第76話「裏切りの温度」
『パパラッチ・パパラッチ』登場人物一覧
■神崎 修司
本作の主人公。
元人気俳優で、七年前のスキャンダルによって芸能界を引退。
現在は実業家として成功し、「パパラッチ・パパラッチ」という会社を立ち上げた。
芸能人を追い回す記者を逆に取材するという前代未聞のビジネスを開始し、
メディア・芸能界・スポンサー・政治の裏側にある「物語を作る構造」に戦いを挑む。
■真壁 葵
パパラッチ・パパラッチの調査責任者。
元新聞記者。
報道の裏側を知る人物で、神崎の最も信頼する右腕。
理性的で冷静だが、神崎の手法の危うさを常に理解しており、物語の中で「倫理の視点」を持つ存在。
神崎の行動に疑問を持ちながらも、彼の覚悟を理解し、共に戦う。
■佐伯 圭一
神崎の元マネージャー。
神崎が新人だった頃から担当していた人物。
しかし七年前、相良宗一から金を受け取り、神崎のスキャンダル情報を週刊誌に流したことが発覚。
神崎の人生を壊すきっかけを作った「裏切り者」。
■黒川 真也
週刊誌記者。
七年前、神崎のスキャンダル記事を書いた人物。
仕事として記事を書いただけだと語る、典型的なゴシップ記者。
神崎にとっては「直接の加害者」ではあるが、同時にメディア構造の中で動く一人の歯車でもある。
■相良 宗一
芸能界の大物プロデューサー。
テレビ・映画・音楽業界に強い影響力を持つ人物。
神崎のスキャンダルの裏側で暗躍していた可能性が高い。
■城戸 正宗
広告業界の伝説的存在。
日本最大の広告代理店の元会長で、現在は政府のメディア戦略顧問。
テレビ・広告・政治を横断する巨大な影響力を持つ。
■有里
神崎の元恋人。
七年前のスキャンダル当時、神崎の最も近くにいた人物。
現在、週刊誌で「元恋人の独占告白」として登場し、
神崎にとって最も痛い形の攻撃材料として利用される。
■最終判断者
大手企業・メディア・広告を横断する意思決定の中核にいる人物。
七年前の神崎のスキャンダルにも関与していたとされ、
今回、音声や記録によってその関与が可視化される。
当初は「組織の一部」として責任を曖昧にするが、、、
■観客
SNSのユーザー、視聴者、一般の人々。
当初は消費者として情報を受け取る存在だったが、
神崎の言葉によって「選ぶ側」へと引き上げられる。
本作において、最終的に“物語の意味を決定する存在”。
六本木のオフィスを出たとき、夜はすでに深く沈んでいた。
ネオンの光が、やけに輪郭をはっきりさせている。
静かな街の中で、神崎修司の足音だけが一定のリズムで響く。
指定された場所は、西麻布の小さなバーだった。
七年前にも、一度だけ来たことがある。
そのときは、まだ何も壊れていなかった。
扉を開ける。
小さなベルの音。
カウンターの奥に、一人の男が座っていた。
佐伯圭一。
神崎の元マネージャー。
振り向いた瞬間、二人の時間が一度止まる。
「…久しぶりだな」
佐伯が言う。
神崎は、数秒だけ見つめてから、席に座った。
「そうですね」
短い返答。
マスターが無言で水を置く。
氷が小さく音を立てる。
佐伯は、しばらく何も言わなかった。
言葉を探しているのではない。
覚悟を決めている。
やがて、口を開く。
「…あのときのことだ」
神崎は、何も言わない。
佐伯は続ける。
「金を受け取った」
一切の言い訳はなかった。
「お前の情報を流した」
その言葉は、まっすぐだった。
神崎は、静かに聞いている。
怒りはない。
だが、軽くもない。
佐伯が言う。
「理由、聞くか」
神崎は、少しだけ考えた。
そして答える。
「いいです」
佐伯の表情が、わずかに揺れる。
神崎は続ける。
「理由は、もう知ってるんで」
沈黙。
佐伯が、小さく笑う。
「そうか」
少し間を置く。
「じゃあ、別の話をする」
神崎は、初めて視線を上げた。
佐伯は言う。
「今回の件」
「全部、見た」
グラスを握る手に、わずかな力が入る。
「お前、やりすぎだ」
その言葉は、責めているわけではなかった。
ただの感想だった。
神崎は、少しだけ笑った。
「よく言われます」
佐伯が言う。
「でもな」
一瞬、言葉を止める。
「止まれなくなってるだろ」
その一言に、空気が変わる。
神崎は、何も言わない。
佐伯は続ける。
「最初は、分かる」
「でも、今は違う」
「やめどき、見失ってる」
その言葉は、鋭かった。
神崎は、ゆっくりとグラスを持ち上げた。
水を一口飲む。
そして、静かに言った。
「そうかもしれないですね」
佐伯が、少しだけ目を細める。
神崎は続ける。
「でも」
少し間を置く。
「止めたら、また同じになる」
その言葉に、佐伯は何も返さない。
分かっている。
七年前と同じ構造。
同じ曖昧さ。
同じ“なかったこと”。
佐伯は、小さく息を吐いた。
「…一つだけ、言っとく」
神崎は、視線を向ける。
佐伯は言った。
「今回の件、あいつ一人じゃない」
空気が、わずかに張る。
神崎は、静かに聞く。
佐伯は続ける。
「もっと上がいる」
神崎の表情が、わずかに変わる。
ほんの一瞬。
だが、確実に。
神崎は、ゆっくりと聞いた。
「相良ですか」
佐伯は、首を振った。
「違う」
少し間を置く。
「もっと上だ」
沈黙。
神崎は、何も言わなかった。
だが、その中で――
何かが、繋がった。
その夜。
物語は――
まだ見えていなかった“最上流”へと、手を伸ばし始めた。




