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パパラッチ・パパラッチ  作者: 礼嗣


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第4話「逆取材」

ニュース速報が出た瞬間、会場の空気は一変した。


数分前までこの場の中心にあったのは、相良宗一の音声だった。芸能界の裏側を暴く爆弾のような証拠。しかし今、記者たちの関心は完全に別の方向へ移っていた。


神崎修司。


違法情報収集の疑い。


警察が捜査開始。


たったそれだけの三行の速報が、会場にいた二百人の記者の思考を一斉に同じ方向へ向けた。


カメラが神崎に向く。


スマートフォンが掲げられる。


ノートパソコンのキーボードを叩く音が一斉に鳴り始めた。


神崎は、その光景を見ながら、胸の奥に奇妙な感覚を覚えていた。懐かしさに近い感覚だった。


七年前。


あのときも、こうだった。


一つの情報が出ると、記者たちは一斉に同じ方向へ走り出す。真実かどうかは関係ない。速さがすべてだった。誰よりも早く記事を出すこと。それが、この世界のルールだった。


そして今、そのルールが、自分に向けられている。


「神崎さん!」


記者の一人が立ち上がった。


「警察の捜査について、コメントをお願いします!」


「違法情報収集とは具体的に何を指すんですか!」


「パパラッチ・パパラッチは違法調査会社ということですか!」


質問が一斉に飛び交う。


先ほどまで相良宗一に向けられていたカメラは、完全に神崎へ集中していた。


ステージの下で、相良宗一はゆっくりと笑っていた。


その笑みは、長年この世界の裏側を見続けてきた人間だけが持つ種類のものだった。焦りも、怒りもない。まるで「これが現実だ」と言っているかのようだった。


神崎は、しばらくその光景を黙って見ていた。


そして、ふっと小さく笑った。


その笑みは、七年前とはまったく違う種類のものだった。


神崎はマイクに手を伸ばした。


「いいですね」


その一言に、会場のざわめきが一瞬止まる。


「今、皆さんがやっていること」


神崎は会場を見渡した。


「すごく分かりやすい」


記者たちの表情が少しだけ硬くなる。


神崎は続けた。


「数分前まで、この会場の主役は相良宗一でした」


スクリーンを指す。


そこにはまだ、相良の名前が表示されたスライドが残っている。


「でも今」


神崎は言った。


「皆さんの関心は、完全に僕へ移りました」


神崎の声には、怒りはなかった。


むしろ、研究者のような冷静さがあった。


「これがスクープの構造です」


神崎はゆっくりとステージを歩いた。


「一つの情報が出ると、記者は一斉にそこへ飛びつく」


神崎は記者席の方へ視線を向ける。


「理由は簡単です。確認する時間がないから」


会場が静まり返る。


神崎は言った。


「皆さん、記事を書くときに一番怖いものは何ですか」


誰も答えない。


神崎は自分で答えた。


「出遅れることです」


その言葉に、何人かの記者が目を逸らした。


神崎は続ける。


「だから、確認よりスピードが優先される」


「真実より速報が優先される」


神崎は小さく肩をすくめた。


「それが悪いとは思っていません」


記者たちが顔を上げる。


神崎は言った。


「それが、この業界のルールだからです」


そのときだった。


会場の後方から声が上がる。


「警察です」


一瞬、会場の空気が凍りついた。


振り返ると、スーツ姿の男たちが数人、会場の入口に立っていた。警察手帳が掲げられる。記者たちが一斉にカメラを向けた。


フラッシュが光る。


ざわめきが広がる。


神崎はその様子を見ながら、ほんの少しだけ息を吐いた。


「思ったより早かったですね」


その声は、驚くほど落ち着いていた。


警察官の一人が前へ出る。


「神崎修司さんですね」


「はい」


「少しお話を伺えますか」


神崎は軽く頷いた。


会場の記者たちが、一斉に前へ詰め寄る。


まるで餌に群がる魚のようだった。


だが、その瞬間。


神崎が言った。


「ちなみに」


その声に、記者たちの動きが止まる。


神崎はスクリーンを指した。


「そのニュース速報」


会場の後方のモニターには、さきほどの速報が表示されたままだった。


神崎は言った。


「出したの、うちです」


会場の空気が一瞬で凍りついた。


記者たちの顔に、理解できないという表情が浮かぶ。


神崎は穏やかに続けた。


「パパラッチ・パパラッチの実験です」


警察官が眉をひそめる。


「どういう意味ですか」


神崎はスクリーンのリモコンを押した。


次のスライドが表示される。


そこには、大きな文字があった。


速報拡散速度テスト


会場がざわつく。


神崎は説明を始めた。


「一つのニュースを流すと、どれくらいの速さで拡散するのか」


「どのメディアが最初に記事を書くのか」


「どの記者が裏取りをするのか」


神崎は言った。


「全部、データを取っています」


スクリーンにグラフが表示される。


SNSの拡散。


ニュースサイトの更新。


テレビ局の速報。


そのすべてが、秒単位で表示されていた。


神崎は言った。


「ちなみに」


少し笑う。


「今この瞬間」


「この記事を書いている人」


神崎は記者席を見渡した。


「十八人います」


記者たちの顔色が変わる。


神崎は続けた。


「そのうち」


「裏取りをしている人」


神崎は少し間を置いた。


「二人です」


会場は完全に静まり返った。


神崎は言った。


「これが」


「報道です」


ステージの下で、相良宗一は腕を組んで神崎を見ていた。


その目に浮かんでいるのは、さっきまでとは違う感情だった。


興味。


ほんの少しだけ。


警戒。


神崎修司は、ゆっくりと相良を見下ろした。


そして思った。


ようやく、この男が。


自分を敵として見始めた。


それはつまり――


戦争が、本当に始まったということだった。

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