝わってくる。
“まだ終わっていない”
“取り戻す”
“返せ”
一斉に、押し寄せる。
「……っ!」
思わず、携帯を握りしめる。
「あなたは」
再び、あの声。
「境界を越えた」
その一言で、すべてが繋がる。
「もう、元には戻れません」
通話が、切れた。
静寂。
けれど。
完全な静けさじゃない。
どこかで、確実に“動いている”。
――そのとき。
胸の奥に、強い違和感。
嫌な予感。
すぐに、携帯を握る。
彼女に電話をかける。
呼び出し音。
長い。
やけに長く感じる。
「……出ろよ」
小さく呟く。
そのとき。
――ガチャ。
繋がった。
「……もしもし?」
彼女の声。
けれど。
少しだけ、違う。
「……今、どこだ」
すぐに聞く。
「え?」
少し戸惑った声。
「どうしたの?」
そのとき。
電話越しに、“音”が混じった。
風の音じゃない。
生活音でもない。
もっと、重い。
――“気配”。
「……お前の後ろ、何かいるか?」
沈黙。
数秒。
そのあと。
「……え?」
彼女の声が、震えた。
「ちょっと待って」
振り向く気配。
そして。
「……誰もいないけど」
そう言った、その直後。
――ノイズ。
強いノイズが、走る。
「……っ、ちょっと待って、今――」
言葉が、途切れる。
代わりに。
“声”。
知らない声。
低く、歪んだ声。
電話の向こうから。
「――見つけた」
全身に、寒気が走る。
「おい!!」
叫ぶ。
「お前、今すぐ――」
その瞬間。
通話が、切れた。
静寂。
動かない画面。
呼吸が、荒くなる。
「……くそ」
すぐに、アクセルを踏み込む。
場所なんて分からない。
それでも。
行かなきゃいけない。
――まただ。
また、始まる。
いや。
終わっていなかっただけだ。
「……待ってろ」
低く、呟く。
「今度は」
ハンドルを握る手に、力が入る。
「全部、終わらせる」
夜の中を、車が走る。
その先にあるのは――
まだ見ぬ“運命の続き”。




